映画『12ヶ月のカイ』レビュー
【ヒューマノイドは人間に愛されている夢を見せるか】
「女性の恋愛は上書き保存」と巷間に良く語られているけれど、決して移り気が激しい分けでも、執着が薄い訳でもなく、簡単には忘れられないからこそ努力して気力を振り絞って決断をして、過去に上書きをして恋愛の記憶を消そうとしているのかもしれない。
だからキョウカは、大金を注いで男性型パーソナル・ケア・ヒューマノイド(PCH)を購入して、直前までの恋愛相手を忘れようとしたのだろう。そのPCHとは何かと言うなら、それは人間そっくりの姿をしていて、受け答えも人間と区別がつかないくらいしっかりしている“人造人間”のことだ。高性能ダッチワイフだと揶揄する人もいるみたいだけれど、そう言われるだけの“機能”もしっかりと備えている。男性型も。そしておそらく女性型も。
亀山睦実監督による映画『12ヶ月のカイ』は、そんなPCHが普及し始めた時代の東京が舞台。最近、付き合っていた男性と別れたキョウカという女性は、新しい恋を探す一方で男性型のPCHを購入して、前の彼と暮らしていた渋谷の高級マンションでいっしょに暮らし始める。
カイと名付けたそのPCHは、最初こそぎこちなかったもののすぐにキョウカの生活に寄り添うようになって、優しく抱きしめてくれて夜には体も重ねてくれる。キョウカはそれで満たされているようだったけれど、それだけで満たされていた感じではなく、最初のうちは人間の男性とも付き合おうとしていたようだった。けれどもPCHは人間とは違うと真っ向から否定する男性主張に反発したキョウカは、男性と切れてますますカイへとのめりこんでいく。
仲の良い友人の1人には、急病で倒れたキョウカを見舞ってもらった際に家にカイがいることを明かし、どうにか理解を得たものの、別の2人の友人には分かってもらえる気がしないと黙っていた。もちろん母親にも。前の彼との思い出が染みついたマンションを出ようとカイに言われて決断し、引っ越した先に突然やってきた母親にキョウカは、カイを合わせようとせず彼氏もいないと言ってしまう。
そこでカイが見せる表情や態度が、自分は人間とは違うと言われてしまって戸惑い落ち込むようにも見えてキョウカに罪悪感を抱かせる。それが本当にカイの嫉妬心や反発心なるものから出たものか、厖大なプログラムの中に自分を貶められる時にはそう反応するよう仕込まれているのか分からないところが、PCHという存在を人間らしものなんだと思わせつつ、計算尽くで人間を抱き込もうとしているのか、といった疑いを抱かせる。
とはいえ、人間の感情も経験というデータの上に形成された感情というプログラムが発動しているだけかもしれない。それが人間とPCHの決定的な違いにはなり得ないなら理解もし合えるのではないか。そう思わせたところにより強烈な人間とPCHの間の壁を乗り越えさせる事態が起こって、人間とそうでない存在との違いはなにか、それとも同じなのかといった難問が浮かび上がる。
すでにしてPCHが人間にそっくりな姿で普及しているのなら、それとの関係性もある程度は社会に容認されていて、一緒に暮らすだけでなく結婚できたり籍だって入れられたりするようになっていても不思議はない。中には子供だって作りたいといった要望もあったかもしれないけれど、その一線はやはり越えられなかったのだろう。生命という神の領域に人間が手を伸ばすことへの恐怖もあったのかもしれない。
結果、キョウカの母親はキツくあたり、キョウカを戸惑わせつつも反発させて時代の認識を進めさせる歯車にさせる。突破して得られた結果を果たして幸福と見るべきか、それとも悲劇と感じるべきなのか。どちらともとれそうなエンディングに半歩だけ進んだかもしれない新しい時代における新しい認識の可能性を考えてみたくる。
9月15日にテアトル新宿で行われた亀山監督や出演者たちによる舞台挨拶で、亀山監督から結末については4ヶ月くらいかけて飛び飛びで撮影しつつ、キョウカを演じた中垣内彩加と、カイ役の工藤孝生からも考えを聞いた亀山監督が、後から決めたものだといった話がされた。キョウカとカイを演じた2人がそれぞれの役になりきった時に浮かんだ思いも反映されているのかもしれないなら、改めて観ることでどのような心の変化があったのかを掴み、結果としてどうなったのかを知る必要がありそうだ。その意味でも再度の上映を願いたい。
気になったのは、科学的にも人類史的にも途轍もないことが起こっているにも関わらず、それを個人の好悪のレベルに収めてしまっていて、拡散するとか喧伝するとかいったことをしないリアクションの淡泊さ。そこは女性性というより母性に近い心情が絡んで、目の前のことに執着して視野が狭くなっていたのだろうか。PCHを開発したソムニウムという会社の思惑について、別に配信されている「ソムニウム」という連作シリーズを観れば、裏側が分かって『12ヶ月のカイ』をより深く楽しめるようになるのかもしれない。
アメリカで開催されたフェニックス映画祭のSFコンペ部門受賞作という栄冠にふさわしい、人間とは何か、愛とは何か、生命とは何かを問うてくる映画。そしてラストシーンにやはり「女性の恋愛は上書き保存」かもしれないと思わされる映画だ。(タニグチリウイチ)
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