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失われた2千円…ひとり路線バスの旅ーおでかけがしたい。⑩ー

旅や散歩にまつわるエッセイ+少し写真のシリーズ『おでかけがしたい。』第10回。

今回は完璧な計画のはずが自業自得でスリリングな旅になってしまった、路線バスのお話です。写真の代わりにイメージ図と共にお送りします。



完璧なる計画

岐阜県関市にある「岐阜現代美術館」。前々から一度行ってみたいと思いつつこれまで機会がなかったが、観たい企画展がやっていたので思い切って行くことにした。

車がないとかなり不便な場所だが、バスマニアの同僚が事前に下調べをしてくれてこのような完璧な計画が出来た。

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バスの本数が少ない上に乗り換え時間もあるので、たったひとつの美術館にほとんど1日がかりにはなるが、バスマニアが教えてくれた「昼特きっぷ」なるものを使うと、往復してもたった500円。通常の運賃を払うと往復1,980円かかるので、めちゃくちゃお得だ。
この手を使う他はない。

遠足に出掛ける前日のように、貰ったバスの時刻表や出発時間を頭の中で複唱しながら私は寝床に入った。


初動の失策

遠足に出掛ける朝の最悪といえば、雨。そして寝坊である。

私はこの日、奇跡的にその両方を引き当てた。確実に予定していたバスには間に合わない時刻。なぜ。仕事の日は起きられるのになぜ私は自分の用事になるとこうも寝過ごしてしまうのだ(※「ArtとTalk」⑭参照)…!!苦い反省とともに納豆ご飯を噛みしめながら、岐阜バスの時刻表に急いで目を走らせる。まず、もうどれだけ今すぐノーメイクで家を飛び出しても、昼特きっぷを最大限利用して500円で目的地までを往復するのは時刻表的に不可能だと悟る。(←間に合うならそもそも納豆を食べていない。)計画を練り直し、このように頭の中で行程を書き替えた。

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雨は本降りではないが、ここ(名古屋)とあちら(岐阜)の天気の差が分からないので折り畳みではなく普通の傘を持って家を出る。肌寒いと踏み冬のコートを久しぶりに羽織りマフラーまで巻いてきたが、名古屋駅まで行く道中の人々の春らしいコーデとのあまりのチグハグ加減にさらに気分がどんよりしてくる。しかも、本を持ってくるのを忘れた。
いつも絶対鞄に入れてくるのに……!!よりによって移動時間だけがひたすら続く長い1日なのに……!!!
駅で新刊でも買おうかと思いつくがそんな贅沢が怠惰な私に許されるはずもなく、容赦なく迫る岐阜駅行きのJR発車時刻に向けて一直線。


策士じゃないが策に溺れる

岐阜駅に着く。とにもかくにも計画開始。まずは、バスマニア推薦の「昼特きっぷ」を岐阜駅のバス案内所で買う。日付部分をスクラッチして使う面白いカードで、500円で10時から16時までの利用(降車時間)に限り岐阜バス乗り放題のスーパーお得切符。だがそれを手にした時、私の腕時計はすでに14時近く…。バスマニアよ、ごめん…。
なんとかここから巻き返し、こいつを最大限利用しなくては。
岐阜駅に着いたら雨も降っておらず、雨傘&長靴スタイルの自分が周囲から浮いているようでまた落ち込みそうになるが、隣の停車場で足取りもおぼつかない高齢のおじいちゃんたちが「競輪場行き」のバスに勇んで乗り込んで行くのを見て、なぜか少し元気がでた。

岐阜駅から「Sターミナル」までは約50分もかかる長い道のり。バスに揺られながら、読書もできないので時刻表と路線図をぼんやりと眺める。そこで、ふと気がついた。
Sターミナルで乗り換えをするのは、バスマニアの提案だ。彼女によると、最終目的地である美術館の最寄り駅「E団地」へは手前の「B」停留所でも乗り換えができるが、少し乗り継ぎの間が出来てしまうため、「周りに何もないBよりも、Sターミナルの方がベンチもあるし待つのが辛くない」というアドバイスだった。しかし、そもそも今私が乗っているこのバスがSターミナルに着く時刻、E団地へ行く乗り換えバスが(美術館閉館時間までには)もうない。

それ自体は私も納豆を食べながら気づいていたので、Sターミナルに着いたらタクシーを利用して美術館まで行くしかあるまいと考えていた。しかし、だったら何も美術館と逆走するSターミナルまで行かなくても、Bで降りた方が美術館には近いんじゃないか?

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じゃなくて、こう。

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そのぶんタクシー代も多少は安くなるだろう。そんなセコイ計算が働いて私はBでバスを降りた。

どうせならタクシー代を少しでも浮かせるためにもう1停留所分くらい歩けないだろうか?

