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空っぽの私が、今、何を発信すればいいのか分からない(葛藤)

私は、現在フリーランス4年目のイラストレーターです。

去年までSNS発信を頑張っていましたが、近ごろ何を発信すればいいのかまるっきり分からなくなってしまいました。

時間は少し遡り、今から1年前。

2023年4月。
私は小1の壁でヒィヒィのたうち回っていました。

同時に「フリーランスとして今の働き方でいいのか?」ということも強く疑問に感じていて。

そこで心機一転、新しいことに挑戦することにしました。

挑戦したのは、すでに収益化のしかたが分かっているYouTube、のコンサル。

今までは作る側として活動してきたけど、人をサポートする側も経験してみたい。誰かと親密な関係性を築くことで、コミュニケーション能力も磨いていきたい。

そう思って、割と気軽に始めてみたのでした。

コンサルを必要としてくださる方々は本当に素敵な人ばかりで、悩みながらも、楽しくコンサルという経験を積ませていただいていました。

が。

最初は順調にステップを踏んでいっていると思っていたコンサルが、どんどん問題で山積みになっていきました。

なかなか収入に繋がらないのはもちろん、それ以上に苦しんでいたのは

「自分と他人の境界線が分からない」

という部分。

地域のお祭りで、見ず知らずの小学生ダンスチームが頑張って踊っているだけで泣いてしまうし、最終回だけ観たドラマでも泣いてしまう。

夫が怒っていると自分のせいだと思ってしまうし、保育園のお迎えで他のママに挨拶を無視されると一日中引きずってしまう。

SNSで誰かが何かを非難していると、自分に向けて言われている気持ちになる。

それくらい共感性が高く、人の感情に影響されやすい人間だということをスッカリ忘れていたのです。

コンサルをさせていただく中で、どこからがご本人の問題なのか。
そしてどこまで私が干渉させていただいても良い部分なのか。

その境界線を引くことが私にはすごく難しくて、苦しくて。
人間としての未熟さをひしひしと感じました。

コンサルというお仕事は人生で初めてぶつかる問題だらけで、苦しくもあり、楽しくもあり、自分が乗り越えたい壁でもありました。

だから、向き合いたかった。

ですがここで問題が発生します。

息子、11月から不登校に。

不登校になったのは息子の問題ですが、私自身が大きなショックを受けてしまいました。

「私のせいで息子を不登校にさせてしまった」「私が早く息子のサインに気付いてあげれていれば」と。

どうしても、息子ではなく自分に原因があると強く感じてしまうのです。
ここでも自他の境界線が引けないことが問題に。

そして不登校問題が影響を及ぼしたのは、私だけではありません。
夫のトラウマスイッチもポチッと発動されるのです(汗)
この頃は地雷まみれの敷地を家族全員で歩いているような感覚がありました。

「学校に行きたくない」と暗い顔をする息子をしばらく休ませて、家で様子を見ることにしました。

ですが困ったことに、私は1人で集中していないと仕事ができないタイプの人間でだったのです。
子どもが家にいると、どうしても気になって仕事に手がつきません。

あまりにも集中できない期間が続いたことで、苦渋の決断にはなりましたが、YouTubeコンサルも休止とさせていただくことに。
(再開の目処は立っていません)

わりと気軽に始めたものの、休止をお知らせする時はかなり苦しかったです。
なかなか休止、と言い出すことすら出来ませんでした。

何でも始める時より辞める時のほうが辛いって言いますが、本当にそう。

この経験から「始めることが怖い」にも繋がってしまいました。特に、人を巻き込んでやることに関しては。

突然の休止宣言でしたが、関係者さまやコンサル希望者さまは誰1人私を責める人はいませんでした。
むしろ、お気遣いの言葉や温かいメッセージが届き、本当に申し訳なく、ありがたいことです。

だけど、どうしても私は、自分を許せませんでした。

時期は若干前後しますが、この頃はお仕事のことや自分の将来について、色んな人に相談をしていました。

人に悩みを打ち明けたり、相談したりするのはかなり苦手なのですが、様々な視点から客観的に自分を見て欲しいと思ったんです。

意見は三者三様でした。中には厳しいアドバイスもありましたが、みなさん愛を持って相談に乗ってくださったのは間違いありません。

が、気付いてしまうのです。

私は、客観的に見たら、実力もないのに無敵だと勘違いしていて痛い奴なんだと。

厳しい意見が体のど真ん中を貫き、デッカい穴が空きました。
どれだけ優しい言葉をかけてもらっても、心の穴はなかなか塞がりそうにありません。

これまで、周りの友人は「スゴイ!」「うるちゃんなら、なんかやってくれそうな気がする」と言ってくれていましたし、私も自分なら何かが出来る気がしていました。

でも、それは私のことを大好きでいてくれる身内や、応援してくださっているYouTubeの視聴者さんからの評価であって、世間的には特別でも何でもなかった。

井の中の蛙です。

こうして、私はこんなはずじゃないのに、と駄々を捏ねている現状も、ひどく子どもっぽく思えます。

自分が痛い奴なんだと気付くと、今までの発信がなんだか全て滑稽に見えて、恥ずかしい。

過去の自分が、気持ち悪い。

楽しかったっていう当時の気持ちを否定したくはないのですが、今となってはかなりの違和感があります。

うまく言えないけど、傲慢さが滲み出ているんです。(「傲慢と善良」を読んでより一層そう思う)

