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忘れられない誕生日

年々自分の誕生日が気にならなくなっている。

手帳には一応、「その日」の欄に小さくケーキの絵を毎年書き込んでいるのだが、当日を迎えることに特別ワクワクもしなければ、今のところ落ち込むこともない。
もちろん希望休も入れない。淡々としたものである。

小、中学生までは自分の誕生日が近づくのが憂鬱だった。何故なら、秋生まれの私の誕生日と、1年で最も嫌いな学校行事・運動会がほぼ同時に近いタイミングで毎年やって来るからだ。
運動音痴な私にとって、運動会は悪夢以外の何物でもなかった。仮病で休みたい気持ちと、しかし下手するとケーキやご馳走が御粥に変わってしまうかもしれないリスクとを天秤に掛けて悩んだものだ。
究極だったのは中2の時。
長い入院生活を送っていた祖母が「危険な状態だ」という連絡が入ったのがその年の運動会の前日の午後で、病院に駆けつけると、果たして孫娘に絵を描く楽しみを教えてくれた優しい祖母は、最後に孫が大嫌いな運動会の日にお通夜になるような日をまさか選んでくれたかのように天に召された。
こうして私はこの年のハードル競争を、正当な理由で免れることができた。


ー35歳の誕生日を記録した日記ー
「誕生日当日と、誕生日の前日と、重要なのはどちらだろう」ということについてこの頃考えている。

昨日、受付に並んで仕事をしていた同僚にふと、
「私、今日、34歳最後の1日なんです」
と告げた。「明日が誕生日」というとモロに嫌らしいからわざとそう言ったわけではない。「今日で、34歳の私はいなくなる」という刹那的なものが私の口を滑らせた。
私より一回り以上お姉さんで、スタイリッシュでいつも美しいDさんは、無意識に私が望んだほどよい祝福具合でさらりと受け止めてくれ
「誕生日、何かご自分にプレゼントとかされるんですか?」と訊いた。
そういえば、毎年何かしら買っていた気がするけれど今年は全然考えていなかった。

去年の誕生日は何をしていたろう?

すぐに思い出す。東京でネコ似顔絵のイベントをやり、そのあと友人Rの部屋に泊まってふたりでピザを食べた。
一昨年の誕生日は?
思い出せないので手帳を探してみると、職場の知り合いと馬肉の店に行っている。べつに私の誕生日ではなく偶然の会食だった。
そしてさらにその前年の誕生日が、私にとって、生涯忘れられないプレゼントを貰えた年だった。ずっと目標にしていた「本を出す」夢が叶い、『ミュージアムの女』の単行本が発売されたのがまさしく私の誕生日前日だったのである。

そして今日という日。
35歳になった私。
心地よいひとり暮らしの部屋で、愛するトムとジュリーの寝顔を横目に、ドラマの録画を観ながらのんびりと過ごす夜。最近食事に気をつけているし、お昼は父母と外食したから夜は軽いものでいいや……と思ってかぼちゃのスープを作り、
「でもやっぱり少しは何か…」
と思い直して、夕方近所のスーパーで買ってきた生ハムを冷蔵庫で冷えたいちじくと一緒に皿にのせ、安物の小さなワインをグラスにそそいだ。白ワイン派だったけれど、健康のため、近ごろは赤ワインにしている。
昼間、父母とランチを食べたあと大須観音に行って、病気と闘う父の快復と、母が背負いこみすぎないようにと、風来坊な弟の生活が安定するようにと、あと、自分の作家仕事に吉兆がありますようにと願った。
帰りに郵便局で、先日行ったイベントの収入1万8千円を預け入れ、その後、来月Rと行く旅行代を含めた生活費8万円を引き出し、残高がガクっと減った。アパートに着くと、出版社からダウンロード収益の明細が来ていて少しだけ気分を持ち直した。

誕生日の夜、なんだかしっとりと文章でも書こうかとパソコンを立ち上げるとメールが届いていて、新しい仕事の依頼だった。それに返信しているうち、いつのまにか今年の誕生日は私の頭上を通り過ぎていった。





あれから2年経ち、今年、私は37歳になる。

私の誕生日のちょうど3週間前が父の誕生日なのだが、今年の父のバースデーは可哀そうなことに、入院初日となった。治療の為に前々から予定していた入院であった為あまり気落ちはしていなく、体調も悪くないだけに尚更誕生日のご馳走が食べられなくて残念だ。
と思っていたら。

「お誕生日おめでとうございます」

夕飯時。父は病院の配膳係のおばさんに声をかけられ驚くと、トレイの上には小さな折り鶴が2羽乗ったバースデーカードがあった。
おまけにご飯はお赤飯。
『忘れられない誕生日』
という件名で、母のケータイにその日の食事写真が送られて、母から私にも転送されて届いた。


さて3週間後の私の今年の誕生日は、どんな日になるのやら。





今週もお読みいただきありがとうございました。これを書いている今はまだ誕生日前、36歳の私です。当日は幸せなことに仕事の予定が入っていて、仕上げなければならない作品もたくさん。
現在は、のんびり休むより、求められて制作ができている現状が自分にとって何よりの幸せだと思っています。
皆さんは今年の誕生日、どうされましたかorどうされますか?

◆次回予告◆
『接客業のまみこ㉑㉒』

それではまた、次の月曜に。


*煩悩と体験の数々。その他のよみきり話はこちら↓



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