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ショートショート

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ショートショート。4000字(10枚)未満の小説をまとめています。
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記事一覧

トリック・オア【ショートショート】

 ハロウィンは好きではない。  日本には縁もゆかりもない、このくだらない祭りが流行り出して何年たったろう。この日の山手線に仮装した阿呆どもが乗ってくるのにももう慣れた。  ケロイド状の特殊メイクシートを顔に貼った女子高生や、狼男マスクを被った青年たち。看護師の制服を着た娘は額や口から血を流している。車両の中はさながらB級映画の撮影現場の様相を呈していた。  なんなら残業帰りでスーツ姿の俺の方がよほど異端者に思えてくる。  いま俺の肩にもたれてすやすや寝こけてる背広の男は

猫じぇらし【ショートショート】

 あたしは学校に行けなくなった。  彼氏の蓮くんがあたしの親友の真希と隠れてつきあってることがわかったのだ。  あの日、たまたま通りがかった喫茶店の窓には、にこやかに微笑み合う二人の姿が映っていた。  あたしは一晩泣いて泣いて、翌日学校を休んだ。  それをきっかけに、あたしの長い長い引きこもり生活が始まった。  あたしは部屋から一歩も出ないことに決めた。  とりあえずご飯は部屋の前に置いてもらい、食べ終わったら食器を部屋の前に返すことにした。  家族とも顔を合わせなくなっ

ディープ・リアル【ショートショート】

 小さい頃から神童だ天才だと呼ばれていた俺は、独学でAIと画像処理の研究に没頭し、ついに完璧な『モザイク外し』の技術を開発した。  ディープフェイクなどでモザイクの上から別人の性器画像を重ね貼りするようなチャチな技法ではない。  動画の全フレームを解析し、あらゆる角度から見た本人の正確な性器の形を計算で求めるのだ。  俺の解析ロジックは実に完璧なものだった。たまたま流出した本家の無修正版と比較しても、大陰唇小陰唇の色やサイズ、ホクロの位置までが完全に一致していた。  俺

エア【ショートショート】

「長生きの秘訣? 油ものを一切食べないことですかね」  この道80年のラーメン評論家が肩を揺すって笑う。 「私ぐらいになると、スープの匂いを嗅いで麺を持ち上げただけで、もう味が判ってしまうからね。じっさいに食べる必要がないのです」  なるほど『技を極める』というのはそういう境地を指すのかも知れない。  それを耳にして、営業70年の店の主が忍び笑いを漏らした。 「それが何だって話でさぁ。アッシぐらいになれば麺もスープも無しに客をうならせることができますがね」  店主が右手

サマー・スポット【ショートショート】

――こんなことになるのなら、やめておけばよかった。  大学4年の夏休み、友達と心霊スポットを見に行った。  メンバーは僕と友人の山崎、僕の彼女と山崎の彼女、合わせて4人。  そのスポットは山奥の学校で、最後に残った一人の生徒が自殺したために廃校になったらしい。それから二十年以上はたっているそうだが、今でもそこを訪れた人は必ず何らかの怪奇現象に襲われるのだという。  廃校のある場所は電車も通っていないような田舎だったので、僕たちはレンタカーを借りてそこに向かった。  僕の

人の金で焼肉が食べたい【ショートショート】

「やばいぞ陽太! 『人の金で焼肉が食べたい』が盗まれた!」  Zoom画面の中の菜月(なつき)が突然叫んだ。 「いきなりなに言ってんの?」  Zoom越しに僕が返す。  菜月と僕は幼なじみ。同じ中学・高校を出て、今年から揃って地元の大学に通っている。いわゆるクサレ縁ってやつだ。  友達付き合いも7年におよび、なんだかんだ気が合うので、三日に一度ぐらいは二人でリモート飲み会を開いている。  まあ飲み会といっても未成年なので、コーラとポテチ程度の健全な会だ。とは言え菜月の方は

ストリート・ビュー【ショートショート】

 幼い頃住んでいた故郷の町を、ストリートビューで探索する。  ここは友達の家、こっちは自分ち……  気ままに歩いているうちに、何となく違和感を覚えた。グーグルの撮影車が到底入っていけないような細い脇道にも進めるようなのだ。 ――バージョンアップか何かで、仕様が変わったのかな?  興味を惹かれ、脇道に足を踏み入れてみた。  昔とは風景が少し変化しているが、それでも記憶の中にうっすら残っている道だ。どんどん進んでいくとその先に古ぼけた家があった。木造一階建ての小さな、みすぼらし

