カカオ輸入物語第1話:植物検疫などの小話

カカオを直輸入しようと考えていたが(農園に問い合わせて、あとは支払いだけのところまで進めた)、貨物の紛失リスクや植物検疫に引っかかるリスクを加味して断念した。
「輸入していないのに話すのはどうなのか」と思う一方で、植物検疫や航空貨物の取り扱いについて各所問い合わせをしたので忘備録兼手記として残すことにした。なお、多少話が前後しており時系列ではない(同時並行で進めていた部分もあるので)。

カカオの輸入に限らず、国内での取り扱いが少ないマイナー植物を輸入する際に使える知識だと思う。色々調べたり問い合わせたりした感想は「カカオに限らずだが、国内の輸入業者は良心的な価格で販売している」ということである。

まずは業者探し

海外でカカオの種子や果実を取り扱っている業者を探すことにした。これが中々大変だった。
「cacao beans for sale」で検索しても出てこない。「cacao beans」だと、生のカカオ豆も、醗酵後に水分を飛ばした状態のカカオ豆も両方の意味を含んでしまう。こちらが欲しいのは発芽するカカオ豆、収穫直後の状態である。

検索するワードを変えてみる。カカオは熱帯果樹の一種である。そこで今度は「tropical fruits」で種屋を探してみる。しかし、これでも見つからない。熱帯果樹で見つかったのはグアバ、ライチ、ランブータン、タマリンド、バナナあたりである。似たような雰囲気のコーヒー豆は割と簡単に見つかるが、カカオ豆は見つからない。
あったとしても在庫切れで入荷を待たないといけなかったり、苗が高くて国内より高い値段だったりである。

ここまで難航するとは思わなかった。日本ではマイナーでも、海外では案外メジャーなんじゃないかと希望を抱いた私が馬鹿だった。
なんで皆、カカオを育てないのか。古代アステカでは「神の食べ物」と呼ばれた神聖な食べ物だぞ。カカオ豆が通貨代わりで奴隷も買えたんだぞ。もしかしたら、ハイパーインフレが発生して米ドルの代わりにカカオ豆が通貨単位になるかもしれないだろ。同じアメリカ大陸なんだし。
米ドルの歴史は1790年代になってからであり300年も経ってない。しかし、カカオ豆はマヤ文明後期にあたる西暦950年から、中南米諸国独立後の1800年代末まで通貨として使用されていたという900年以上の歴史がある。資産として扱われていた歴史は長い。


カカオを栽培しない人間は資産運用ができていないも同然だ。将来への見通しが足りない。ファイナンシャルプランナーの皆さんは株だの債券だの不動産だの投資を勧める前にカカオの栽培を勧めた方がいい。株式だってせいぜい400年くらいの歴史しかない。なんて不安な金融商品なんだ!

色々、頭を悩ませていると再びひらめいた。

ぼく「英名がダメなら学名で検索をすればいいのでは…?」

同じ名詞で複数の意味があるものもヒットしてしまうのを避ける(例えば「bat」。コウモリの意味もあれば、野球のバットの意味もある)。学名で検索すれば正確にカカオと特定できるのでは?
タランチュラは見た目が似たような種類が多いので、学名で識別することがよくある。ここからヒントを得た。

カカオの学名で検索してみる。カカオの学名は「Theobroma cacao」である。Google先生に訊いてみるとさっきよりは絞りこめたが、もう少し絞りたい。カカオについて色々と調べてみる。
カカオには3系統の品種があるとわかった。主にフォラステロ種、トリニタリオ種、クリオロ種の3系統だ。

ぼく「品種で調べればもっとヒットするのでは?農家はだいたい品種で語るだろ」

読みは当たった。結構な数ヒットしたので一件ずつ、しらみつぶしに探す。何件か候補を見つけて、植物園も兼任している某国の農園に問い合わせた。

英語での問い合わせ

カカオの価格表はサイトに記載されていたが「詳しくは問い合わせてね!」とあったので問い合わせることにした。
Googleで「英語 輸入 問い合わせ メール」で検索してテンプレの英文を探して、それを良い感じに修正してメールを送った。

