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大学生が京都から東京まで歩く話③

4日目『オーバーナイトウォーキング編』

目が覚めた。僕達は生きていた。まずその事への感謝から始まった。ただ人生で最も死にたいと思うほど最悪な朝だった。テントと寝袋はビショビショ。天井から結露による水滴が落ちてくる。テントの下も雪のため自分の体重と体温で雪が溶けて固められ少し体が沈んでる。恐る恐るテントのファスナーを開けて外を覗くとテントは三分の一くらい雪に埋もれていた。外には90センチほど雪が積もっていた。米原での観測史上最高だそうだ。全く運がいいのか悪いのか。今朝はいつも以上にやる気が出ない。
 いつものようにテントを畳んですぐ出発!といきたいところだがこの雪の中動く元気が出ない。でもテントから出なきゃ。テントから出て靴を履くとグチョグチョに濡れていてまた嫌になった。

 とりあえず雪遊びをした。タクミはすべり台に登り意気込みを叫んで雪にダイブしたりしていた。
「今日は米原の次の駅で帰ります!!!金ないけど」

 その後ウサギとタクミが雪の積もった田んぼにお互いを落としあったり、雪玉を投げ合ったりした。
 だんだん笑顔が出てきた。やる気も出てきた。体も温まった。笑顔は無料のガソリンである。
 そして雪をメスティンに入れ、それを溶かして沸騰させレモンティーを作った。優雅なティータイムを嗜んだ。あたりは文字通り白銀。時間は9時半。「よし!そろそろ行くか!」ネオがそう言うと皆出発の準備を始めた。テントは濡れていたためバックパックの紐に結びつけて乾かそうということになった。とりあえず今日こそは岐阜に入りたい。出発の際、ネオが今日の目標を述べた。

「昨日雪道あるいて決意しました。中山道は諦めます!!!今日からは東海道を通って東京を目指します!とりあえず本日は雪の無いところまで歩き続けましょう。」

 中山道を諦める事は悔しいがもう、本能的に迷う事はしなくなっている。体は迷わず諦める事を望んでいる。まあ、東京に辿り着ければそれでいっかという感じにもなっていたため、ウサギもタクミも「はい!」と潔く返事した。

 よって中山道六十九次はまたの機会にし、東海道五拾三次を目指して南下する。だが、まだ岐阜にも入っていない。雪道はまだまだ続きそうだった。早く雪の無い道に出たい。その一心で不乱に雪を掻き分け進んだ。途中の踏切で線路の工事をしている人たちが、声をかけてきた。
「どこいくんや?山でも登るんか?」

ウサギ「今から歩いて東京行くんすよ」

工事の人「うぉー、凄いな。頑張れよ!」

ウサギ「あざーす!行ってきます!」

笑顔で手を振る工事の人を背に僕らは歩いた。



 途中で休憩がてら立木与三郎商店という昔ながらの近所の人から愛され続ける感じの店に入った。そこには店主と女将さんがいて店主と話す近所の人もいた。僕らは大福を買った。すると女将さんが話しかけてきた。

女将さん「あんたらこんな雪の日にどこ行くんや?」

「歩いて東京目指してるんですよ」とネオが言うと、「そら大変や」といってストーブとその周りに3つの椅子を用意してくれた。

女将さん「座り座り!」

3人は小学生で習うくらい大きな声で礼を言って椅子に腰掛けた。
すると女将さんがお茶を淹れてくれた。
そしてお菓子まで出してくれた。
「温まるまでゆっくりしていきな」

 またも大きな声で礼を言った。

 こんなにも胸が満たされていく感覚を味わう事は現代社会では少なくなっているのではないだろうか。他人への無慈悲な愛。隣人愛。
 存じぬ隣人は思ってるより温かい。少なくとも僕はそう思うようになった。

悩んでる体が熱くて指先は凍えるほど冷たい。
どうした早く言ってしまえ。
心からありがとう。
生涯忘れる事はないでしょう。
立木与三郎商店。
僕らはGoogleの口コミに星5を付けて店を出た。


 あたりの住民は皆、雪かきに勤しんでいる。子供からお年寄りまで精を出して雪をかく。心なしかどこか楽しそうにも見える。
「あー、ほんまえらいわ」
「なんでこんな雪ふんねや。こちとら老人ばっかやゆうのに」

皆そう口に出しているが、やはり僕には言葉とは違ってイキイキしているように見えた。
時折除雪車が通るので轍を歩いてる僕らもその時は雪が盛られた道の端に寄る。

 醒井というこの地域は中山道中にあり古風な昔の宿が立ち並ぶ。歩いているだけで歴史を感じられる。
 そして水が有名だそうだ。道の脇に流れている小川にはハリヨという珍しい魚がいるそう。伊吹山で戦っていたヤマトタケルが醒井の水を飲んで休憩したそうだ。歴史的にも水にまつわる伝説が残されている。

ウサギ「なんかタケルが来たらしいで」
ネオ「あーなんか聞いたことある。伊吹山でドラゴンと戦ったとかの話やろ?」
タクミ「なんの映画?」

「佐藤健ちゃうで」ウサギは歩きながら静かにつっこんだ。


「雪無くならんやん。多分日本全国雪降ってるって」ウサギは嘆く。

ネオ「もうすぐで岐阜や。滋賀と岐阜の県境で写真撮ろ。」

タクミ「でもさっきから関ヶ原って文字看板とかにちらほら書いてあるけど、関ヶ原って滋賀?岐阜?」

ウサギ「岐阜入ってるやん」
ネオ「なんかぬるっと入っちゃったな」
気づけば岐阜に突入していた。
歩道の無い国道を一列になって走り、車が来たら雪に飛び込む。

ウサギ「タクミ立たせて」

タクミ「もぉーお前ウザいな」

ウサギ「雪なくなるまではおれが座ったらタクミが立たせるっていうルールな」

タクミ「おれ何もいいことないやんけ」


 そしてなんとか街に出て最初に見つけたファミリーマートでミーティングをした。
荷物を全部下ろして休憩した。
時々駐車場で車が雪に埋もれて動けなくなって道路に出るのに苦戦している。その度に車を助けた。助けすぎて雪から車を出すコツを掴んできた。思わぬスキルアップ。僕達はその作業に次第にやりがいを感じ、まるでそういうアルバイトをしている様だった。
「兄ちゃん達ありがとうな!ほんと助かったよ!」
「どういたしまして!お気をつけて〜」
手を振るウサギにネオが言い放った。
「いや、こんなんしてる場合ちゃうて」

ウサギ「あ、ほんまや。気づいたら2時間くらいこんな事してた。はよ出発せな」

ネオ「そうやで、ミーティングや」

そしてまた、休憩という名のミーティングが始まる。

「君達の活躍観てたよ!ありがとうな!」
 お礼にとファミリーマートの店員からコーヒーをいただいた。

3人でお礼を言い。温かいコーヒを有難く頂いた。

それを飲むなり先程のミーティングで決定したオーバーナイトウォーキングを実行する。
オーバーナイトウォーキングとは常人には考えつかない、大学で単位を落とす事のない天才でしか導き出すことのできない画期的な作戦である。最も長い距離を進めるというオーバーナイトウォーキング。それは寝ずに雪の無い所まで歩き続けるというものだ。
 雪の中寝るくらいなら寝ない方がマシという考えだ。彼ら3人は歩き始めた。過酷な道のりになろうとは知らずに。

オーバーナイトウォーキング編  続



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