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ある日、美容師さんが消えた。

突然だが、あなたは自分がこれまで何人の美容師さんとお付き合いをしたか覚えているだろうか。
単発でお願いしたときを除き、私の場合は4人である。小・中・高までお世話になった近所の美容師さん、大学時代の金沢の美容師さん。そして、社会人になってからは2人。

社会人になって以降私は基本ずっとショートもしくはボブだが、実は高校生まではずっと腰まで届くロングヘアだった。和室トイレでしゃがんだ時に髪を片手に抱えないといけないレベルの長さである。それを太めの茶ゴムで、ポニーにするでもなく無愛想に耳の後ろでくくっていた。それほどの長さなので、友だちにはよく囲まれて髪を触られていた記憶がある。
もうひとつ、この頃の記憶で鮮明なのが小学校の卒業アルバム。
生徒をひとりずつ撮影する場面で、長すぎる黒髪を垂らし、口の端だけで絵顔を作る私に向かって、カメラマンのおじさんが「平安美人だね~」と言ってくれたことがあった。
しかし「美人」というワードが入っていても、
(これは誉め言葉ではないな…)
と子ども心に悟り、複雑な気持ちを抱きながらパシャリとされた。

そんな調子だから、美容室に行くのも半年に1回、長いと1年に1回しか行かなかった。お世話になっていたのは近所の公団の1階にお店が入っているところで、50代くらいの「先生」と、もうひとり30代くらいの女の美容師さんがいて、この人に私は長い間髪を切ってもらっていた。

高校入学してしばらくのころである。私は人生で初めて髪を「短くしてみたいな」と思った。きっかけは『ニュースの女』というドラマで主演をされていた鈴木保奈美さん。主人公・麻生環のクールなボブスタイルに強烈に憧れて、しかし同時に同級生たちのあいだで流行していた「ぱっつん前髪」にも興味を持ち、複雑な理想をいつもの美容師さんにうまく伝えられなかった私は、結果、なぜか岸田劉生の「麗子」みたいな超重量級おかっぱヘアになった。自分でもめちゃくちゃ似合わない髪型にしてしまったと生徒手帳の写真を見るたび激しく後悔したが、なによりの失敗の原因は、
「もっとおもいっきり短くして欲しい」
という私に、「え?いいの?これくらいにしとこうか?」と、長年私のロングに親しみすぎた美容師さんが躊躇してどうもうまくいかなかったことである。
このとき、「美容師さんとは適度なコミュニケーションを取らないと、理想の髪型は手に入らない」と私は学んだ。

大学時代は、経済的理由から価格重視で店を選んだ。アパートと大学の中間地点くらいの、ちゃきちゃきした女店主さんが一人で切り盛りしていた美容室。ここは当時の私にとって理想的だった。カットだけで確か2000円くらいの低価格でスタイリングは爆速。私の来歴も何もしらない美容師さん相手だからこそ好き勝手な要望を言えた。当時は麻生環どころかバンドマンのボーカルみたいな、サイドの前髪だけつんつんと残し後ろは刈上げ、という奇抜なショートヘアが自分の定番になっており、ノリのいい美容師さんも「もっと短くしてみる?」と協力的な人だったので、美容室に行く日はいつもわくわくした。
制作に倦んでいる時期は髪が伸びるとそれだけで自分が「守り」に入っている気分になってしまい、「攻め」に転じるために美容室に駆け込んだ。居残り制作の途中に抜け出して、散髪(と私は呼んでいた)してアトリエに戻りクラスメイトをびっくりさせたこともあった。

現在の美容師さんは社会人になって2人目、通算でいうと私にとって4人目であるEさん。つい先日、カット&パーマをしにいった時、「もうお世話になって何年ですかね」という話になり、思い出してみると10年くらい経っていることにふたりで驚いた。
Eさんはこの10年の間に何度か同系列の店舗を異動されているが、その都度私は自宅との距離などものともせず、Eさんの勤務されている店へと足しげく通っている。スタイリングの見事さもさることながら、サバサバした性格のEさんが心地よいのもある。
私がつい、美容室予約を後回しにしていて久しぶりに伺うと
「宇佐江さんボブなんだから2~3ヶ月に1度は来てくださいねっ」
って軽く怒られたのだが、このときEさんが着ていた、アルチンボルトの擬人野菜が大きくプリントされているロンTがファンキーすぎて、鏡越しにめちゃくちゃ痺れた。

しかし、私がEさんに長くお世話になっているいちばんの理由は、美容師さんとのご縁って簡単じゃないんだなと痛感した「3人目」の人の経験からきている。

社会人になり地元・名古屋へ戻ってきた私は、母が昔から通っている繁華街近くの美容室を紹介された。
そこで出会ったのがNさん。
私より少しだけ年上の彼女はとてもやさしく、お話もしやすくて、スタイリングも毎回魅力的な仕上がりだった。私の母を知っていることもあり、従姉と会うような感覚でNさんと接していた私は、極端な話、Nさんとなら美容室以外の場所でもお茶したり出掛けても楽しいかもしれないと思えるほどに打ち解けているつもりだった。
ところが、そんなNさんがある日突然お店から消えた。

