見出し画像

スティサート師の説法~修行において皆が経験すること(5) ちょうどよさとは、そうなったことをそうなったと知ること



タイ仏教、特に
東北タイにある森の寺
スカトー寺に縁あるお坊さまたちの説法を
翻訳して毎日お届けしています。

ご登場いただくのは、再び
スカトー寺の副住職でウィリヤダンマアシュラムの
リーダー僧
スティサート・パンヤーパティポー師。

月一回のバンコクでの瞑想会
先月(2020年9月)にお話された説法を
今日から訳します。

説法のテーマは、

「修行において皆が経験すること」

です。

今日の部分のタイトルを

「ちょうどよさとは、
 そうなったことをそうなったと知ること」

としました。

修行のプロセスについての
お話が続きます。

 修行者の誰もが
 体験することなのですね。

 この記事は、継続有料マガジン
「月刊:浦崎雅代のタイの空(Faa)に見守られて」
内の記事で、継続購読すると月500円で読めます。
単品で100円でも読めますが
毎日アップしていきますので
継続購読がお得です。
もしよかったら、こちらのマガジンをご購読
よろしくお願いします。



ここから先は

2,171字

¥ 100

応援やサポートをいただくたびに、これからも翻訳や執筆を続けていこう!と励まされています。