これまでの積み重ねの何もかもが疑わしく、しっくりきません。

私は「人間をやり直す期間」を取ることにしました。

向き合うテーマは主に2つ。

【①自分軸について考える】

私の人生経験の殆どは「褒められたい」「認められたい」といった、人から評価されそうなものを基準に選んできてしまっていると気付きました。

幼少期から、他人軸で生きてしまっている、、

じゃあ、私が好きだと思っているあれも?これも?私が本当に好きなこと、やりたいことって、何?と思い始めると、自分の過去の何もかもが信じられなくなりました。

この問題は親子関係にも原因がありそうで、なかなかに根が深そうです。

【②自他境界線】

相手は相手、自分は自分。
そう思えるように特訓をしています。

人の心の境界線は目に見えるものではないので、これもなかなか難しいです。

「人間をやり直す期間」をやってみて思ったのは、時間が必要ということ。
人生をかけて、このテーマに向き合っていきたいと思っています。

悩んでいるだけでは前に進めないので、最近ではストックイラストを始めてみました。
ですが、ふっと就活用のリクルートスーツを着ていた時の記憶が蘇るときがあります。

自分がどんどん消えて、何もかもみんなと一緒になってしまう感覚。

こんなに空っぽなのに、何に執着しているのか。自分でもよく分かりません。

こんな私がこれから何を世の中に発信していくのか。自分の居場所はどこなのか?

ゴチャゴチャ言わずに今まで通り着物の発信をすればいいじゃないか、とも思うのですが。

なぜか今は、着たい気持ちが湧いてこないのです。

気持ちに余裕が出てくればまた着物も楽しめるようになるのかな?

…今は分かりません。

そんなわけで、冒頭にも書きましたが、何を発信すればいいのかまるっきり分からなくなってしまいました。

だってここ8年ほど、着物のことしか考えていなかったから。

特に伝えたいこともなく、好きなものを全力で楽しめなくなった今、私には何が残るのでしょうか?

何をテーマに、何をモチーフに描けばいい?

不思議なのはなぜか、描きたい気持ちや何かを伝えたい気持ちだけはすごくあるんですよね。
だけど、肝心の描きたいもの、伝えたいことが、ない。

ひっそりと新しい技法を試してみたり、試作品を描いたりはしているのですが、「こんな未熟な作品を発表して何か意味があるんだろうか?」
と、全く未来にワクワク感がありません。

むしろ、延長線上に仕事があるのか?を想像してしまって「いや、ないだろう」「ああ、また評価されたいと思ってしまっている」と。
そう思うと趣味の範疇を超えません。

最近では、さすがにSNSから姿を消しすぎて心配してくれる友達が出てきました。

なので生存確認として「これを勉強したよ」系はたまに投稿するようにしています。

一応、勉強したのは主観的にも、客観的に見ても事実ですし、誰かに迷惑をかけることもなさそうですしね。

じゃあ、これからもその生存確認スタイルでいくのか?と言われると、なんか違うのです。

そこに「本当の私」はいないからです。
本当に伝えたいことじゃない。

本心では、この文章のように、自分の素直な気持ちを誰かに聞いてもらいたい。
受け止めてもらいたいんです。

だけど、ためらってしまう。
言葉の端々から傲慢さが滲み出ていて、気持ち悪い。
うっかり誰かを不快にさせてしまうかもしれません。

この記事をまた何ヶ月か後に読んだとき、変な汗が吹き出すイメージしか湧きません。

きっと私はただただ、夢中で何かを作っている瞬間が好きなんだと思います。

イラスト、動画、文章、企画。

作り始めたものを完成させるのが好き。

完成させることは、小さな自信にもつながっていきますし、達成感もあります。

多分、ここ1年はそれが出来ていなかったんだなぁ、、、忘れていた感覚です。

周りが見えなくなるほど、また何かに夢中になりたい。

そして再びSNSに、自分の「好き」「楽しい」を載せていきたい。
そして誰かと繋がりたい。

それが仕事に繋がれば、私は幸せです。

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余談
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実は同じような内容を、これまで何度も書いては放置、書いては放置…を繰り返していました。

放置していた理由は、あまりにも雑念が多すぎたからです。
子どもが心配だったり、そういえば今日の晩ご飯は何を作ろうか、あぁあれ買わなきゃ、参観日いつだっけ?とか、そろそろお迎えの時間じゃん、とか。

あとは自分語り気持ち悪い…とか、書いたけどなんか違う、とか…。

色んなタスクや感情がどんどん湧いてきて、どこにも視点を合わせることが出来なくて。
完結させることができずにいました。

ですが、表題にある「空っぽの私が、今、何を発信すればいいのか分からない(葛藤)」という、悩んでいること自体がテーマであれば、書ける。そう思いました。

息子が2年生に進級して、小1の壁も乗り越えつつある今。(怪しいけど)
集中できる時間が確保できたことで、やっとここまで書き切ることができました。

なんか、それだけで嬉しいなと。書きながらそう感じました。

最後まで読んでくださってありがとうございます。

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