105号室の彼

彼は本当に可哀想な人だった。

会う度に彼は周りの色んな人の話をしてくれたけど、交友関係の狭さはすぐにわかった。多分、長く続く友達もセフレもいないんだろうな、と思った。秋頃「年上のお姉さんが自分に20万貢いでくれた」という話を自慢げにしていたけど、よくよく聞いたらその人とはもう会っていない上に、貢いでくれた金額はたかだか5万程度だったらしい。

見栄っ張りで、友達が少なくて、社会に上手く馴染めない可哀想な彼が、わたしはとっても好きだった。見捨てられなかった。

彼は私とセックスする度に「俺以外といつした?」と、甘えたような怒ったような声で聞いてくる。私はいつもそれに上手く答えられなくて、誤魔化しながら「だいたい1週間前くらいかな…?」と返していた。そうすると彼は、また甘えたような怒ったような声で「…ふーん」と呟いて、それで会話は終わる。

無造作に散らかった部屋の軋むベッドの上で、性欲で繋がっているだけの私達は、きっとこの街で一番幸せで、一番不幸だった。

彼に初めて会った一昨年の夏、あの時の気持ちは確かに恋、だったのだと、今なら素直に言える。

でも、セックスやお酒や煙草や深夜のツーリングや、そんなくだらないことを繰り返して本質を見誤ったせいで、私と彼の恋は何処かに落ちて、「エモい」なんて言葉で片付けられないほど、もっと訳わかんない方向に行ってしまったんだと、そう思う。

彼との日々に"終わり"を意識するようになったのは、いつからだろう。恋人でもないくせにクリスマスも彼の誕生日も一緒に過ごした。でも来年は、きっとお互い別々の人といるんだろうな、と思いながら、今年の私は彼といることを選んだ。

「最後だからいっぱいセックスしようね」

今日で会うのが最後だと伝えた時、彼はそう言った。結局私は都合のいい性処理の道具でしかなかったけど、それでもちゃんと幸せだった。セックスだけで繋がっていたような関係だったけど、それ以上に私は彼から色んな景色を見せて貰ったから。その幸せな記憶だけで生きていける、と思った。


今でも鮮明に思い描ける彼の部屋。床には漫画やCDや服が雑多に散らばっていて、その隙間を小さな猫がひょいと器用にくぐり抜けて、私の膝に乗って甘えてくる。夜になったら一緒にお風呂に入って髪を乾かして、同じ布団で眠る。彼の「舐めて」の一言で事は始まって、知らないうちに終わってる。

そして朝になって、窓から入り込む陽射しで目が覚めて、私は彼の綺麗な横顔を見る。

105号室。







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