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「絵になる景色」は絵にならないー雑事記⑥ー

学生の頃から絵を描き続けてきて、私が見つけた真実がひとつある。

「絵になる景色」は絵にならない。

今回はそんなお話。

先日行った水族館(前回のnote参照)でイルカをひたすら眺めていて、「かわいいなあ~」と思いながら、ふと冷静に
「このイルカ、果たして私は絵にできるだろうか?」
と考えてみた。そして即座に諦めた。
無理。もちろん形態を写し取ることはできるけれど、たとえば油絵として成立させる絵づくりはぜったいにできない。なぜなら、イルカという美は私の手を加えずともすでに完成しているからである。

ここで、美術に詳しい方は共通の人物を思い浮かべていると思う。一時期日本でも大ブームを巻き起こしたマリンアート界の巨匠、クリスチャン・ラッセン。(関係ないけど、芸人の永野さんがラッセンのネタをやってらした時、ゴッホはともかくラッセンて、今の若い人知っているのかな?と疑問だった…)彼の絵の評価については人それぞれなので省くが、このすでに完成されたイルカという生き物を自分の絵として堂々と描けるところがすごいなと、個人的には思っている。

絵には人気のというか、定番のモチーフがある。生き物なら「馬」や「虎」や「猫」、食べ物なら「林檎」や「葡萄」など。これらは絵の中で躍動感が出しやすいとか、色彩の美しさや質感がキャッチーだとかなんらかの「描きやすさ」があるから選ばれているのだと私は理解している。そして、いちばん大きな要素は「いい意味で隙があるもの」という点だ。

隙があるとは、「欠落」とは違う。「余白がある」という意味である。
絵を描くにあたり、ただ見たものを映すだけではデッサン(形態の把握)にしかならない。「作品」として成立させるには自分なりの思考を絵に盛り込まなければならない。そうでなければオリジナリティな「表現」にならない。
つまり、モチーフは単体として「魅力的」であっても「それだけで完成にはならない」必要がある。

例えば、私が学生の頃裸婦モデルさんを描いていて、あまりにもプロポーションが良すぎるモデルさんはちょっと苦手だった。その方自身はとても美しいのだが、絵にするとどうしても「嘘っぽく」なってしまうのだ。それより、少しお腹がぽっこりしていたり、脚ががっしりしていたり、背中にお肉がついている方がより複雑で「絵になった時に、より一層美しかった」。別の例えを出すと、エヴァに出てくる女の子たち。あのプロポーションをそのまま油絵にしたら、きっとすごく薄っぺらくなってしまうと思う。あれは現実世界や絵画では表現できない「アニメという世界の中での究極の完成形」なのだ。

では、「景色」はどうだろう?

実は今回、「絵になる○○」といえば大抵の人が「景色(風景)」を思い浮かべるだろうと思ったのでわかりやすくそれを表題にしたが、理屈は上に述べたモチーフと同じと思っている。青い空に浮かぶ夏の入道雲。ハイキングで登った山頂からの眺め。思わず、
「絵になるな~」
と口にしてしまうような場面、誰しも経験があるだろう。

けれど、現実的にそれを「絵画」にしようとするとかなり難しい。繰り返しになるが、なぜならその景色はすでに「美として完成されているから」である。

「じゃあ風景画はどうなるの?」

確かに。絵画にはそういうジャンルが存在するし、名画も沢山ある。
しかし、じっくり見てみると、風景画として描かれている場所は、けっこう「なんでもないような場所」だったりする。仮に現地を写真でパシャリと撮ってみても、それだけではなんかピンとこないような。その場所は、はじめから「絵になる景色」なのではなく、画家の目と筆を通してはじめて「絵になる」。
パリの街も昔から世界じゅうの画家たちに描かれてきたが、私も実際旅行したとき、(名所は除いて)街並みは意外と地味だなという印象だった。「芸術の都・パリ」という憧れと歴史と、その場所に来ることが出来たという画家たちの感動やさまざまなストーリーが絵に盛られていることで、成立しているのである。

逆説的に言えば、肉眼でも「絵になるな~」と思うほど隙のない景色を絵にするのには相当な力量が要る。
私にそんな力量はないし、もともと風景画を描くのは苦手なので(漫画の背景としては描くが)それができる人たちを本当に尊敬する。晩年まで見事な風景画を描き続けた、川合玉堂の作品を見るたびにいつもそんなことを考える。

「絵になる景色」は絵にならない。いや、絵に「しづらい」。
それが描けるのは、真の意味で一流の画家だけだ。


余談だが、

「これ漫画のネタにしていいよ」とたまに言ってくれる人がいるが、私はそういうネタをうまく使えた試しがない。これも「笑い話」としてすでに完成されているから、それをまんま描いただけでは面白みが失せるせいだと思う。
だから、
「あれ?せっかくネタを提供したのに、なぜ使ってくれないのだろう…もしかしてつまらなかったかな…」

とか、思わないでくださいね…。





今週もお読みいただきありがとうございました。最後の風景画で、ひとつだけ「絵になる景色だし、実際に絵になる。しかも誰でも!」なスーパーモチーフを思いつきました。ずばり、「富士山」。あれだけは、描いても薄っぺらくならないし、これまでも沢山描かれてきたし、肉眼でも、写真でも、絵画でも成立する唯一無二の存在かもしれません。でもそれも美しさだけでなく、日本人の心にある富士山への特別感があるからかなあ…。まだまだ研究の余地がある…。

◆次回予告◆
『ArtとTalk⑧』私が美術館についての発信を続けているのは、意外と知られていない美術館のルールや楽しみ方を1人でも多くの人に知ってもらい美術館を満喫していただきたいから。その中でもトップ5に入るくらい「美術館に行くとき是非知っておいて欲しい!!」お話。

それではまた、次の月曜に。


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◆今週のおやつ◆
Pasco:チョコチップメロンパン







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