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感謝の気持ちと言葉で伝える事の大切さを改めて考える。

誰しもが自分が一番つらいと思っているのではないでしょうか。私はそう思っている一人です。全くそう思わない人もいるとは思います。

世界中には生きるという事すら大変で不自由な状況の人達がもっとたくさんいます。そのような事を考えると「私は甘えてる」と思い落ち込んでしまいます。

私は生まれつき脳の機能に障害はありますが、その他の身体的な不自由は ありがたい事に全くありません。それなのに何もできない自分自身に腹が立ちます。

広汎性発達障害と二次障害の強迫性障害で苦しんでいますが、手足があって動く事ができる、視覚、聴覚、嗅覚、味覚もあり、自分の気持ちを口から
声で言葉にして伝える事もできます。

しかし私は自分の気持ちを声に出して伝えることを小さい頃からしませんでした。つらいことも言わずに耐えていました。

結婚してからは家族から言われて腹が立つ事があった時、「なぜ、私が怒っているか分からないの?」「分からないなら自分の胸に手を当てて考えてみてよ。」と言っていました。

家族は何に対して私が怒っているのか分かっていません。ですが私が言わなくても分かってほしいと自分の気持ちを伝えなかったことで、すれ違いを起こした事があります。

伝えることができるなら「つらい」という気持ちを我慢せずに きちんと言うべきです。言わなければ相手は分かってくれません。言っても分からない人も中にはいますが、だからといって言わないままストレスになるよりはマシです。

言って良い事と悪い事は判断しなければいけませんが、つらい気持ちを正直に言えないのは損だと思いました。

できないのに、できるふりをすると できる人と思われて困るだけです。できるふり、無理に頑張ることをしなくてはいけない状況はおかしいです。本来は しなくていい事だと思います。

私はそれで体調が悪くなって働く事も何もできなくなりましたが、これが二次障害の強迫性障害を発症した原因かどうかは分かりません。

今、私が生活していくための金銭面の支援は家族がしてくれています。お金に関しては生活していくうえで最低限、必要な物のみを購入し娯楽には使わないようにしています。

私は、私の事を発信したくても、一人では何もできません。娘ちゃんが動画編集をしてくれて、私が伝えたい言葉をきちんと文章にしてくれて、私ができない分、全てやってくれています。

毎日24時間一緒にいてくれて、娘ちゃんの人生は私のために使ってくれています。「お母さんは入院するから、一人で好きな事をしていいんだよ。」と私は言ったのですが、娘ちゃん本人が「できる事はしたい」と言ってくれました。

支えてくれる人がいてくれる事、衣食住ができている事、やってもらって当たり前と思わず、感謝の気持ちを持つことが大切だと思っています。

どん底の時は自分の事だけしか考えらないほどになっていましたが、そこから這い上がってまた感謝ができるようになりました。

感謝の気持ちはずっとありましたが、やってもらう事に対して素直に「ありがとう」ではなく「ごめんなさい・申し訳ない」という気持ちが先にあり、感謝と同時に自分を責めていました。

そう思ってしまうのは私が昔できていた事ができなくなって、それを代わりにやってくれている、本当は面倒くさいと思っているのではと勝手な思い込みがあったからです。

ですが思い込んで自分を責めるのではなく「ありがとう」という気持ちだけを持ち、言葉だけではなく心から感謝をしていくことが大切という事を深く考えられるようになったのはYouTubeを始めたからだと思います。

私がこうやって発信していくという事は、思い出したくない事を閉じ込めた箱を再び開ける作業をしなくては いけません。今はまだ暗闇の中で小さな光が見えているだけの状態です。

その箱の中身をキレイにできるようになれば、光の先にある強迫性障害の克服への扉に手が届くようになるのかもしれません。

私は自分の中では頑張っていると思っていますが、不安と焦りで気持ちだけが先走り、口だけで行動に移す事がなかなかできていません。

YouTubeを始めた事により少しずつ私の中で変化は出ています。克服に向かって頑張っているという事もこれから伝えていけるようにしていきたいです。

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私に質問などありましたら、広汎性発達障害や強迫性障害で苦しんでいる人、支えている人、お気軽にコメントください。内容によってはお返事できない場合もあります。

[ 🔖タグ ] #youtube #広汎性発達障害 #二次障害 #強迫性障害 #発達障害 #感謝  

うろちゃんと娘ちゃんをサポートで応援していただけましたら、いろいろな事にチャレンジするための費用として使わせていただきたいと思っています。