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Twitterで数年「レスられアカウント」をやってみて思ったことをつらつらと

これまで①②③と番号を振ってセックスレスの話をしてきたが、③で「どうせセックスしないくせに…なんで私ばっかり我慢しなくちゃいけないの…」とウダウダしすぎて我ながら「なんだこいつめんどくせえな  しかも暗いし」とうんざりしてきたので、レスはレスでも少し別のことを書いて頭をリフレッシュさせようと思う。
例によって以下の文はレス解消の参考にならない。



私は「レスが辛くてレスられアカウントを作成」したわけではない。元々ROM専用の鍵アカウントに10年近く籠っていた。年末実家で黒豆を煮ている時にふと「暇だしおせち作りの実況でもするか」と思い立ち、今のアカウントを開設するに至った。

誰も見ていない中「田作りの目が怖い」だの「菊花かぶに乗せる唐辛子買ってくるの忘れた」だのおせち作りの実況をし、しばらく誰ともやり取りすることなくドラマの実況や美術展の感想などをぽつりぽつりと呟いていた。

思ったことを気軽に呟き続けて数ヶ月もすると「今日もセックスしなかった」「ピル飲むことにしたけど別に彼氏に言わなくてもいいか。レスだし…」なんて、現実では決して人に話さないことを独り言としてぽつぽつ発信し始めた。

いいねをつけてくれた人を見に行くと、自己紹介に「セックスレスです」「レスられ垢」と書かれている。
レスられ垢とはなんだろう。Twitter歴はそこそこ長いが、そんなものがあるなんて知らなかった。
Twitter内を「セックスレス」「レスられ」で検索してみると、セックスレスに悩む人々がとんでもない数出てきた。こんなにもいたのかと驚き、レスられアカウントのツイートを読み漁った。

また断られた、辛い悲しい、なんでしないの…リアルな呟きの数々に激しく共感した。辛さを上手に言語化している人の呟きを読んで「アッそれです!それが言いたかったんです!」といいねボタンを押しまくった。

私は今まで「辛いのはお前だけじゃないんだよ」といったセリフに対して「他人が同じように辛かろうが私は今私が感じているこの辛さに耐えられないんだようるせえバーカバーカ」と反発してきた。
しかし、普通は男がしたがるものなのに断られるってことは私相当ダメなのでは?なんて思っていた時期だったからこそ、同じことで同じように悩む人が大勢いるという事実を目の当たりにし「ああ、自分だけじゃないんだ」と気持ちが少し楽になった。
美人だろうが胸が大きかろうが若かろうがレスられて苦しんでいる人がいることがわかり、自分の色気のなさや顔面のまずさはそこまで関係ないのでは?と己を慰めることができた。

辛い思いを吐き出し、共感したりされたりして「自分だけではないのだ」と気持ちを落ち着ける。傷の舐め合いと通りすがりの方から言われたこともあるが、私はそれが悪いことだと思わない。
というか別にTwitterでレスが解決するなんて微塵も思っていない。吐き出して傷の舐め合いをして心を少し楽にできたら、その分現実世界でイライラを彼氏にぶつけたりはしなくなる。

メソメソ泣きながら「なんでしないのよ!」と彼氏に詰め寄りたくないのだ。実際に幾度となくやらかし、何の効果もないどころか自分でも「こういうこと繰り返し言ってもウザいだけだし私が男でもやる気失せるだろうな」と思っていた。逆効果とはわかっていても、それでもカッとなって何か言ってやりたくなる時はある。
そういう時ももちろんTwitterだ。書くことでこのイライラを発散させるのだ。書いて発散させることによって実生活では多少穏やかにいられる。

カッとなって書き散らかし、頭が多少冷えてからツイートを読み直す。「そこまでキレることでもなかったかもしれない…ウワーよかったこれこのまま本人にぶつけなくて」と、キレる自分を多少俯瞰で見ることができる。怒り心頭中には絶対気付けないが、後から見ればそんな時の自分は大体みっともないものだ。
実生活でキレて暴言を吐く前に「書いてやる!」と、ワンクッション置くことができるだけでも、Twitterは役立っているはずだ。


しかしレスられアカウント以外の方からは
「解消する気もなくグチグチ言っても何も変わらない」
「レスを肴に群れてるだけ」
「被害者ぶってる」
「そういうとこだぞ」
なんて言われてしまうことがたまにある。

直接こちらにリプを送ってきたり引用RTでボロカス書かれていたり、私宛てではなくても誰かに向けてだったり不特定多数のレスられアカウントに向けてだったり、さまざまな形でそういった意見を目にすることがある。
最初の頃は「キーッ!なんですって!」と目を三角にして怒っていたが、今となってはほとんど以下のツイートのような感じだ。


