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家族よ、関心くらい持ってくれ。

人間の「死」とはなんぞや。
静かにいなくなるのか、騒いでからなのか、惜しまれながらなのか、そっと風に混ざって去るのか。それはその人が決めることであって、周りが決めることはできないはず。
昨今の小田急や京王線の事件もそうだし、焼肉店に立て籠った事件もそうだけど「事件を起こして死刑になれば死ねると思った」って軽々しく口にするくらいなら生き延びろよって思っちゃったんですね。
死ぬことにもエネルギーって使うんです。だって「死ぬ」=動詞だし、動くための言葉だから、動かなきゃ死ねないわけだから(断食を決め込むとかなにもしないとかでも死ねるのかもしれないけども)、結局「動かない」と死ぬこともできないんじゃないかなって。

ということを、1月18日の午前中に考えておりました。
この症状、どこかで書いた記憶があるんですけど、久しぶりに長く出たので書こうと思います。

やろうと思ってたことが一切できなかった。

心拍170〜210で約2〜3時間くらい過ごしてましたが、やっぱり苦しいものは苦しかったです。冷たい水を飲むとちょっと治まるって聞いたけど、うまくいきませんでした。正確には氷水に顔をつける、でした。
かかりつけ医曰く「そのままほっといたら心不全になっちゃってたかも」なんですって。初めて起きた時に診てもらえればよかったんですけど、当時はまだ高校生で、PSVTだなんて言葉は知りもしなかったし調べもしなかった。転職してからのほうががひどかった気がします。

「24時間の心電図があるんですけども」

ゲーム大好き社員さんがホルター心電図のことを教えてくれました。これで検査しても異常なかったんですよね。24時間「しか」検査しないやつだから、その日に異常がなければ異常なしで終わっちゃいます。結果、発作は起きなくて異常なし。
違う日に発作が起きた状態でかかりつけ医に急行できたのは救いでした。当時は頓服薬なんてもらってなくて、うさぎ並みの速度で走る心臓をどうにもできなかったんです。で、その日は心電図を「そのままの状態」でとって、これじゃ苦しいよねってなって、点滴打って頓服薬もらって。
不定期だけど木曜日に心臓内科の先生が来るって話を聞いて、診てもらったんですね。

「発作性上室性頻拍(PSVT)だね」

なんですかそれ、ってなりましたが、職業を聞かれて親会社の名前を出した途端「その業界の人」と間違えられました。「理解してるの前提で話するね」とスラスラペラペラ話す先生。
待ってください私は「その業界」の人じゃないんです。単語はなんとなくわかるけど、仕組みとか専門用語とか出されてもぜんぶはわからないから。
「後で調べてみて」紙にPSVT、走り書きで発作性上室性頻拍、その下に「アブレーション」と書いてくれました(発作性上室性頻拍=PSVTです)。

上室性頻拍症では、症状がなかったり、短時間で止まるようなら治療は必ずしも必要ではありません。ただし症状がなくても、頻拍が長期間続くと心不全を引き起こすことがあるので注意が必要です。
慶應義塾大学病院のページより

いくつか種類があるそうなんですが、たぶんこれ(PSVT)だろうと。手術で治せると言われたんですが入院しなきゃいけないこと、ほっといても命に別状がないなら経過観察にしたいことを伝えると「そこは任せる」と言われました。
まあ、扱うものがものだから責任なんて取りきれないし、私も「治るって言ったのに無責任な!」なんて言えません。
先生は治せる道を教えてくれただけ。治療する/しないは患った人が決めればいい。

「絶対」とか「必ず」とかって言葉、責任がつきまとうもんだとずっと思ってます。
「命」に対しての責任なんて誰も取れやしないんですよ。冒頭に書いた電車の事件だって、亡くなった方に対する責任って誰か取れるんですか? 事件起こした人に責任取らせるんですか? でもどうやって? ってなりません?
心療内科の事件は容疑者も亡くなってしまったけど、あれだって誰の責任だって言われても、誰も答えられない。
「一生かけて償います」って言ったところで、遺族のやすらぎが戻るわけではない。その言葉で退く人もたしかにいるだろうけど、これがきっかけで感情に蓋をしてしまう人もいるし、怒りを滲ませる人だっています。

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人って案外「簡単に」いなくなるのかもしれません。長く生きようとか、長生きしようとか思わない限りは。
野生の大草原で生きる動物たちは弱肉強食の世界で生きてるけど、人間の世界ってすごい脆弱なものに見えてしまったんですよ。タフに生きるのってかなりつらいし努力しなきゃだけど、野生で生きる動物たちは常にタフ。追っかけ追っかけられ、食べられなかったらそれこそ地獄みたいな毎日で、死にものぐるいで生きてる。

感染症とか突発性の疾患とか、いつどこでなにに罹患するかわからない世界。
PSVTは突然始まって突然終わるから不快以外のなにものでもないんですが、外見判断が難しいから「ちょっと動悸がひどい時があって」とか「心臓がうさぎみたいに速く走る」とか言わなくちゃいけない。何年か前に発作起きた時は「真っ青よ?」って心配されました。

「循環器系」だから大概の人は心配してくれるんですけど、家族に至っては、

(私が心電図に関するページを見ていたら)「なんで心電図?」

ほんとうに関心がねえんだな、お前は。関連ページ見るのは別にいいでしょうが。
この扱い、私が心不全起こして死んでもいいってことでしょうか。看護師じゃないから知らねーってのは、無責任すぎ。嫌いでも一応は「家族」ですし、そこはわかっててもらいたいですもん。こっちは発作起こしたくて起こしてるわけじゃないから。
「突然始まって突然終わるの」って言っても理解されないのほんとクソだわ。口が悪いですけど、マジでクソだわ。

頻発したら考えます。まだ死にたくないもんな。
でも、死ぬなら寝てるうちがいいです。夜ふつうに横になって、翌日の朝に目が覚めなくてそのまま…ってのが苦しくないんじゃないかしらって考えてます。

いただいたサポートは「自分探し(できてないけど)」のために使わせていただければなぁと思ってます。