命日【ショートショート】

 キャメルに火を点け、線香代わりに探偵の墓前に供える。 「お前は立派だったよ。殺られた後輩と情報屋の仇をきっちり取った。撃たれてズタボロになってまでな……」  あの日、事務所に帰ってきた探偵が目にしたのは、後輩の探偵と情報屋の血塗れの死体だった。二人が依頼人の若者をかばって死んだことはすぐにわかった。  依頼人の死体も翌日東京湾に上がった。依頼人はある黒い取引の目撃者だったが、愚かにもそれをネタに組を強請ろうとしたのだ。  怒りにまかせて組に押し入った挙げ句に、奪った長

コールド・プレイ【ショートショート】

 由紀。白磁のように透明感のある肌の女だった。 「生い立ちのせいかな。わたしの身体はとても冷めているの。あなたはきっと後悔するわ」  不感症か?過去に何かがあったのだろうか。  それでも構わない、と思った。 「大丈夫さ。俺がきっと君の心と身体を溶かしてみせる」  俺は少々強引に彼女と付き合い始めた。  初めての夜が来た。  服を脱がせて身体を合わせると、確かに彼女の身体はヒヤリとしていた。  しかし俺の指が丁寧に肌から乳首を這い、さらに秘部までをほぐしていくうち、彼女は歓

犬と月【ショートショート】

八月、強い風の日に赤い髪の娘と出会った。 ――捨て犬か。アタシと同じね。 失礼だな。俺は捨て犬なんかじゃねぇ。 だが娘の差し出したフライドチキンは断れなかった。 九月、あの娘がぼろぼろの姿で道路に横たわっているのを見た。 複数の男らに襲われた末、屋上から身を投げたらしい。 十月、ぼろぼろになった男達の死体が見つかった。 すべての死体は、身体じゅう野良犬に噛まれた跡があったそうだ。 失礼だな。野良犬なんかじゃねぇ。 ……俺は狼だ。

恋ひ桜【ショートショート】

桜の精は少女の姿。 桜はとある男に懸想した。 男は恋人と桜の下で接吻をする。 悔しさで桜は女を取り殺した。 翌年も男は別の恋人とやってきた。 桜はふたたび取り殺す。 幾年も幾年も同じことを繰り返した。 ある日、一人の拝み屋がやって来た。 ようやく桜は、男が赤詐欺師だと知った。 桜は男を取り殺し 我と我が身に火を放った。

チェリーブラッサム・グリーンピース【ショートショート】

桜に見えて、桜ではない。 人に見えるが…もう人ではない。 人口の9割が消えた、終末の世界。 花びらで放射能を吸い、体内で無害化して唇から吐き出す、一対の機械。 浄化が終われば、やがては散る機械。 娘でなくとも良かった筈だ。 娘の初恋が実った翌日に施術したのも、私のエゴだ。 娘は笑って赦してくれた。 失いたくないあまりに、全てを失ってしまった。 父も、後から逝く。

春のやよいのこの良き日【ショートショート】

 今年も雛飾りを並べるのは私の役目だ。  隣の部屋からは、鞠をつく音とわらべ唄を歌う声が聞こえる。  娘ではない。妻だ。  四十年前の今日、私たちの一人娘、春香が亡くなった。  それ以来、年に一日だけ妻は亡き娘の心になる。  そうか。もう四十年になるのか。  さっきまで続いていた鞠の音が、とつぜん途切れた。  続けてとさり、と重い音がした。  驚いてふすまを開けると、妻がこと切れていた。  心臓発作か脳梗塞か。救急車を呼ぶことは、考えなかった。  お前はここまでよく頑張

優しい死神【ショートショート】

 代わり映えのしないいつもの朝。僕は通勤バスに乗る。  同じく代わり映えのしない、いつもの乗客たちの顔、顔、顔……  彼らの顔は、みな一様に生白く生気がない。  まあこれから仕事に向かうのに、元気いっぱいの奴がいるわけもないか。  しかし、それにしたって今朝はあまりにも陰気過ぎではないか?  座席にも立っている客にも、こちらまで死臭が漂ってきそうなヤツばかり、ずらりと並んでいる。  あれ? いや待てよ。  見回してみたところ、このバスの中には見知った顔が誰もいない。  ま