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2024年のうた (四月)

2024年のうた

四月

かたむけないで声をきく明恵の右耳フィンセントの左耳

自然化をされる以前の環境の自然のままの自然をおもう

生きてればきっといいことあるよっていっておくれよ左官長兵衛

あちこちにぶつかりまくりよろけたりへこへこしたりへらへらしてる

近づけば近づくほどに血の気が引いてゆくようで春にとまどう

音楽をきいても耳に入らない食べても味がしないみたいに

ゆらゆらと揺らいでひとり傷ついて無駄にぐったり項垂れている

勢いと言いうるほどの勢いもなくゆっくりと湧いて出てくる

また明日なにもできずに今日もまた過ぎてっちゃったのでまた明日

何もかも打っ遣っちゃって体ごと打つかってゆく度胸もなくて

左手の親指だけを動かしてどこまでおりていっても荒野

もうかなり桜も咲いていることだろう目を閉じて思い浮かべる

脳髄に直接響くドリルのようなキースルブランのドラムス

どれほどに両手を振って合図をしても神のカーゴはやって来ず

もう一度またはじめからおさらいをする新参にみをやつす春

日々うつり変わってしまうものだから人の心も花の見ごろも

灰色の空よぼんやりしてないでもっとわたしを苛むがよい

ちょろちょろと春の訪れ鶯も鳴くちょろちょろと雪解けの音

怠けてるわけじゃないって思ってる誰が見たって怠けてる人

盛大に寝癖のついている頭ままならぬことばかりの世界

飽きること知らずに同じフレーズを繰り返してる春のいきもの

窓辺から春が差しこみはじめてるこの息苦しさはなんだろう

ももいろの花のまわりを回りこみ蝶がはばたくあの日のままに

予報では今日は降らないはずだけどあちらこちらでないてる蛙

浴びせられ心が洗われてゆくようなポリーニのピアノの音色

夢の中では切れていた電球をつけっぱなしのままで寝ていた

海の向こうは日食がこちらでは雨雲が日をさえぎっている

春雨が嵐のように吹きつけてぽたりぽたりと雨漏りのおと

雨はやんでも居残りの風がさんざん吹きまくり穏やかでない

夢の中ひとことだけだけど声を聞いた「元気だよ」と言っていた

何回目かのよくわからない上昇がありすぐにまた下降する

穏やかによく晴れている春の日にひとつもうたを詠めないわたし

頭から布団かぶって繭にして蛹のようにじっとしてたい

ちょっとだけ前に進んだ気がしても気がしてるだけただの気のせい

実際に見にゆくかわりにキングクリムゾンのシダレザクラを聴く

春めいてゆけばゆくほどずるずると気持ちはしずみ後退りする

ひくきとこ濃いくれないの花をまだ散らさずにいる木瓜いとあわれ

やんわりと押し返されているようでちっとも前に進んでいない

かろうじていまだ形のあるものに踏みとどまれている金曜日

一寸先と後の闇のはざまのより深い今ここにある闇

音の波がふんわりゆらいでにじむよなダウンテンポのフォーテット

誰かの言葉がきえてゆきまた別の誰かの言葉があらわれる

鳥たちの声はまだしているけれど春の日はゆっくり暮れてゆく

