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ファスト人生、万歳

「ブラッシュアップライフ」に遭遇した。

日曜の夜、テレビをつけっ放しにしたままPCで作業をしていたら、
たまたま流れてきたのである。

作業中だったので、そのままスルーしてもおかしくなかったのだが、
怒涛の高速モノローグがそれを許さなかった。
安藤サクラ演じる麻美の心の声が、絶えず音声で聞こえてくるから
映像を逐一目で追っていなくても耳で内容を把握できるのだ。

長台詞の応酬で知られる「渡る世間は鬼ばかり」は、
かつての時代の主婦が家事をしながらでも
セリフを聞いていれば展開を理解できるようにと
脚本家の橋田壽賀子が編み出したスタイルだった。

「ブラッシュアップライフ」の脚本を手がけるのはバカリズムだが
「ながら見」が可能という点では同じシステムが働いている。

ドラマの大筋は、不慮の事故で死んでしまった麻美が
来世でも人間に生まれ変わるために
人生を何周もやり直すというものだ。

現世の記憶は残っているので、2周目以降は、
1周目で発生したミスやアクシデントも
あらかじめ回避すべく先回りすることができる。

私が目にしたのは3話目である。
1話ごとに1周分の人生をやり直す構成になっているのだが、
一度きりのはずの人生も3周目ともなると
さすがに慣れたものである。
(毎回職業などの選択に変化はあるが、その違いによる一回性は
あまり強調されていない)

そもそもがシュールなコメディタッチのドラマなので
「死」というものの扱いも、軽い、軽い。

この軽さに救われる。

年末に一つの人間関係を精算した。
最後までどうなるかわからなかったが
結果的にその相手とは絶縁することになった。
自分で決めたことではあるが、自分ではどうにもできない事情もあり、
それなりにダメージを負った。

「ブラッシュアップライフ」の麻美は1周目の人生で元カレと破局している。
3周目ではそれをふまえて交際を成功させるべく先手を打つが、
そのことが仇となって結局別れてしまう。
同じ相手と二度別れた麻美の心中は複雑なものであったが
それさえもモノローグであっさりと語られた。

まるで「ファスト映画」のように。

一本の映画の本編映像を短く編集してテロップやナレーションをつけ、
10分程度で内容をまとめてしまうあれである。

ファスト映画自体は違法であり、一般的にはよくないこととされている。
だけど考えてみれば、映画そのものだって
誰かの一生や何世代にも及ぶ歴史の物語を数時間で描こうなんて
だいぶ乱暴だよなと思う。

今のところ私たちの人生はやり直せない。
だからこそ、一つ一つの選択に期待や不安や覚悟や後悔や責任がつきまとい、
時には失敗できない、失敗したくないという重みに
押しつぶされそうになったりもする。
たとえ上手くいったとしても、安堵という形でしか喜べず、
人生を大切にしようとするあまり地獄に陥っているように感じて
何のために生きているのかと虚しくもなる。
そんな一度きりの人生が、10分にまとめられてたまるかという思いも、
ないわけではない。

だが一方で。

今の自分のこの人生も、10分で要約できるファスト人生だと思えば、
どんな一大事も一瞬で聞き流すように通り過ぎるものであり
大抵のことはなるようにしかならない、しょうがないなとあきらめもつく。

人生ってそのぐらい軽く考えてもいいよねと、
月曜の朝の自分にも言ってあげたい。





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