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発達障害の父に育てられました!?⑥ ついに親父が精神病院退院!!今更一緒に住めないよ案件


タイトル通りあの恐怖の親父が退院してきます😨
また借金して発狂されたら‥
今度こそ財産はないし私たち子供らは皆責任を取らされるかもしれず‥ガクガクブルブル🥶

こうして父は病院を転院しながらもトータルで4.5年は大人しく入院していてくれました。
月日は流れ入院当時中高生だった私たちはこども達だけで暮らし高校を卒業、皆社会人として働いていました。

そこで退院した親と一緒に暮らすのが普通ですがもう今更なんですよね
私達が住んでいた家は父親が入院したと同時にもとの家を売り払って引っ越したという全く縁もゆかりもない家‥
父親は娘達と住むと監視されるというか自由にできないと言い
私たちは一緒に住むなんて絶対ムリ!気持ち悪い!怖い!という心情のもと同居できないという双方の意見は一致

退院してくるにあたり部屋探しが始まります。
退院してきたら障害者年金で生活費を全て賄います。
そのため家賃は2万から3万くらいのところ且つ私たちの家からさほど遠くない所
2箇所くらいに絞って間取り図などを病院に持って行き本人に決めてもらったように思います。
洗濯機は共同。必要となる家電はリサイクルショップで叔父に手伝ってもらって揃えた気がします。

あとは入院前のような事態にならない為の監視体制を整えます。
訪問看護週2日、ヘルパーさん週3日、土日いずれかに私たちが出入りし週6日誰かが彼と会う機会を設けました。
近くの施設にも出入りできるよう(日中の居場所)整えます。

訪看さんに薬の管理、時には外来付き添いまでお願いします。
ヘルパーさん、子供は御飯時に合わせて薬の内服を促しチェックしていたように思います。
ヘルパーさんに食材の買い出しやご飯作りをお願いし、子供達はその他の調味料や米の買い出しやコインランドリーで衣服の洗濯から乾燥までおこなっていた記憶があります。 

本人は少ないお小遣いでその他の食料を買い、施設を訪れ新聞を読んだりカラオケ大会に参加したり‥というような生活がしばらく続きました。

退院が近づき新居の間取り図を見て決める姿はやはりワクワクしたような姿に映ってましたが(マジその光景を腹立たしく見る私たち)
実際待ち受けていたのは自由のない贅沢とはかけ離れた生活だったでしょう。
さんざん祖父や借金のお金で贅沢をしてきた彼としては地獄だったに違いありません。

小学生時代に見た体力も有り余って発狂していたあの親父がもうおじいちゃんになって背中を縮こめてみかんの缶詰をすごい勢いですすり食べてる姿に恨みや安堵や哀れみといったなんとも言えない感情を抱くのでした

もちろんこのままの生活がずーっと続く訳ではありません。
布団押し売りされてたり(もちろんクーリングオフしました)
私たちに会いに知る由もない家に訪ねてこようとして警察に通報されたり、
足が悪くなって思うように動けなくなったり
病気で倒れて救急車で運ばれたり
安いアパートなのでやはり問題のある住人がいてビビってたり(私達も怖かった)

処方されるお薬によっても鬱症状が強く出たり手が震えて自慢の達筆がふるふるの字になったり
さんざん振り回されてきた私からするとザマァな光景なんだけど年寄りをいじめてるようなうしろめたい気持ちもあったり

彼は社会生活が得意ではありませんでした。
仕事も続かないし人に騙されるし‥
運転はすごく荒い‥
しかし施設での作業の様子を聞くと段取りを決めてやる作業がすごく得意らしく
他には歌が上手かったり字はかなり達筆で‥といったように出来ない事は壊滅的にできないけど得手不得手の差が激しい凸凹な感じが発達障害のそれなんよ‥😇

いろんな方の手をお借りして監視してても上記のように振り回された私たちでした🤪

年齢も年齢なのでこんな独居生活を続けるにも無理がありいよいよ何年待ちとかだった精神の老人介護施設を申し込みその時を待ちました。
その後の話はまた今度‥😙

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