休業補償【ショートショート】
私はあるイタリアンレストランのオーナーシェフだった。あの夜までは。
新型コロナウイルスの流行していたある日の夜、私の店で五人の若者たちが飲んで騒ぎ、そこから店全体に集団感染を発生させてしまった。
私は彼らに何度も注意したのだが、彼らの中には店の出資者の子息もいたので、マスク着用を強制することができなかった。
いろいろなことが重なり、その後まもなく私は店を畳んだ。
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それから半年が経過した。
いま私は、あの夜の若者たちの素性を調べ上げて、一人ひとり殺している。毎回スタンガンで動きを奪った後で縛り上げ、使われていない冷凍倉庫に運んでから包丁で刺して失血死させる。何の心も痛まない、簡単な話だった。唯一申し訳ない感情が湧いたのは、私からこんな役割しか与えられなくなった愛用の包丁に対してだけだった。
今日は最後の一人だ。倉庫の中で縛られている最後の犠牲者がわめく。
「俺が何をしたっていうんだ!?」
「実は、私の家族もあの夜に感染しましてね。赤ん坊だった息子は一週間後に死んでしまいました。妻もうつ病を患い、後を追ってしまいました」
「それは気の毒だった。賠償、賠償するよ。カネなら俺の親父が出す! そうだよ、アンタほどの腕があれば店ぐらい楽勝に再建できるはずだ! なんなら前より大きな店にしてやろうじゃないか、なあ! ……なぁ?」
「大変残念ですが」
私は横にした包丁を相手の脇腹にずぶりと差し込む。
「私もコロナウイルスの後遺症で味覚を失った。私には、もう、永久に、料理は作れない」
奴の目が虚空に泳いだ。
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