初めて来る土地。地図もない。スマホもない。(←携帯でもネットは使えるが料金節約の為なるべく使わない発想。)勘と道路の青カンだけを頼りに、無謀にも私は歩き出した。
多分この大通りを右。ずんずん歩く。のどかな風景。赤紫色の花の雑草が空地に群生している。鼻歌まで出そうなほど気分よく歩いていると、前方にバス停留所の札が見えた。「C」。やった!合ってる!ちゃんと私は美術館に向かう道を辿っている!!
意外に早く次の停留所へ着けたことで私は再び思った。路線図を取り出すと、目的地までは停留所あと2個分。

(このまま、歩けるのではないか…?)

運動はからっきしだが脚力だけは自信がある私はさらに歩き続けた。前方に、岐阜では有名な大型ショッピングモールが見えてきて、「おお、あれが岐阜の人がよく言う○○かあ~」などと呑気に感動したりした。

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ところが。

その大型ショッピングモールの手前までやってきて、そのまま広大な敷地の端から端まで歩き切ってモールを追い越しそうになったとき、ふと我に返った。

おかしい。次のバス停が全然ないぞ。

先程BからCまで歩いて来た距離からすると、そろそろないとおかしい「D」停留所がない。一本道だと思うので間違えてはいないはずだが…。
路線図をふたたび取り出す。あとバス停2つ。無言で顔を上げ前方の景色を見る。

目の前は、山だった。

このまま歩けば、私は坂を上り山の横っ腹を歩くことになる。そして確か、昨日パソコンで周辺地図を見ていたときを思い出すとこの先には川があるはず。山と川を超える。ちょっとこわい…。
そして第一、時間がない。実はあと30分で復路のE団地からSターミナルへ戻るバスに乗らないともうバスが当分ないのだ。
ついに諦めて私は大型ショッピングモール前からタクシーを呼んだ。


目の前にあった真実

タクシーを呼んで正解だった。山を越え川を越え、ようやく車窓から見えたバス停は「E団地」ではなくその手前の「D」だった。こんなにCから距離が離れていたとは…怖や怖や…。そして待望のE団地のバス停が見えると、タクシーは左にカーブして、なにやら立派な研究所っぽい敷地の門をくぐって入っていく。そこでタクシーを降りた。買い物袋も持たず、「ショッピングモールから美術館まで」という奇怪な客だと思われていないか心配だったので、料金を払いながら運転手さんに
「○○(ショッピングモール)から歩けるかなあと思ったんですが、甘かったです…」
と自分の愚かさを告白すると、「ああ、それは無理ですねー」と明るく納得された。

敷地は広大で、美術館がどの建物かしばらくウロウロ迷ったが、入り口に近い建物がそれだった。豪華で、少し怖いほど無防備なプールがある美しいロケーション。傘立てに傘をあずけ、身軽になって入り口の扉を開ける。

滞在時間、約15分。もともとあまり広い美術館ではないと聞いていたけれど、想像していたよりも作品点数も充実していて、時間があればもう少しゆっくり楽しめたと思うが、とりあえず、紆余曲折ありながら無事に来られたことで私は満足した。帰りのバスはきちんと時間通りにE団地停留所に着き、私はそれに乗って、よせばいいのにセコイ計算をまた脳内で繰り返す。

バスには無事乗れたが、このバスがSターミナルに着く頃にはすでに16時近く。Sターミナルから岐阜駅へ戻るバスには「昼特きっぷ」は時間外で使えない。片道690円。プラス先ほど乗ったタクシー代金が1,410円。合計2,100円…。昼特きっぷを利用できる時間内にすべてのバスに乗れたらたった500円で済んだところを、約2千円のロス…。。。いや…。まあ、昼特きっぷのお陰で通常運賃よりは490円得したんだけど…ハハハ。
虚ろな目を向けると、前列のシートの背に「ばかっぷる」という落書きがあった。「ばかっぷる」を表現するのにこれ以上相応しい文字があるだろうかと感心するほど具合のいいその丸文字に見入っていると、ばかっぷるより馬鹿な私は、はたと気づいた。


美術館に傘、忘れた…。




*「岐阜現代美術館」…昨年107歳で亡くなられた美術家・篠田桃紅しのだとうこうのコレクションを豊富に持つ場所として、知る人ぞ知る美術館。鍋屋バイテック会社の関工園内にある。観覧料はなんと無料。同じく関市の市役所内に「関市立篠田桃紅美術空間」(有料)もあるが、残念ながらこの日は臨時休館でした。





今週もお読みいただきありがとうございました。焦った…。急にパソコンが動かなくなって配信間に合わないかと思った…。
いつもぎりぎりですみません。
なんだったんだろうこの1日と思いつつ、こうして振り返ってみるとなかなか面白い1日だったと思う私は今年度も成長できないままかもしれません。

◆次回予告◆
美術沼にはまるきっかけ。(美術館勤務10年目!)

それではまた、次の月曜に。



*旅に失敗はつきもの。他のおでかけ話はこちら↓














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