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制作を続けるために油絵をやめた私-ArtとTalk①-

こんにちは、宇佐江です。
皆様お元気ですか。

noteの定期配信にともない、今週からささやかなコーナーを作っていこうと思います。ざっくりと、「美術」「猫」「お散歩」「その他」の4つを毎週順番に話題にしていきたいと思いますので、興味のあるジャンルだけでものぞいていただけると嬉しいです。

はじめにーArtとTalkについてー

「美術」の話題を気軽にしたいと考えた『ArtとTalk』では、過去に中学美術部→高校の美術科→美大→現在は美術館勤務という美術だらけの経歴にどっぷり浸かってこれまでを過ごしてきた私が感じたことを気ままにお話させていただくコーナーです。
『ミュージアムの女』の単行本を出していただいたころ、何度かイベントや講演会の形で美術や美術館についてのお話をさせていただく機会があったのですが、そのころは正直(学芸員でもないし、作家としてはまだ駆け出しなのにこんな私が偉そうに美術の世界を語って大丈夫…?)と、いつもキョドキョド心配していました。
あれから数年が経ち、今でも私の美術に対する知識は目の粗いザルレベルの器でしかありませんが、ふだん監視員の仕事で展示室にいるとき、お客様から受けるほんとうに素朴な美術に関する疑問や、「なぜか気になること」の内容に触れるうち、もしかしたら私のようにあまり立派な肩書のない、けれど美術がなんか好きそう…という人間にこそ振りやすい話題もあるのではないかなと、だんだん思うようになりました。

ここでは、そうした美術に関するちょっとした謎、また、浮世離れしていると思われがちな美術に関わって生きている人たちの「頭の中」を、ラジオを聞くようにさらっと楽しんでいただけたらと思います。堅苦しくないように文章も少しくだけますがご容赦ください。

それでは、第1回へ、参りましょう~。


制作を続けるために油絵をやめた私

さて、記念すべき第1回は絵を描くための道具、いわゆる「画材」についてのお話です。画材というとなんか専門家っぽいですが実は特段絵を描かないという人でも意外と色々な画材を手に取った経験があるはず。
たとえば、幼稚園のころはクレヨンやクレパスをにぎって、だんだん細かく描きたくなったらそれが色鉛筆になり、小学校にあがると、図工の時間に水彩やアクリル絵の具、ポスターカラー、絵だけじゃなくて版画では彫刻刀も使いませんでしたか?それらは義務教育の中で自然に経験することができる基本となる画材たちです。
そして、中学に入り「自分は絵を描くのが好きだ」と自覚するようになると与えられた物だけでなく自分の足で画材屋を訪ねるようにもなるでしょう。漫画やイラストを描く子はGペンや丸ペンやスクリーントーン、美術部で本格的な絵の指導を受けるようになれば油絵の具や、デッサンのための濃さが選べる鉛筆を沢山揃えるようになるかもしれません。ここからが、専門的な「美術」に向けた画材選びの始まりです。

私は高校から美術の専門コースに進みました。今でも本当に感謝してるのですが、ここでまず、基本となる「日本画」「油絵(油彩、油画)」「彫刻」「デザイン」の4つをすべて経験させてもらいました。これはのちの美大受験で選ぶ専攻にも直結しますし、いわゆる公募展を観に行くと、たいていこの「画材のジャンル」によって展示される部屋が分かれている、美術の分類の基本でもあります。私の行った高校では当時この4つを1年次に学び、2年生になったらそこから希望を2つにして、最終的に1つの画材に絞るシステムになっていました。
私はまず「油絵」と「彫刻」を選択したのですが、選ばなかった2つの理由はズバリ「苦手だったから」です。

選ばなかった方の画材から少しご紹介しましょう。まず日本画。
個人的な意見ですが、日本画を描くには繊細さと根気さが絶対必要だと思うんです。なぜなら、まず実際の画面に描き出すまでの工程がすごーーーーく長い。下絵を描き、その線を本番の画面(和紙や絹)に写し、絵の具も油絵のように「チューブからぶちゅー」と出すのではなく、一色一色、ある意味手作り。小皿に色のもととなる顔料(がんりょう)を出し、膠(にかわ)と水で溶いて、指でスリスリと練り合わせる。なんとこれを、必要な色の数だけこなすのです。
(余談ですが、膠とはうさぎちゃんなどのコラーゲンから作られたもので、独特の生ぐさい匂いがします。日本画だけでなく油絵の地塗りにも使われるのですが、低温管理をしなければいけないので、大学時代のアパートにこの膠の入ったボウルを持ち帰ったときは、冷蔵庫の中が少しカオスな状態でした)
日本画はこのように、手順が多いうえに一度描き出すと描きなおしが難しい画材です。制作に関しては勢い任せなところのある私にとっては、まるで苦行、もとい修行のように思えたものです。しかしこの時の経験があるからこそ、日本画を描く人に私は憧れ、無条件で尊敬の眼差しを送るようになってしまいました。

もうひとつ、選ばなかったデザインに関しては、均一にポスターカラーを塗るのが出来なかったのと、パソコンが苦手だったのが決定的となり早々に断念。
彫刻に関しては制作が楽しくて結構好きだったのですが、いくら作品を作ってもなかなか出来がしっくりこなくて、担当の先生から
「君は平面脳だから、絵を描くには向いてるが立体は苦手なようだ」というようなことを言われてストンと納得し、油絵一本に絞ることに決めました。

