パイサーン師の説法〜瞑想修行者が誤解しがちなこと(9終)休みたい、でも休めないの状態で生じてしまっていること
このnoteでは
タイ仏教、特に
東北タイにある森の寺
スカトー寺に縁あるお坊さまたちの説法を
翻訳して毎日お届けしています。
スカトー寺現住職
パイサーン・ウィサーロ師の説法です。
瞑想修行や仏教ガッツリの説法。
朝夕コンスタントに届けてくださっています。
そんな説法をお届けしますね。
今回のテーマは
「瞑想修行者が誤解しがちなこと」
今日でこの説法も終わりです。
最後の部分のタイトルを
「休みたい、でも休めないの状態で
生じてしまっていること」
と、しました。
今日の部分も
自分にも当てはまる!
と思われる方は少なくないかもしれません。
心に新しい習慣を身につける大切さ。
真剣に
取り組んでまいりましょう。
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