たった三十一文字のうたにしてしまえばそれはたちまち一首

そんなことしてる場合じゃないけれど本を読んだり歌を詠んだり

春の日の汗ふきだすほどのあたたかさ余計に沈みゆく気分

線状にあさくみじかくあちこちをきりさいなまれ小傷がたえぬ

片方がスーパーボールだったなら誰とだろうが話が弾む

どんよりと澱んだままで動かない心でなにをうたえるだろう

だんだんと遠ざかりゆくサイレンが聞こえなくなり静寂を聴く

布団のなかでぎゅっとわが身を抱きとめる心ぼそさがます夜に

大声で歌をうたって満開の花をついばむ鳥になりたい

世の中がかなしいくらい春めいて天気予報をみるのもつらい

そよぐ風やんわり吹いてふやふやとまだ振りきれぬ残りし思い

頭の中から追い出したいこと頭の中からしか追い出せず

このままどこか遠いとこまで流されていってしまうのかもしれぬ

なんのため読んでいるのかわからない文字がわたしを素通りしてく

曇ってた空から春の日がさしてとても明るいけれどもなぜか

適当な距離をもいちどはかりたいこのままいけば潰れてしまう

とりあえず本に逃げ込むしかなくて頁を開き文字を眺める

息苦しさに目が覚めて急いで呼吸を取り戻そうとしている

蝶が舞い青青とした葉が揺れる窓越しに見るささやかな春

春なのに汗ふき出すほどに夏めきて蛙の声も夏の節

確固たる根拠はなにもないけれど大丈夫だと何回もいう

わかるけどわからないこと無理矢理にわかろうとしてもう無理になる

パンゲアの遥か彼方の沖合いの海底の火山の大噴火

ひとつずつ砕けて散った破片をひろい記憶をたどり戻してく

遠くから雉鳩の声だけがするいろもとぼしき曇天の春

夜になり降りだす春の雨の音つつじの花を揺らしてく音

こらえてた糸が一本きれただけ起きあがれなくなっているだけ

ロスシルとローレンスイングリッシュのつつみこむよなあたたかな音

閉め切って無駄な動きを遮って耳を塞いで詩を読んでいる

音たてて烈しく吹いている風にあっさり怖じ気づいてる心

しなるよに揺れる小枝にひるがえる青き若葉がきりきりと舞う

ゆさぶられ吹きすさびつづける風にぽきりと心あえなく折れる

かきこみを読みフォローしようとよく見ればもうすでにフォローしてたり

仰向けに寝転んで薄暗い星でオルゴールを聞いてる気分

宝丹でおできの毒をなめたのもなおるのならばひと匙なめる

きみはまたあしたのきみにそうやってまもるきもない約束をする

雷鳴と稲妻が轟いた千葉のポルカに打たれるマエストロ

もうすでに決着なんかついているそれでも無駄な抵抗をする

サボテンの花のつぼみがぽつぽつと刺と刺との合間にいでる

三分にまとめて話す合間にも初出のネタをぶちこむ話芸

気がつけば零れて落ちそうなほど折り重なって咲いている躑躅

目に見えて春は深まる開いたままで閉じているこの目の前で

明日のことを考えていると日曜日からも逃げ出したくなる

そこのないブラックホール人間は矛盾している生き物だから

突っ伏して二枚ならべた座布団の上でじいっと息をひそめる

ねえきみはほんとはそんなことなんかしたくないって思っているね?