「見知らぬ日本人の問い合わせに返信するのか?」という不安はあった一方で、売ってくれるという算段もあった。

カカオ豆の先物価格は2,200~3,000米ドル/トンでkgにすると2.2~3.0米ドル/キロで、これは醗酵させて水分まで飛ばし終わった後(水分含量で6%以下)の価格である。それにしても値動きが荒い。商品市場が小さいので簡単に仕手筋で動かせる相場だ。
カカオポッドの重さは250~1,000g程度。今回はカカオポッドで買う予定であった。サイトに記載されていたカカオポッドは15米ドル/個程度の価格で、カカオポッドを一個売るだけで既にカカオ豆数キロ分の売上が立つ(本来ならゴミにしかならないカカオの殻込みでも売れる)。
多少梱包の手間がかかっても、カカオポッドで売った方が金になるから売るだろうという目論見だ。

ちなみに先物は期日までに手仕舞いしないと現物が届くので先物取引をする人は注意しよう。カカオ豆がトン単位で届くぞ!

見積を取るべく、注文したらいくらになるか、そもそも日本に発送してくれるかを聞いた。そうは言ってもやはり、見知らぬ日本人からの問い合わせに返信が来るかは怪しかった。

と思っていたが、返信が来た。

業者「日本に送ったことあるけど、今はコロナで荷物のロストがあるからコロナ収まってからにした方がいいよ」

まさか来るとは思わなかった。この調子なら答えてくれそうなので、カカオ果実本体の代金、植物検疫証明書代、送料を聞いた。

業者「数が多すぎるからもっと減らしてくれないか?そんだけ大口なら植物検疫証明書代は無料だよ。送料は最速便でxxxUSDだよ」

業者に多すぎると言われるくらいの量を注文しようとしていた。植物の輸入には、輸出する国の政府が発行する植物検疫証明書(この植物に害虫はいませんよの証明書)が必要なのだが、小口の輸入だと証明書代が馬鹿にならない。まともな業者なら証明書代を必ず取ってくる。いい加減な業者は小口輸入なのに「証明書代はフリー!」と言っているので注意しよう。

大口輸入だとまけてくれるのはありがたい。植物を輸入する時は仲間を集めて、証明書代が無料になる量まで輸入するとお得になる。

カカオ果実は鮮度が命なので、最速便を使おうとした。どうせ皆で割り勘なので送料は大して気にならない。ヨーロッパの業者ではなかったので、米ドルで教えてくれた(ヨーロッパの業者はユーロ建て)。
PayPalで支払いのできる業者を選んだのも大きい。向こうのバックレリスクはあるものの、クレカのスキミングリスクはほぼ無いから安心だ。

これとは並行して日本国内の植物検疫所、税関に問い合わせた。

植物検疫所に問い合わせ

植物検疫所に問い合わせる前(海外の業者を探す前でもある)に農林水産省の植物検疫データベースでカカオが輸入できるかを調べた。

どの植物を輸入するか、輸入する国、どこの部位(今回は果実)を輸入するかを入れて実行すれば輸入可能かを教えてくれる。学名で検索した方が正確に出るので、学名で検索しよう。

検索した結果、某国からのカカオ果実の輸入は正当な手続きを踏めば輸入できるとわかった。念のため植物検疫所にも問い合わせる。
「植物の輸入は初めてでよくわかっていない」ということを伝えたら、色々丁寧に教えてくれた。「わからないことはわからない」と聞くのが大事だ。

植物検疫は病害虫がいないかの検査が出るまでに一週間程度かかること、上屋代(倉庫に置いておくのにかかる費用のこと。貿易用語)と横付け代(貨物を倉庫から手元に持ってくる時にかかる費用のこと)がかかること、これとは別で関税を払う必要があることを教えてもらった。

次は税関に問い合わせた。

税関への問い合わせ

関税については税関の管轄なので、別途問い合わせる必要がある。関税も「どの商品にどのくらい関税がかかるか」のデータベースがあるのでそれで調べた。

輸入する国によって関税率が変わるので、できることならどこから輸入するかにもこだわった方が安くなる。EPAに加盟している国から輸入した方が関税が結構安い。商人が自由貿易にこだわる理由がわかる。金額が大きくなればなるほど、数%の税金が馬鹿にならない金額になるのだ。

