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命日【ショートショート】

 キャメルに火を点け、線香代わりに探偵の墓前に供える。

「お前は立派だったよ。殺られた後輩と情報屋の仇をきっちり取った。撃たれてズタボロになってまでな……」

 あの日、事務所に帰ってきた探偵が目にしたのは、後輩の探偵と情報屋の血塗れの死体だった。二人が依頼人の若者をかばって死んだことはすぐにわかった。
 依頼人の死体も翌日東京湾に上がった。依頼人はある黒い取引の目撃者だったが、愚かにもそれをネタに組を強請ろうとしたのだ。

 怒りにまかせて組に押し入った挙げ句に、奪った長ドスを振り回した探偵。全部で十二発の銃弾を叩き込まれながらも実行犯の若頭の首を獲った。だがそこまでだった。黒幕のところには手が届かなかった。
 刑事である俺の捜査も、上からの圧力がかかり全て揉み消された。虚しさだけが残った。

 なあ探偵。酔いが回るとお前はよく口にしていたな。遠い昔に遠い場所で仲間を全て失ったことがあると。それからもう二度と仲間を作らないと誓ったんだと。
 だがぶっきらぼうでも、気さくで、情に厚いお前には、この街に来て一年も経たないうちに少なくない仲間が出来ちまった。俺もその一人だ。
 生きてた頃にはよくお前や後輩をおとり捜査や危ない違法捜査に駆り出して、やいやい文句を言われてたな。あれは悪かった。しかしもう謝ることもできない。

 今ならお前の気持ちも少しはわかる。俺ももうこれから仲間を作る気にはなれないだろう。

「ああ、そう言えばな、黒幕の会長だが、今朝がた刺殺されたらしいぞ。凶器は長ドスだってよ。まるで出来すぎた怪談話みたいだよな。お前の命日に……」

 爪の間にわずかに残っていた血を手桶の水でゆすぎ、俺は自分のゴロワーズに火を点けた。


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