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【無料記事】パイサーン師の説法~幸せを閉ざしてしまうほどに、やらたと心配ばかりに熱をあげるな


タイのお坊さんの説法記事を
翻訳してお届けしている浦崎です。
いつもお読みくださりありがとうございます!

いつもの説法(継続マガジン用)も
先ほどアップしたばかりなのですが

今日は特別にもう一本、
今朝数時間前に、お話されたばかりの説法を
翻訳して無料でお届けします。

森の寺、スカトー寺住職
パイサーン・ウィサーロ師。

新型コロナウィルス感染の情報が
タイでも溢れてきています。

そんな中でのお話。
朝食前に行われるミニ説法です。

。。。。。。。。。。。。。


(2020年3月3日
  朝食前の説法@スカトー寺)

今、私たちの多くが感じていること。
それは、不安や心配であるかと思います。

なぜなら、日々刻々と入ってくる情報は
あまり好ましくない情報、だからです。

特に、新型コロナウィルス
COVID-19に関する情報。
もう1か月以上も報道され続け
その感染拡大の様子を知らせています。

情報が入ってくるたびに
状況が良くないことを知らせる内容です。

感染者が報告された国の数も増えています。
すでにアメリカでも
新型コロナウイルスに感染して亡くなった方の
報告が出ています。

どうぞ、たとえどれだけ酷い内容の情報だったとしても
その情報に心を奪われ、全身がそれだけに覆われて
しまわないことが大切です。

心配や不安に取り巻かれて
本来自分がなすべきことを忘れてしまうほど
覆われていかないこと。

私たちには、一人一人、なすべきことがあるでしょう?

たとえば、なすべき仕事。

それらに、しっかりと気づきと集中をもって
取り組んでいきましょう。

安定・集中をより強めていく。

心を野放しにして
あれやこれやの心配にはまり込んで我を忘れ、
気づくことを怠ってしまわないこと。

怖れにはまり込む、ことは
心への影響だけにとどまりません。
仕事も、お金も、健康も減らしていきます。

皆さん、しっかりと今を
思い出してくださいね。

今私たちの体にはまだ、
病は来ていませんよ。

でも、すでに多くの人が
心の方の症状が、はっきりと発症しています。

今、タイ人の中で、ほとんどの人が
体にはまだ新型コロナウィルスの症状は出ていませんね。

体には症状は出ていないのに
心にはもうすでに病の症状が出ていますよ。

心配で心配で、
何も手につかなくなってしまう。。
仕事に行っても、気もそぞろ。。
集中力もない。

子供と一緒にいたり、孫と一緒にいても
子供たちに心を注いであげることはせずに
心配にばかり気を取られている。

何を食べても、おいしくない。

それほどまでに、心配に取り巻かれて行かないことが
大切ですよ。

なぜなら、私たちの身の回りには
まだまだ良きこと、好ましいことが
たくさんあるのですから。

あるいは、一瞬一瞬生じてくること。

朝目が覚めたらね、
心をさわやかにしていきましょう。

なぜなら、目が覚めたということは
体も心も休ませることができた、ということ
なのですから。

朝起きてすぐに、ウィルスについて
考え込んでしまわないようにしましょう。

どんな問題が生じてくるだろう、
もっと酷くなったらどうしよう、、と
ぐるぐるぐるぐる、考えていかない。

それだけでもう、心は萎びていきますよ。

やるべきことは、やらずに
心配ばっかりしている。。

例えば、子供にしっかりと心をむけて
世話をしていくこと。

子供や孫が学校に行く前に、
しっかりと大人が笑顔を向けて
勇気づけてあげることが大切でしょう?

大人が家で、ぶすっとした顔をしていたら
子供たちはどう感じるでしょうか?

心配ばかりで、
ちっとも笑顔を向けてくれない大人を
子供たちはどう見ているでしょう?

仕事に行ったら行ったで、なすべきことは
一つ一つの仕事に気づきを向けて
しっかりとなすことですね。

また、自然の姿を見るということ
身の回りにある
自然の美しい姿に触れるということも
とても大切なことですよ。

たとえば、花を見る。畑の様子を見る。

あるいは、朝日が昇る様子を見る。
朝、早起きして、朝日を見てみてください。

ある人は、朝日にふれて
空気もすがすがしいにも関わらず
心が心配で閉ざしてしまって
さわやかさが感じられない人もいますよ。

こういう人はですね、
チャンスを逃す人です。

チャンスを逃す。。

心が未来へばかり向いていると
今ここにあるチャンスを逃します。

来るかも、来るかもと思っている問題は
まだ今はここに来ていません。

まだ来ていないうちから、
心は完全に飾り立てられていて
苦しみへの準備は万端,といった感じです。

あれも、これも中止になる。
集会やイベントも、中止になる。。

私たちはこれからどうすればいいのだろう。。

仕事はどうすればいいのだろう?
順調にできるのだろうか?

