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崖っぷちの家

オウルは、その「オウル」というあだ名のとおり、顔つきもギョロ目で昼間は居眠りばかりした。オウルは俺の居眠りは病気だといつも言っていた。

昼型の僕とは逆に夜型だ。それも徹底した夜型だ。深夜には必ず外出して3時間は帰ってこなかった。
本人は眠れないから、ナイトウォーキングしていると言っていた。

僕とオウルが知り合ったのは本当に偶然だった。僕が、街の鳥専門ペットショップでセキセイインコを見ている時のことだ。オウルが店員さんに、

「ここには、フクロウは置いてないですか?」

「最近は、フクロウは品薄でなかなか手に入らないですね」

二人は何やら話し込んでいたが、ふと僕に向かってオウルが話しかけてきた。

「あなたも鳥が趣味ですか?」

「はい、僕は小さい頃から鳥を飼うのが趣味です。こうして時々、可愛い鳥がいないかと見に来るんです。最近はちょっと……薄給の僕にはおいそれと手が出せないですが」

あの鳥はどうだこうだと話がはずみ、オウルと僕は友だちになった。
僕は、ギョロ目で昼間は居眠りばかりしているけど、夜になるとメチャメチャ元気になるオウルが好きだ。

オウルも僕も脱サラしたかったので、いつも二人で、脱サラ計画を語っていた。
だんだんと夢が膨らみ、二人で共同で店をやろうと決めた。オウルと僕は共同で断崖絶壁に建つ古い木造の家を格安で買って、音楽を聴かせながらコーヒーとショットバーの店をやることになった。

この断崖絶壁に建つ古い木造の家は、映画の「Summer of '42(おもいでの夏)」に出てくるジェニファー・オニールの浜辺の家のような、まあ、ボロ屋だ。

確かに素晴らしい絶景ではあるけど、なんと切り立った断崖、おそらく高さは数十メートルはある絶壁ギリギリに建っていて、後ろには、鬱蒼とした森が迫っていた。

不動産屋と物件を見にきた日は、晴れてはいたけれど強風が吹き荒れていた。オウルと僕は、思わず顔を見合わせた。
オウルは後ろに森があることを、とても気に入っていた。

オウルは夜はショットバーをやりたいといった。
僕は昼間にジャズやクラシックを、タンノイのモニター・レッドとプリアンプはMarantz Model7 で聞いてもらおうと思っていた。

コーヒーは生豆から焙煎、僕は深煎りが好みなので、それ一本のみ。

2人は「バー・クリフ&ジャズカフェ」と長ったらしい店名にした。

こんな辺鄙なクリフに建つバー&ジャズカフェに客なんて来るのだろうか?

オウルは鷹揚に

「世の中は、このくらい辺鄙な方がうけるはず。今の時代はSNSという武器があるから大丈夫大丈夫」

最初は誰も来なかった。なので、僕らはお互いのためにコーヒーを淹れ、バーボンを空けた。
しばらくすると、ポツリポツリと人が来るようになった。写真を撮る人もいたので、多分インスタかなんかで紹介してくれたのだろう。ジャズ好きの人や若い子がやって来るようになった。

夜は、真っ暗な岬の断崖絶壁の小屋にランプが点り、時折、オウルが弾くオスカー・ピーターソンやビル・エバンスをコピーした曲が響き、それ以外の時間はひたすら音楽もなく、客は静かに語り合い、静かにバーボンウィスキーを飲んでいた。
この程度の客数でも、経営は成り立った。

「な、言っただろう。こんな辺鄙なクリフにも客はわざわざ来るのさ」

と、オウルは葉巻タバコをスパスパと少し音を立てて吸って火をつけた。オウルの顔はとてもうれしそうだった。

つくづく今の世の中は、お客の求めるものを提供することが出来て、来た客を満足させることが出来たら、どんな辺鄙な場所でも成り立つ。もちろん僕らが楽しんでいることが大切だが。


この日は久しぶりに店休日にして、僕とオウルはコーヒーを飲みながら「Summer of '42(おもいでの夏)」のサントラ盤の古いレコードに針を落として聴いた。この映画は僕とオウルで街の映画館で見た。

オウルはいつものようにナイトウォーキングに行くと言って出かけて行った。
僕がコーヒーカップを拭きながら見送ると、オウルが外に出てしばらくした頃、バタバタ、バタバタと羽音が聞こえた気がした。
あれっ、と窓の外を見ると、月の光の中で二羽のフクロウが森に向かって飛んで行った。
2、3時間たっただろうか? また、バタバタと羽音がして、しばらくしてオウルが帰って来た。

オウルは、「フィアンセを連れてきたから、突然だけど、君に紹介したい」と言って、ドアを開けた。そこには目が印象的な美しい女性が立っていた。
僕は驚いて、慌てて握手した。羽のように柔らかい手だった。

朝まで3人で将来のことを話し合った。
彼女も一緒に、ここで働きたいと言った。店が繁盛して人手が欲しかったので、みんなで喜び合った。

翌日の夜、開店前にオウルがやけに真面目な顔で、折り入って話があると言った。
店の外に出て、月明かりの海を見ながら、

「薄々君は気づいていたと思うけど、俺はフクロウでね、彼女もフクロウなんだ」

僕は昨夜の、月光の中を飛ぶ美しいフクロウの影を思い出した。

「僕は、君がなんとなく普通の人とは、違うとは思ってはいた。だけど、君が人間でもフクロウでもゴジラでも、君ほどステキな人はいないよ。
でも、ゴジラよりフクロウの方が嬉しいかな。なにせ僕は、鳥が大好きだからね」

後ろの森からは一斉にたくさんのフクロウの鳴き声がした。
とても月がきれいだった。


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