辞めた理由を母も知らないし、もちろんただの客である私にも教えられはしなかったが、どうもあまり穏やかな辞め方ではなかったのではないかと察せられた。少なくとも、市内の別の店で働いているとかいうことではなく、Nさんはすでに遠い街にいるのではということが想像された。

美容室のふしぎなところは、ずっと長く通っていたところであっても、自分の担当さん以外の美容師さんにはなぜか魅力を感じられないことである。Nさんがいなくなったその美容室に私は通う気持ちになれず、しばらくのあいだ、ただただ髪が伸びていった。そんなとき、出会ったのがEさんだった。

当時の住まいから通える距離でホットペッパービューティーをぐるぐると眺めまわしながら、なんとなく雰囲気が良さそうということで行ってみた美容室で私の背中に立ったのが、Eさんだった。以前通っていた美容室よりずいぶんこちらの要望を細かく聞き出してくれる美容室で、そのなりゆきから、「なぜ前の美容室を変えられたんですか?」という理由をやんわり訊かれ、私はNさんのことを話した。
状況として、まだ交際も始まっていない時期に元彼のことを話すような気まずさがあったにも関わらずベラベラ話してしまったのは、突然居なくなってしまったNさんのショックからまだ立ち直れていなかったからだ。話を聞き終えたEさんは、「なるほど」と、私に過度に同情するでもなく、美容師としてNさんの振る舞いについて意見するでもなく、たんたんとハサミを手にカットを始めた。
そんなはじまりだった。

Eさんの勤める美容室では毎年顧客に年賀状をくれる。ある年の年賀状で、Eさんが手書きで「今年も宇佐江さんのスタイリングは私にお任せください!」と書き添えてあるのをみて、そういえば、芸能人でもないけれど一般人だって、毎回お世話になる美容師さんは1人なんだったらそれって専属のスタイリストさんみたいなものだよなあと、なんだか感動した。

ところが、そんな私に悪夢が再来する。なんとEさんが退職されることになったのだ。

Eさんはずっと腰痛持ちで、それがいよいよひどい状況になってきているので半年後に退職することになったと、いつものように立ってではなく、椅子に座ったまま私のカットをしてくれながらEさんは言った。
「宇佐江さんの次の担当者の相談にも乗りますし、ここの店舗より近いところがご希望でしたら紹介します」とEさんは言ってくれたが、私は内心「どうしよう」という思いでいっぱいだった。

またNさんのときの喪失が繰り返される。Eさんが居ないのであればもう、その店でなくまた別の美容室をいちから探すか。でも、もしかしたらEさんが快復したら復帰されるかもしれないし…。しかしいつになるかわからないその時を待つのも…。

そんなふうに迷いながら次回、お店を訪ねたとき。
「今日はこちらで」
とEさんが指し示した椅子は、いつもの並びの席ではなく窓際の、他のスタッフやお客さんからぽつんと離れた席だった。
サクサクと私の髪を切りながら、声をひそめてEさんが言った。
「実は、お店には内緒なんですけど、私、他店に転職するんです。今よりも勤務が緩やかな会社で、新しく出来る店舗の立ち上げメンバーで。……良かったら、次のお店の情報、お手紙でお知らせしていいですか」
私は心の底から安堵した。
突然辞めてしまったNさんの昔話を、Eさんが覚えているかわからない。けれど、私はあの時受けた傷がこのとき、ようやく癒えたような気持ちがした。

「私、その新しいお店、必ず行きます」

辞める前にカットしてもらう最後の日、私は自分の連絡先を添えて、デメルの小さなチョコをEさんに手渡した。




Eさんの新しいお店はこじんまりと落ち着いた雰囲気で、偶然にも、かつて私の通った高校と最寄り駅が同じだった。お店の床は、Eさんの腰にあわせて柔らかい木の床材を店長が選んでくれたとEさんからきいた。
「今回はどうしますか」
と尋ねられても、「少し軽めで、長さはこれくらい」という簡単な言葉を伝えただけで、できあがった姿は私の想像より上等な仕上がりなっている。
先日のお会計時、
「良かったら、後ろ姿の仕上がりを写真に撮ってお店のブログにあげてもいいですか」
とEさんに尋ねられた。10年で初めてのことだった。
「もちろん!」と私は、切りたてのボブとうなじをカメラに向けた。家に帰ってお店のブログをのぞいてみると、きれいに揃った後ろ髪の写真にEさんの文章が添えてあった。

「いつもコンパクトなボブスタイルがお好きなので、毎回いろいろと変化をつけながら切らせていただいてます。」

これからも出来たら末永くお世話になりたい。そのために、ちゃんと3ヶ月以内に忘れず予約を入れよう。





今週もお読みいただきありがとうございました。余談ですが、以前テレビで飲食店のオーナーの女性が「髪型はずっと意識して変えない。お客さんに自分の存在を覚えてもらうため」と発言されたのに感化され、私も、フリーランスで作家活動を始めて以降は大きく髪型を変えないようにしています。刈上げは、いつかまたしたいなあとつい思ってしまうのですが…。
(ちなみにトップ画像は、私が刈上げに命懸けていた美大の頃のグループ展告知用素材です。)

◆次回予告◆
『ArtとTalk⑲』最近行った美術館の話。

それではまた、次の月曜に。



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