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「山のは」より - 2023/6/10 芒種

拝啓 入梅の候、いかがお過ごしでしょうか。今日は大事な報告があり筆を執りました。

この度生まれ育った東京を離れ、茨城は常陸大宮市、奥久慈地方というところで漆の工房を開くこととなりました。なぜまたこの場所に引越すことになったのかというと、これはなかなかに話が長くなりますので、追々お便りの中でお伝えできればと思っています。

引越し当日はまさかの台風に見舞われ、大騒動でした。朝から土砂降りの大雨…何もこんな日にと、ツキのなさを恨めしく思いそうなものですが、これはここ数年の私のジンクスのようなもので、何か大きな動きや仕事を前に気合を入れすぎると嵐がやってくるのです。

雨というか嵐。風と、時には雷も伴います。今回も見事に大雨だったので、もはや「来たきた」という気持ちです。しかし、こういう大雨に見舞われるときは大抵物事がうまく運ぶので決して縁起の悪いものではないのです。

つい最近この話を知人にしていたところ、そういう人には龍神がついているのだとか。それを聞いてはっとしました。

この度の独立を決心した頃、ある人の個展に行きました。この芸術家は龍を専門に絵を描いたり彫刻を作ったりする人なのですが、たくさん並ぶその龍の中で、どうしてもひとつ気になって、見入ってしまう作品がありました。それは「雨龍」をモチーフにした作品でした。黒い龍が悠々と雨の中を降りてくる、静かながら力強いその神々しさに惹かれ購入を決めたのでした。

まだ引越しの荷物の中に埋もれていたこの作品を急いで神棚にあげ、手を合わせると、不思議な目をしている龍が少し穏やかな笑みをたたえているように見えました。

引越しが終わった翌日、空は驚くほどに澄み切った晴天となりました。天気は絶えず移り変わってゆくものです。生き物にとって脅威ともなりうる大雨が過ぎた後には、希望の光が差す。どちらも自然の姿であり、その循環を理解し感謝し、時に適切に恐れて、身を委ねる。大切なことを改めて教えてもらったようです。

新たな活動の拠点は、山の中でありながら、適度に日当たりの良いとても気持ちの良いところです。山の稜線がきれいで、その美しさは日一日と変わり、心に潤いを与えてくれます。ここに開く工房を「山のは」と名付けることにしました。

慣れ親しんだ街を離れ、新たな地で始まる生活に不安も大きいですが、希望を持って前に進みたいと思います。うまくいくこともいかないことも、温かく見守っていただければ幸いです。

雨の季節がやってきます。山の紫陽花は都会よりも少し遅くようやく色づいてきました。季節の変わり目で体調も崩しやすくなりますので、どうぞお体に気をつけてお過ごしください。 敬具

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