このようにペロペ〜ロまたはうるせー知らねーピッピロプ〜の精神で受け流している。何度も同じような言葉を見るうちに慣れてくるのだ。歳を重ねて図太くなっただけとも言える。
再三言うが、解消する気はあってもTwitterでなんとかなる問題ではないなんてわかりきっているのだ。グチグチ言うことが解消に繋がるなんて誰も思っていないだろう。
私にとってTwitterは発散の場であり、イライラを実生活に持ち込まないための予防の場でもある。発散と予防のおかげか無駄な言い争いはしなくなった。これは良い効果だと思っている。



もちろん良い効果ばかりではない。悪いというか、私にとっては「これがクセになるのはまずいだろうな」と思うこともあった。断られたり言い訳を並べられたりしてカッとなり、文章に起こして苛立ちを抑える際に

「フンだ  どうせレスりはこう思ってるんでしょ」
「ハァ〜これだからレスりは全くもう」
「レスりはこう言い訳しがち」
「レスりはこれこれこうで最低」

このように、主語を「彼氏」ではなく「レスり」にすり替えて怒りを表明すること、これがまずい。
いやらしい話だが主語を大きくして断定口調で言い切るとパッと見説得力が増すため、ある程度共感を集めやすい。共感されると気分が良くなる。承認欲求が手軽に満たされてしまう。これが癖になると非常によろしくない。

私の目的はセックスレスの研究ではないのだ。考えなければならないのは「私と彼氏との間にある問題」以外にない。解消の兆しが見られないストレスから「レスり・レスられ」と主語を大きくして、個人の問題から目を背けてはならない。

多くのレスられ垢の失敗談を読むことは、いざ自分が断られた時に「そう言われると思ってました〜〜!」「あっこれTwitterで見たやつだ!」と、進研ゼミのノリでショックを和らげるのに役立つ。
しかし「レスりめ…」と属性をひとまとめにして叩いているだけでは、多少の承認欲求が満たされることと引き換えに無駄な憎悪が膨らむだけだ。
パートナーの言動に腹を立てるついでに「これだからレスりは」と「レスり」という属性に対する憎悪を上乗せして怒りを増幅させることは、レスの解消どころかパートナーとの別れに繋がる危険性がある。
私だって「これだから女は」と属性でくくられて理不尽な叱責を受けたくはない。そんな姿勢で日々を過ごしていたら、関係は確実にギスギスする。

解消できた人が「参考になればと…」と自身の体験談からセックスレスのあれこれを綴っているなら別だが、そもそも私はレスを解消していないのだ。
そんな奴が多少共感を集めたからと調子に乗って「セックスレスとは!」「レスりとは!」と声高に叫んだところで「クソデカ主語でご意見番気取っておられますけどご自身は解消されてないんですよね?」なんて言われたらぐうの音も出ない。
私が語れるのは「セックスレスで辛いよー私の場合はこんな感じで辛いよーエーンエーン」までなのだ。そこのところをしっかりと肝に銘じておかなくてはならない。

そして惚気より愚痴の方が共感を集めやすいからといって、Twitterでウケそうな愚痴を書くためにパートナーの粗探しをしてはならない。
目に付いた粗を書いて発散するのならいいが、わざわざ自分から怒りを掘り起こしてTwitterに投稿し共感を集めたところで、実生活で特にいいことは起こらない。今まで気にもしなかったことに無駄に腹を立てて日々のストレスが増えるだけだ。



「まずいだろうな」と思うことはもうひとつある。
同じような悩みを持つ人とばかり繋がっているコミュニティ、いわゆる「界隈」は狭い世界だ。意外と狭い世界の中で情報を得ていることを意識していないと、すぐにエコーチェンバー現象に陥ってしまう。これがまずい。

「エコーチェンバー」とは、狭い小部屋のなかで音を発すれば、部屋全体に反響し、何度も耳にするという状態を指しており、SNSで自らの意見を発信した場合に、自分に似た意見が集まりやすく、意見の増幅や強化が起きる様子を示している言葉です。エコーチェンバー現象の問題点は、自分たちの意見に同調する意見が過度に集まることで、その見方や意見が正しいと思い込み、それが間違っていることに気付く機会を失いかねない、という部分にあると言われています。エコーチェンバーとのつながりに、フィルターバブルも挙げられます。
https://megaplus.ban-zan.com/trivia/p6674/

「レスりは酷い、だからレスられは悪くない」と自分を慰めたところでセックスレスの解消には繋がらない。
「レスりは間違っている」なんて過激な物言いは、レスられ側にとっては耳心地がいい。誰だって自分のポジションが正当であると思いたい。
そんな言葉ばかり熱心に読んだり書いたり、共感したりされたりしているうちに、とにかく自分は間違っていない、被害者だと、その手の思いが強くなる。
外野から被害者ぶってると言われるのも腹立たしいが、実際に被害者意識ばかりじわじわ強めていってもいいことはない。