油絵は学生のころの自分にとても向いていたと思います。気まぐれで、描いている途中で「なんか違う」と思ったらすぐに“壊して”(上から塗りつぶしたり、絵の具を拭き取ったり)しまえて、それもまた画面のなかではある種の味になる。なんというか、どのようなぶつかり方をしても受け止めてくれる、懐の深い画材なのです。純粋美術と呼ばれる「日本画・油絵・彫刻」の中で、いちばん生徒数が多いのも油絵でした。
しかし、間口が広い故に油絵は、ある意味「土台」となってそこから違う画材、違うジャンルへと羽ばたいていく人が多いのも特徴です。私が美大で油絵をやっていたのはもう15年近く前のことですが、当時は堅実なことで有名だった私の母校でも油画専攻の卒業制作として映像作品が認められたり、立体やインスタレーション(展示空間を含めて作品化する)が増えていった革新的な時期でした。

「でも、なんでせっかく油絵を学んだのに別の画材に行っちゃうの?」

というのが、一般の方が抱く疑問ではないでしょうか。ここが、「描き続けるための画材選び」に繋がっていくと私は考えています。

平行して色々な画材で描く人は別として、すっぱりと油絵をやめてしまう人の理由、それは大きくわけると2つあると思います。
ひとつは、自分が創りたいものが油絵という画材では表現できなくなったこと。もうひとつは、油絵を描くのがしんどくなってしまったこと。
前者は読んでそのままの意味ですので、今回は私も陥った後者のほうをお話します。

私は美大の卒業と同時に油絵をやめました。絵の具はすべて後輩にあげて、入学時に買った大作用のイーゼルだけは処分するのが惜しくて未だに実家の納戸で眠っていますが、ほとんど使っていません。
大学の4年間、私は立体や映像に移ることもなくずっと愚直に油絵を描いていたのですが、だんだんと、つらいなあと思うようになりました。

油絵を描くにはものすごい時間とエネルギーを使います。油画はいちど絵の具をのせたら数日間も乾燥を待たないとその上に色を重ねられず、1枚を完成させるのに数カ月、時には1年以上かかることがあります。また、大作の場合は自分の身長よりも大きいキャンバスに、たった一人で向き合わなくてはなりません。
「好きなことを学んでいるのは幸せ」
という呪縛にとらえられたまま4年間を過ごし、さあ卒業、となったとき。
「もう油絵から解放されたい」と本心から願った私は美術とはまったく関係のない仕事に就職しました。そして、会社員として朝から晩まで働いているとさらに「こんな生活じゃあ仮に油絵がまた描きたいと思っても時間的・精神的に無理だ~」と、制作を続ける事のハードルの高さをより実感するようになります。

今振り返れば私が油絵を描いていたのなんて、中3の時から数えてたったの8年間ほど。“お絵かき”を始めたのは幼稚園のころだとすれば、それは私の画業のほんの一部だったはずなのに、いつのまにか「油絵をやめた=絵を描くのをやめた」ような気持ちに、私はなっていました。

その後、縁あって美術館に転職し、大学卒業以来の美術に囲まれた環境が嬉しくて、再び何かを描きたい気持ちが芽生え始めたころ。ある展示での一文に、私ははっとしました。
それは、アンパンマンで有名なやなせたかし先生と、ゆかりのあるイラストレーターさんたちを特集した展示での、牧村慶子さんの略歴。

“当初油彩を描いていたが、絵具が乾くのを待つ時間を惜しいと感じ、水彩に転じた。”(やなせたかしと『誌とメルヘン』のなかまたち展図録より)

「そういう理由で、画材を変えてもいいんだ…!!」

これを読んで、私は油絵を描かなくなってしまった自分を後ろめたく思うことをやめました。

この3年後。私は『ミュージアムの女』を描き始めるわけですが、漫画家に憧れていたころに使っていた丸ペンなどのいわゆる「つけペン」ではなく、あえてキャップを外せばすぐに描ける「ミリペン」を愛用しています。理由は「まずは絵のクオリティよりも、描き続けることを優先するため」。週1で連載を続けていくためには根気と手軽さが欠かせません。少なくとも、私には。
また着彩も、扱いやすい色鉛筆と水彩を使うようになりました。油絵出身のため使い方がまだ少々荒っぽいのですが、自分なりの色鉛筆・水彩画を探っている最中です。

油絵をまた描きたい気持ちもあるにはあるのですが、扱う画材が多いので一揃いまた買って、制作場所も“店を広げないと”描けないので、猫2匹とせまい部屋で暮らしている今は、やはりちょっと難しいようです。でも、知り合いが出品している油絵の展示などをみるたびに、いつかは…、と思ったりもします。



画材の話。いかがでしたか?
ものづくりをしている人は「本能の導くままに描くのだ!」という意志の強い方もいれば、私のように所帯じみた理由で画材を選んでいる人もいるのです。
けれど、続けるための手段であれば多少みっともない事をしても構わない。素直にそう思えることが、大人になっても描き続けることをやめない人の本質なのかもしれません。


今週もお読みいただきありがとうございました。来週は猫の話。私がはじめて一緒に暮らした猫と出会ったお話をさせていただく予定です。

それではまた、次の月曜に。


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◆今回のおやつ◆
KOBEYA  KITCHEN:3種彩りフルーツのカスタードホイップサンド

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