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お題小説『夢見る恋』

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 目を開くと、見慣れた部屋の風景がリエの意識に飛び込んできた。しばらくぼんやりとそれを眺めた彼女は、そっか、と一人語ちる。
 背中が妙に温かい。腹の辺りに回されている腕をそっと退けて、リエは横たわっていたベッドを抜け出した。二、三歩離れて振り返る。
 さっきまで自分も寝ていたそこには、規則正しい寝息を立てている男性。この部屋の主であり、しょっちゅう一緒に飲み歩く友人であり、リエが長年想い続けている相手だ。
(またか)
 彼――シュウの寝顔を見て、リエは小さく溜息を吐く。お互いに着衣の乱れはない。当然だ。二人の間には何もないのだから。
 昨夜は休日の前だから、と二人で居酒屋を三軒ほどハシゴして、それでも足りない、とシュウの部屋へ雪崩込んだ。日頃の愚痴を言い合ったり、くだらない出来事を笑い合ったりする関係は、どこまで行っても縮まらないままだ。
(もっと甘えられたらなぁ……)
 自分が甘え上手で、あざとく男性を誘えたならば。そうできたなら、恋愛を意識した関係になれるのだろうか。
 これだけ近くにいても、友人関係でしかないなんて悲しすぎる。『そういう目』で見られることなんてないと、宣言されているようなものだ。
(恋人なんて、夢のまた夢か)
 ひっそりと肩を落とし、リエは狭いキッチンへと向かった。奥さんってわけでもないのにな、と小さく文句を言いながら二人分の朝食を作るのだ。夢見る恋を心にしまったままで。

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 ジュウジュウと聞き慣れた音をぼんやりと知覚し、シュウは、そういえばリエが泊まってたんだ、と思い出す。
 大学時代からなんだかんだと続く友人で、男女という性別の壁を取っ払った仲だと思っている。他の女みたいに女性であることを武器にして迫ったりしてこないし、鬱陶しい恋バナなんかもしてこない。仕事に集中したい自分にとって、気の置けない付き合いができる希少な存在だった。
 ――そう『だった』のだ。
(またあの夢見ちまった)
 最近、飲んでから寝るとやたら見る夢がある。リエと二人きりでじゃれている夢だ。ただし、実際の関係よりもずっと近い仲として。
(欲求不満か? いやいや、それにしたって)
 リエをそういう目で見たことはない。確かに傍にいて安心する相手ではあるものの、恋人などという甘ったるい関係になりたいと思ったことは一度もない。
 気心の知れた今の関係が丁度いいんだ。そう自分に言い聞かせて体を起こした。のっそりとベッドを抜け出して、キッチンが併設されている廊下に出る。ワンルームの部屋の扉が開いたからだろう。フライ返しを手にしたリエがこっちを向いた。
「あ、起きたんだ。もうすぐ出来るから待っててよ。……食べるよね?」
 昨日はそこまで飲んでないし、と確認されてシュウは頷いた。毎朝こうしてメシを作ってもらえたら楽なのに。と、ついつい考えてしまう。
「出来るまでに顔洗っときなよ。酷い顔になってるから」
「その言い方のが酷いだろって」
 シュウの返しにリエは、ふふ、と笑う。可愛くないというわけでもないんだけどな。彼は失礼なことを思いながら、ユニットバスのドアを開いた。
 朝食を用意している音を聞きながら、洗顔を始める。恋人ってなんなんだろう、と取り留めもなく考えるが、答えは曖昧にぼやけていて掴めそうにない。
 夢見る恋は、まだまだ形になりそうになかった。

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 『夢(に)見る恋』と『夢(で)見る恋』です。今後、どちらが優勢になるんでしょうね。何だかなし崩しに結婚しちゃいそうな二人ではありますが。

 今回も『お題.com』さまよりお題をお借りしました。ランダムで一つだけ。ダブルミーニングが使えそうな気がしたので二つの視点から書いてみたのですが、いかがでしたでしょうか。
 男女の温度差ってままあることですよね。こと恋愛に関しては多い気がします。でもまあ、最終的に幸せなら万事オッケーだと思います!(ざっくりした〆)

 ではではー、またお会いしましょう。洞施うろこでした。


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