今回はカカオの輸入ということなので「第18類 ココア及びその調整品」に該当すると考えて調べた。
チョコレートを輸入する時は砂糖が加わると関税が一気に高くなる。これはカカオ豆単体は日本での栽培はほぼ不可能で無税だが、砂糖を加える処理は国内でも可能なので自国の製糖産業保護の意味合いもある。その他果物(例えばパイナップル)も砂糖を加えた缶詰だと関税が高いが、生の果実だと安い。
カカオ豆単体ならどこから輸入しても無税だと思ったが、念のため税関に問い合わせた。

税関の答えは「カカオの果実だと『第8類 食用の果実及びナット、かんきつ類の果皮並びにメロンの皮  その他の果実(生鮮なもの)』に該当するのではないか」とのこと。なぜ曖昧な表現なのかと言うと、関税がどうかかるかは貨物の現物を見てから税関職員が判断するからである。つまり、現物を見てからでないとわからない。

税金は複数の解釈があった場合、税率の高い方を適用するので関税は払うと仮定して話を進めた。

次は上屋に問い合わせた。

上屋への問い合わせ

「国内でどこの上屋に入るかはだいたい、どこの物流会社で送られてくるかで決まる」と植物検疫所の人に言われていた。農園に問い合わせた時点でどの物流会社を使うかはわかっていたので、国内に貨物が届いた時にどこの上屋に入るかを調べる。

念のため複数の上屋業者の上屋代を調べておおよその相場を予想した。調べた結果、どこの上屋業者になってもかかる上屋代はそんなに変わらなくて安心した。業界が寡占だからか、差があまりつかないようになっているっぽい。

「どこの上屋に入るか」というよりは、「航空機から荷物を降ろされた際に国内のどの物流会社(ヤマトとか佐川とか)の担当になるか」に焦点を当てて調べた。
物流会社にメールで問い合わせたところ、「植物検疫期間中の上屋代はかからない」と回答を貰う。

ここが若干わからなかったが、送料の中に上屋代が入っていると考えることにした。直輸入をやる時に貿易関係の本を何冊か立ち読みしたが、複雑過ぎて正直よくわからなかった。貿易事務のバイトの時給はそこそこ高いので、専門性の強い職業だとわかる。

これでようやく輸入にかかる費用の全てが計算できたので、カカオポッド一個当たりの価格がわかった。

なんで直輸入をやめたのか

「貨物の紛失リスクを考えたら、割に合わない博打だったから」。

これに尽きる。国内の業者から買うのと、海外から直輸入するのとで価格差が3倍や10倍になったら紛失覚悟で博打を打つのもありだった。しかし、そんなに価格差が無かった。国内の販売価格は貨物の保険代や業者の手間を考えたら、むしろ良心的な価格設計である。

あとは取り扱う金額が大きくなり過ぎて博打を打ちにくくなっていたというのもある。問い合わせなどの手続きを進めていた私は「他人の金で博打を打つのは楽しい」という気持ちだったが、金を預ける身としては「代金を支払ったけど荷物が届かない」はただの詐欺だ。
「博打でどれだけスってもいいか」の許容値は人によって結構違う。勝率100%でないとやらない人もいれば、勝率30%なら突っ込む人もいる。
この認識の差がある限り、頭数が揃わなくて単価が高くなるという問題が出てきた。

英文メールでのやり取り、各所に問い合わせなど手間がかかってしまったが、今後植物の輸入をする時に必要な知識を得られたので無駄ではないと思った。

感想

輸入手前で終わったが、手続きを進めている間は楽しかったので良かった。全部一人でやっていたので、すごいめんどくさかったけど。複数人でやると情報共有時の情報漏れで混乱が生じるのを危惧したので一人でやっていた。


株式会社、保険の仕組みがなぜ誕生したのか一発でわかった。「個人だと大きすぎるリスクも、人をたくさん集めることでリスクを分散できる」というのが、まんま大航海時代の商人だなと思った。色々方法を考えると結局、先人たちが残した方法にたどり着く。株式会社の成立でグローバリズムは加速したというのが身をもって実感できた。


英文メールで問い合わせたができるようになったのは大きな経験である。英語での見積ができるようになったのは大きい。

植物を輸入する時に、この情報が他の人の役に立ってくれればそれでいいかなと思っている。

カカオ輸入物語は結局、輸入していないのでここで終わり。
栽培については気が向いたら書く予定。


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