きみのこと誰も見ていてくれないとそう思うよねそんなもんだよ

昔なら正しいことと思われていたけど今じゃ言いにくいこと

考えてみてもそんなに簡単に答えのでないことばかりだね

ほらそこで聞き耳たててどこからか流れてくる音をつかまえて

一枚減らすと足りなくて一枚また戻すと足りすぎてしまう

居眠りをするときは必ず腕を組み手を腋にしまいたくなる

たくさんの不安なことが絡みあい巨大なかたまりになっている

どうすればよかったのかもどうすればいいのかもまだわからないまま

喉につまっているわたし胸につかえているわたし苦しむわたし

いつかまたここに戻ってくるだろうそんな気がするそう遠くなく

あなたならきっとできますあなたなら何の問題もなくできます

無駄ですよ顔に出やすい人だから見れば大体のことはわかる

重力に引きつけられて水滴がそこら中に落ちてきてる音

何ひとつ装っているところはないと装っているむなしさよ

地べたを這って移動する虫けらの目で見ているようなこの景色

死にたくなんかないけれどだからといって生きてる意味も見あたらず

透き通るような白さの躑躅の花が雨に打たれて落ちている

そんなに驚くことでもないだろう思ってた通りになるだけさ

青い空真っ白な雲砂利道にオレンジ色のナガミヒナゲシ

独りぽつりと取り残された自分を看守の息子という男

ゆっくりとなめくじのように動き回る日の当たらないこの場所で

無駄なことだと知りながら無駄なことばかりを考えてしまう癖

あたたかな日がふりそそぎ満ちる春こぼれ落ちてくものにかまわず

ぱさぱさになってしまったこころからにょろっとはえてきたようなうた

あなたはとても優しい人だけど世界はあなたに優しくはない

雉鳩がいつもの節に飽きたのかちょっと変わった節で鳴いてる

見たところおんなじものに見えるものさらに細かい種別に分ける

逆さまに空を見上げる仰向けに世界をすべて眼下に見てる

色とりどりの花が咲く春の道くすんだ色の人間の道

何回も通ったはずの道なのに見知らぬ道になってゆく道

何もできないわけじゃない世界がわたしを活かしきれていないのだ

それはいたるところで機能している中断せずに断続的に

ひらひらと追いつ追われつ蝶が舞う春の若葉の舞台のうえで

睦まじく鳴き交わしてるのか言い争いをしてるのか鳥の声

一人だけ下りのエスカレータに乗ってだあれもいないとこにゆく

雉鳩がいつもの節で今日は鳴く昨日の節はもう飽きたのか

誰かが損をしたことが誰かの得になっている極限世界

まだ四月の末というのにずっしりと体にこたえる蒸し暑さ

この薄汚れている世界のどこがゴールデンなのかを教えてよ

合理的効率的と言いながらひとを貶め追い込んでゆく

手招きで春の日ざしのさす下に来てもいいよと言ってください

真っ暗で出口はひとつも見あたらないちっぽけな真空地帯

あと五十年もしたらほとんどの信号機ももう生きてはいまい

今日もまた同じところでぐるぐるともがき苦しみ日が暮れてゆく

濃く赤き薔薇の蕾ふくらんで而して黄金週間かな

ぼくらはとても貧しいあなたが思っているよりもっと貧しい

目の前や心の中にあるものを詠みたいように詠むしかなくて

春の日の南風吹く夕暮れに中也のうたを手に取りて読む

ぎこちなく回るローラーの上をがたがた流されて生まれ変わる

最初から後ろを向いてじりじりと目を瞑ったままで後退り

へらへらとしてるところを容赦なく鏡の中の目が睨んでる

風が吹きひらりひらりと舞い落ちる練習曲のピアノの音色

今はまだわからなくても構わないいつか必ずわかる日はくる

少し晴れまた曇り出しどんよりと外と内とで影ましてゆく

金もなく仕事もぱっとしていない重右衛門さんに親近感

意味なんてもうありません不燃物の日にみな捨ててしまいました

疲弊して擦り切れそうなほどつかれたと言いたい気持ちうたううた

ちっぽけな存在に意味があるのかないのかわからないような人

これらの古い言葉では感情的なものごとを表現できぬ

滑稽な戦闘用のせまい溝危険だらけのフォックスホール

わたしは石になるだろう言葉を知らないちいさな子供のように

気をつけて敵はもうかなり近い向こうもこちらをじっと見ている

この絶望が鼓動をとめる天よわたしに言葉を与えたまえ

今日もまたこの世に何か確かなものが残っているか探してる

構造の内部で初めて出会った鼓動しているワイルドライフ

概念も会話すらなくアヴァロンが動きのなかで交流をする

たったひとことだけの言葉で感情を定義して意味を表す

