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お題小説『花柄の帽子・指輪がころり・眠れない夜』

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「――昨夜さ」
 目の前に座る磯辺がそう切り出した。俺は寝不足で重い頭を傾げると、手にした缶ビールを軽く揺する。
「余古澤(よこざわ)のキャンプ場まで行ってきたんだ」
「……へぇ」
 何をしに行ったのだろうか。疑問に思ったが黙って話を促す。
 余古澤のキャンプ場近くにはあまり大きくない川が流れていて、それを渡るためのみすぼらしい吊り橋が架かっている。灯りもなく、夜になると誰も近付かないだろうそこは、地元では自殺の名所という不名誉な地位を確立していた。
「先月、あそこで飛び込みがあったじゃん。それで“出る”らしいって噂になってて」
「なんだよ、肝試しか」
 悪趣味なヤツだ。止めてやりたいところだが、取りあえず“出た”のかどうかは聞いておきたい。
「それがさ、出るには出たんだけど……」
 磯辺の口が重くなる。一体、何を見たんだ。
「何が出たんだよ。ハッキリ言え」
「そんな急かすなって……だからさ、出るなら、先月死んだ主婦だろうって思うじゃん? それが、違ったんだよ」
「違った?」
 磯辺の答えに、思わずおかしな声を上げてしまった。噂になっている主婦じゃないのなら、何が出たというんだ。
「ちっちゃい女の子だったんだよ」
 俺が促す前に、磯辺は答える。当時のことを思い出してか、顔から血の気がひいていた。
「花柄の帽子を被って、ヒラヒラの白いワンピースでさ……その白いワンピースに泥汚れとか、血っぽい染みが着いてて……」
 緊張を解すためか、磯辺はさっきまで飲んでいた缶ビールを呷った。
「六歳の女の子が半年前から行方不明って事件があるだろ。その娘と服装が一致してて、そんで、こんなところで見るなんておかしい話じゃないかって、そう思った時にはもう消えてて……なあ、もしかして、あの娘、もう……」
 磯辺の声も肩も小さく震えている。何に怯えているのだろう。見たと思わしき少女が幽霊である可能性か、その娘がもう死んでいるのではないかという予想にか。
「それで、お前はどうしたいんだよ」
「どうって……」
「警察に言うとか」
 確認すると、磯辺はぶんぶんと勢いよく首を横に振った。
「いやいや、無理だろ! どうやってそんなん説明するんだよ! 幽霊見たから探してみてくれ、なんて頭オカシイと思われて終わりだって!」
 勘弁してくれ、と続けて彼は缶を傾けたが、もう中身はなかったらしい。すぐにそれをテーブルに戻して溜息を吐いた。
「そんなこと言って警察に駆け込んだら、俺の方が疑われちまうよ……どうにもできないだろ」
「まあ、そうだな」
 確かに磯辺は、そんなリスクを負ってまで警察に行くようなヤツじゃない。俺は息を一つ吐いて、磯辺にもう一本飲むか尋ねた。が、彼は丁重に断る。あまり顔色がよくない。飲んでも酔えるような状態じゃないらしい。
「それで慌てて帰ったらさ。ポケットになんでかコレが入ってて」
 そう言って磯辺は上着のポケットに手を突っ込んだ。何が出てくるのかと眺めていると、その手に握られた指輪がころりとテーブルの上に投げ出される。
 シンプルな指輪だった。サファイアと思われる宝石も飾り立てるように突き出るわけではなく、プラチナの土台に埋め込まれている。特別な装飾品というよりも、普段使いにされていそうなもの。敢えて言うならば、結婚指輪のような。
「言っとくけど、俺のじゃない。こんなの贈る相手なんかいないの知ってるだろ?」
「……そうだな」
 当然、磯辺自身のものではないはずだ。サイズが明らかに女性向けなのだから。
「それで、先月自殺した主婦の話を思い出して……なあ、コレ、どっかでお祓いとか受けた方がいいよな? 指輪も、寺とか神社に預けてさ……」
 磯辺は見ていて可哀想なくらいに震えていた。俺は指輪を手に取り、しばらく眺めてから提案してみる。
「よさそうな神社知ってるから、この指輪預けに行ってやるよ。お前は近場でお祓いでも受けてこい」
「いいのか!? いやー、マジで助かる! ホント、持つべきものは優しい友達だよなぁ」
 俺が請け負うと、磯辺はパァっと明るい表情になりいきなり肩を組んできた。鬱陶しいが、それだけ不安だったのかもしれない。
「じゃあ、よろしく頼む! 俺はお祓いしてくれる所探さないとな」
「ああ、そうしろ。二度と軽い気持ちで心霊スポットなんか行くなよ」
「分かってるって。もう懲りたよ」
 本当に懲りたのかは不明だが、少なくとも余古澤には近付かないだろう。俺は安心して、飲みかけだった缶ビールを飲み干した。

 来た時とは打って変わった明るい顔で帰る磯辺を見送り、俺は部屋のテーブルに置かれた指輪を眺めた。
 どうしてアイツのポケットになんて入ったのかは知らないが、一種の怨念なのだろうか。橋から突き落とした瞬間にも顔を見られたとは思えないし、面識も何もないはずなんだが。
 しかし、子供の幽霊か……埋めた場所に現れるなんて、いつ嗅ぎ付けられてもおかしくない。大方、あの主婦――あの娘の母親も、噂を聞いて見に行ったに違いないのだ。そんなに深く遺体を埋めたわけではないし、警察犬なんか使われたら一発で見つかってしまうだろう。
「……どうしたもんかな……」
 気味の悪い輪っかを見遣りながら呟く。初めはあの川にでも捨ててしまおうと思ったが、磯辺のヤツ、コレを素手で握ってやがった。アイツの指紋でも出てきたら、俺に辿り着くのは時間の問題だ。まして川でコレが見つかれば、アイツにも何故神社に預けていないのかと訝られるだろう。
「適当な神社でも探すか……」
 気は進まないが、どこかに預けるしかない。手元に残すのも、川に捨てるのも危険過ぎる。
 スマホを手に取り、なるべく遠くの神社を検索する。それらしい言い訳も考えておかなければ。
 どうやら、眠れない夜はまだまだ続きそうだった。

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 サイコパスた!(読んでもらった息子談)犯人には相応の報いがあって欲しいですね。

 お題はこちらのサイト『お題.com』さまより3つランダムでお借りしました。
 今回は恋愛色なしでいこう、と思っていたらサイコホラーになってしまいましたね。感動系とホラーは書きやすいですからね。ついつい偏りがちなのです。
 登場する人物名・地名・事件は全てフィクションです! 一応、ホラーの時には書いておこう。

 お題が結構恋愛に偏りそうなものが多いので、上手く外せそうな組み合わせを選んでしまいました。そのまま「ラブ」とか「恋」という単語があると難しいと思ったので。この辺りは精進ですね。

 次はホラーじゃない系統で頑張ろうと思います。どんな風になるかなぁ……ちょっと楽しみです。

 ではではー、またお会いしましょう。洞施うろこでした。


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