「レスられは間違ってないよ♡被害者だもんね♡悪いのは全部レスり♡」
この手の言葉は正直言ってポルノに近いと思っている。
レスりをこき下ろす言葉を読んで「ほんとそれだよ!ひどいよね!はぁ誰かに言ってもらえてスッキリした」と溜飲を下げるだけなら別に構わないと思うが、「ほんとそれだよ…やっぱりレスりは悪だ…」と「レスりは悪、だからレスられは正義」なんて考えが強まるのは危ない。
自分を「正しい」側の人間だと思ってしまうことが危ないのだ。そもそも人間関係上の問題でどちらかが100%正しい・悪いなんてことはなかなかないと思う。

自分は被害者で正義側だと思い込むことで、相手の言い分に耳を傾ける気も余裕もなくなってしまう。自分の選んだ相手を「加害者だ、悪だ」と断定してしまうと、そんな相手を選んだことを苦痛に感じてしまう。別れるつもりがあるのならそれでも良いかもしれないが、私はそうではないのだ。

レスられ向けのポルノのようなものばかり読んで影響され被害者意識を強め「レスりVSレスられ」といった対立図式に自分と相手を当てはめてしまうと、相手が完全に折れない限りこちらの望む「セックスレスの解消」には至らない。私はどちらかが我慢する状態を最終目標にしたくない。
まずは「自分と相手VSセックスレス」という状態に持ち込み、双方納得できる落とし所を見つけたいのだ。無駄な対立煽りに踊らされている場合ではない。

「レスられさんって美人ばっかりじゃない?」
「レスられ垢って賢い人が多いよね」
このような「レスられ」という自分も含まれる属性が持ち上げられている言葉を見て気分を良くしている場合でもない。
身も蓋もないことを言うと、別に美人や賢い人が割合として多いわけでもないだろう。基本的に容姿に自信がある人が盛れた自撮りを載せているのだから、美人の写真しか流れてこないのは当然だ。
もちろん写真を載せていない人の中にも美人はいるだろうが、一般的に見て中くらいかそれ以下の容姿をしたレスられだってそれなりの数存在しているはずだ。
中くらいかそれ以下の人が大多数で、そういった人はわざわざ写真を載せない。言いたかないが現に私がそうだ。

賢い人もいればそうでもない人もいるだろう。言語化が得意で共感を集めやすく、文才のある賢い人の呟きは拡散されるので目に入る機会が多い。それだけを見て「レスられさんって賢い人が多いのね!」とするのは早計だろう。
「まんまんカラカラ月曜日💪‼️(まんことMondayをかけたじまんのギャグです)」といった知能指数の低い呟きは拡散されず即ネットの海に埋もれてしまうため人目についていないだけだ。言いたかないがこのバカ丸出しの呟きの発信元は私だ。

レスられは「優れた人達の多い属性」だと思い込んだところで、自分がいきなり美人になったり賢くなったりするわけでもない。
「こんな賢そうな人達もこう言ってるんだから正しいのだろう」「そうよレスられは悪くない」とエコーチェンバー現象に拍車をかけるだけだ。
フォロワーの多いレスられアカウントが何か言って大絶賛されていたとしても全てが正しいとは限らないし、同じレスられだからと言って全員を手放しで称賛する必要はない。

似たような悩みを持つ人と共通の話題で盛り上がるだけなら結構なことだが、自分と同じような意見や自分を慰めてくれる言葉ばかり摂取して「自分たちという属性は正しい」「つまり自分は正しい」「自分(私たちレスられ)の意見に異を唱える人間はおかしい、間違っている」と思い込むのは危険だ。
愚痴に寄せられる共感、賛同、共に怒ってくれる人の存在、どれも確かにありがたいが、自分と同じような境遇の人が集まる場だからこそ「レスられ」にとって都合のいい言説が称賛されやすい。そのことを念頭に置かなければならない。

数年間ギャーギャー呟き続け、他人の呟きを読み続けるうちに、そんなことをポワポワ考えるようになった。
かなりとっちらかってしまったが、要はできるだけ自責と他責のバランスをとりつつ中庸の精神で過ごしたいという話だ。

長々書いたが、用法用量を守って使えばここはレスられ同士ほどほどに共感したりされたり傷を舐め合い心を癒すユートピア…かと思いきや個人的に「うわ居心地悪ッ」「肩身狭ッ」と思う時もある。
正直外野からの「これだからレスられは(笑)」の五億倍イラッとする言葉をまあまあの頻度で目にするのだ。
そのことについてはまた別の記事に書くかもしれないし、袋叩きにされるのが怖くて書かないかもしれない。

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