それらは未来のことであって
まだ生じてはいないことなんです。

もちろん、そのことに備えて
心の準備をすることは大切ですよ。

私だけは大丈夫、と高を括って
うっかりと怠らないことはとても大切です。

しかし、心配や不安に
心を奪われたり、心を邪魔されたりしないことです。

心配が悪いといっているわけではありません。

心配が生じてきてもいいんです。
でも、気づきを間に合わせること。

不安が生じてもいい。
でも、気づきを間に合わせること。

私たちは人間ですから
人間の心に生じることで、なんら不自然なことでは
ありません。

未知なる問題に直面した時に
心配や不安が生じるのは
間違いではありません。

心配や不安が心に生じたとしても
それらに全身を覆われてしまい
自分がなすべきことまで
放棄してしまわないことが重要なのです。

お父さんの人は、お父さんの役割があります。
お母さんの人は、お母さんの役割があります。
子供に対して、果たすべき役割があるんです。

善きことをやるときには
心にもさわやかさを伴ってやっていくこと。

気づきと安定・集中、オープンな心
明るい心でやっていくことです。

子供たちが大人の暗~い顔を見たら
彼らの心にも影響を与えて
薄暗く曇ったような感じになってしまいますよ。

そんな心で、学校に行って
しっかりと勉強できますか?子供たちは。

朝から、お父さんお母さんの
心配そうな顔ばかり見ている子供たち。

気づきをしっかりと
良く保つように心がけましょう。

体において、気をつけること
注意すべきこと。それもしっかりと
行ってまいりましょう。

しかし、それらを実践するときにも
心が不安や心配にはまり込んだままの
野放し状態でやらないように。

特に朝の時間には
美しいこと、好ましいことが目の前にあることが
多いものですよ。

もちろん、夜にもあります。
心に幸せを注ぐことを、忘れないでくださいね。

なぜなら、夜になってくると心が疲れてきたり
みずみずしさが失われて枯れてしまうことも
少なくありませんから。

それは、心配や不安といったものです。

心に幸せを注ぐことを、怠らないように。

ショッピングに行ったり、
飲んだり食べたりといったこと、だけではなくてね。

もちろんそれらによっても
幸せは感じられるかもしれません。

でも今は、ショッピングに行く気が
起こらない人もいるでしょうね。
ウイルス感染を怖れて、外に出ないように
という感じですからね。

しかし私たちは、そんな時にでも
自分の心に幸せを注ぐことはできるんですよ。

日々の経験の中でね。

朝起きる、ということ。
さわやかな朝に、顔を洗う。
体も眠った後はエネルギーがあってさわやかですから
心にもさわやかさを取り戻していきましょう。

あるいは、朝目覚めて

「あー、今日もまた1日が私に与えられた。
 呼吸があるぞ。生きているぞ。
 まだ子供と一緒にいられる時間があるぞ。
 愛する人と共にいられる時間があるぞ。」

 と、今を思い起こすことだってできるのです。

 多くの人が、今私たちが享受している生きる時間を過ごせずに、    すでに去って行かれたのです。

 今、私たちはまだ、生きている。

 そして良きものや、好きなものと触れられる
 時間を頂いています。

 心に幸せを注ぐ隙間を開けておいてくださいね。

 幸せが入り込む隙間のないほどに
 心配や不安に覆われてしまわないこと。

 これも立派な修行なんです。

 自分自身の身の回りにある善きことに
 しっかりと気づきを向けていくこと。

 私は先日、外国から戻ってきた後
 (師の留守中に大きな山火事が起こった)プーロンの森の
 様子を見てきました。

 今回の山火事で、多くの木々が失われました。
 ところどころ、もう木が炭になってしまっている
 状態でした。

 木が全く残っていない部分もありました。
 足元も真っ黒です。
 
 目にすると本当に、もの悲しく寂しいものです。
 
 しかしちょうどその時
 日が傾いてくる時間で、夕日が差し込んできました。

 それを見ていると、とても美しく思いました。
 
 たとえ、森にとても大きなダメージがあったとしても
 私たちの心にまで大きなダメージばかり
 覆われる必要はありません。

 悲しみ、諦め、意気消沈、といったことに
 はまり込む必要はないのです。

 なぜなら今目の前に、素晴らしいこと
 美しいことはまだあるからです。
 
 太陽は、毎日毎日
 美しい光を注いでくれています。

 この時期に、私たちは
 それに気づくチャンスとして
 活かしていってもいいのです。
 
 悲しみにばっかり暮れていたら
 目の前にすでに出会っている良きものを
 見逃してしまいますよ。

 それを
 チャンスを失う、というのです。

 世界がどんなに酷い状態だと言われようとも
 あるいは実際に、さわやかさのある出来事が少なかったとしても
 
 私たちの前にはまだ
 善きこと、さわやかなこと
 好ましいことがたくさんあるのです。

 このチャンスを捨てて
 失わないように。

  私たちの心には幸せを注ぐ隙間が
  しっかりとあるのですから。

               (終わり)

。。。。。。。。
 浦崎感想
  

  いかがでしたでしょうか。

  皆さまの心は
  心に幸せを注ぐ隙間、開いていましたか?
  
  不安や心配に気づきを間に合わせる
  という修行と同時に
  今目の前にある、愛すべきもの、大切なものを
  より一層大切にできる機会とする。

  目の前のチャンスを見逃さずに
  気づきと安定をもって過ごしていきたいものですね。

  ちょうど昨日、私は月1回のエッセイ連載が
  アップされていまして、山火事についてのことにも
  言及しています。もしよかったらこちらもお読みください。

  
  あと、これはお知らせになりますが


  今月3回(3月13日、20日、27日の夜9時から)、
  タイ仏教や気づきの瞑想に関するお話と瞑想実践を共にする時間を ZOOMにてお届けいたします。

  主に私自身のパイサーン師をはじめ、タイのお坊さまたちからの学びを
  お伝えしていこうと思いますので、ご興味ある方はぜひ。20日はスティサート師というお坊さまも登場いただきます。
  以下にお申込みの詳細を載せておきますね。

   
  それでは、また~!!

  

応援やサポートをいただくたびに、これからも翻訳や執筆を続けていこう!と励まされています。