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大晦日の1日に想ふこと

2021年も終わろうとしている。
12月31日から1月1日になる。区切りがつけられているだけでいつものように今日から明日になる事に変わりはないのだけれど、その区切りがやはり特別な夜に感じてしまう。

3日前に仕事納めをして解放感からダラダラと過ごしてしまった。今年最後のnoteを書こうと思っていたのになんとなく時が経ち、こたつで意識を失う事を繰り返し気づけば大晦日になってしまった。

仕方なく大晦日に慌ただしく大掃除をした。いつもはしない掃除を少しだけ多めにやってみる。子供の頃は親に言われるがまま左手に洗剤、右手に雑巾を持ち家の中の掃除をした覚えがある。いつも左手に持っていたマイペットの洗剤の匂いを嗅ぐと年末だななんて今日ふと昔の記憶と共に蘇った。

朝から始まった大掃除も庭掃除はあったかくなってからやろうとか、ここはいつもやってるからいっかと諦めを要所要所で発動しながら、なんとか終わらせた。
そして、またこたつで気を失ったかのように眠りについて今年最後の日も気がつけば夕方になっていた。

noteを書こうと思っていたのにこの様だ。

思えばそうだ。
noteを始めて1年と少し経った。昨年の12月に初めて投稿していたので1年と1ヶ月になる。はじめは2.3日に1回だったのが気づけば1週間に1回。今はその1週間に1回を自分のためになんとか続けようと粘りに粘っている状況だ。

書こうとして最後まで書けなくて消す作業を繰り返している。なんで、書きたい事があるのに書けないのだろうと誰に頼まれたわけでもないのに思う。でも、やめようとは思わない。こんなくだらない内容の話を少しでも読んでくださっているのが嬉しいからかもしれない。書きたいと思える気持ちがある事が今は幸せなのかもしれない。今まで通り日常の事も、まだ一度も載せた事はないけれど物語だって書いてみたいという欲はある。

今年、noteは私の生活の一部になった。書く事もだけれど読む事も。なんでこんな文章が書けるのだろうかといつも思いながら読んでいる。ネット界でも人見知りを発動しがちなのでビビり過ぎて自分からコメントはまだ一度もした事が無いのだけれど、心が上下左右に激しく揺さぶられ泣きながら読む事だってある。だからやっぱりやめられやしない。

そんな風になんとなくありがちな1年の終わりに書くような事を書いてみた。


大晦日のテレビ番組がつまらなくて良かった。
つまらなくてテレビを消して静かな部屋でこうして今年最後のnoteを書けている。

書き終わったら年越しうどんを食べよう。
そばでなければ意味がないのかもしれないけれど、そばは苦手だから。苦手で1年を終わりたくはないもの。

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