望むならどこにもゆかずここにいる名前を呼べば今すぐにゆく

雨がやんだと思ったら海となりすべてを洗い流してしまう

高すぎる山などはない低い谷広い川とて充分でない

永遠に問い続けてくどれだけの愛がこの世にあるのだろうか

ヘルプレスリー記憶の中に閉じ込められて力なく泣いている

渇きこそ強欲を生む燃料である必要は足るを知らない

ひねり回して燃えあがる夜の闇きわ立ち揺れる光のかたち

取り残されしわたしのそばに永遠に変わることなき海がある

坑道の記憶の奥の底から見つめるふたつのブラックホール

ときどきは震えるほどに手は冷える心は二度と壊れぬけれど

秋のはじめに落ちはじめまだ底を打ってはいないまた落ちてゆく

ぬくもりが心を満たすことはないとても冷たい石と化したら

心配をする必要はありません栄光をもし見てしまっても

雨が降り冷たい風が吹いている霧の中から声が聞こえる

感じてた古いロープが緩むのを我を忘れて流されてゆく

さすらってどこに行くのかわからないただ影だけを道連れにして

続けるべきかもうすでに終わってるのか最後の鼓動が聞こえる

時は来て体がいたみ横たわるとても静かな寂しい場所で

歌われた言葉に別の意味があるような気がしてぐるぐる回る

得るものもなき喪失の年月にもう骨の中にも血はなくて

なんにもなくはないじゃないトラジェディなにか教えて欲しいと願う

天国の門で待っていてください祈りが通じていたのならば

儚きものは完璧に整い過ぎているゆえに粉々になる

喜びと日ざしに満ちた丘の上だけ季節外れのままだった

唇は封印されて息は熱いのぼせあがらずエレヴェーション

太陽の光も透かす青い羽根もつ鳥がいま地面に触れる

もう息をつく暇もないたった一度の呼吸で溶けゆく欲望

想像力のない愚者が並びを変えて再配置しようとしてる

預言者が約束をした四千年も待ちわびた幸福なとき

大きな赤い風船を月に手が届くくらいに高く飛ばして

時間は凍てつき世界は泣き出してわたしは夜に所属している

心のなかで泣いている声がする終わりなき眠りへのいざない

目覚めるとそこは昨日でもう一度わたしは同じ夜を迎える

乾季の砂漠の日差しのした年ふりし灯台守のうめき声

すべる背骨とうねる腰からずれてゆくちびりちびりとスイカズラ

メンフィスのトレーラーハウスにひきこもり純金をクロムに変える

のろのろと潜るとそれはロージャイヴゆっくり潜ればスローダイヴ

移動する川のみなもと廊下からあふれる水の夢の中まで

花びらの開口部から艶やかにいざなう香り人喰いの薔薇

船にのり流れを下る押し寄せる水の廊下の洪水の夢

こらえてた涙のように焼け落ちる巻き戻し見る生きた年月

深い悲しみと後悔と灰と嘘が涙とともに溢れ出る

草木のうえで生じた思い出のすべての音とすべての景色

分断された世界のはざま轟々と巨大機械が吼える声

ボクシンググローヴはめて眠ったり頭に枕はりついてたり

溶ける金属メセドリン帝国が崩れ落ちてく音を聞く

この寒さ手に噛みついてくるようだもうすぐすべて終わってしまう

イザベル、一九五九年に風はどちらに吹いてただろう

どんなに橋を渡ってもいつもおんなじ流れを見てる夢の中

王の命を太陽に奉る法のさだめる愛の刃で

赤い光が叫んでる危険だらけの狭い溝フォックスホール

四月、なにひとつとして前進をしないままひと月がまた過ぎた。ただただ、さらにまた深く沈んだだけだった。なにひとつとしてうまくいかない。悩みばかりが増える。内側に重苦しいものばかりが溜まる。お金がない。仕事がない。わたしにはなにも有用なことや意味のあることができないのではないかという思いばかりが強くなる。なにもできない人にはこの世界で生きる価値などないのではないか。目に見えるもの肌に感じられるすべてのものがお前などこの世界にはいらないと暗黙のうちにいってきているように感じられてしまう。なにもできないけどなにもできないなりに頑張ってしがみついて生きているのだけれど。そういう人はやっぱりこの世界にはいらない人なのであろうか。存在する意味のない人には存在する意味はない。至極当然なことなのだ。その通り、たぶんきっとわたしはちっともいらない人なのであろう。もうここにいようがいまいがなんの意味もないのだ。そうしたことが自分でもなんとなくわかってしまうのがとてつもなくつらい。つかれた。たすけてください。

付録


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