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毛利さん

ひょんなことから行きつけのショットバーで、友だちができた。

彼の名前を毛利さんとしておこう。
毛利さんは、僕の行きつけのショットバーMUONに、真っ黒いサングラスをかけて、白い杖をついてやってきた。

このMUONの店名の由来は、いわゆるBGMは全くない。客の小さい会話の声が聞こえるだけだ。

あちこちを飲み歩いてうるさい会話や
音楽に疲れた客や
静かに一人で飲みたい客や
少し眠たい客や
時には人嫌いの客や
人生に疲れ果てた客がこのMUONに、砂漠の中のオアシスのように集まってくる。

このMUONに予備知識なく入ってきた客は音がないこのバーに驚き、年老いたマスターに有線が壊れたのか、と尋ねる。

「あ、うちは音楽かけないんですよ」

「そうですか。じゃあ、また今度」

で、帰ってしまった。
しかし、常連客は多い。みんな静かに会話して、静かに飲むか、無言か、ねむる。

こんなMUONに来て、毛利さんは、マスターに

「おはよう」

と言ってカウンター椅子に座った。

毛利さんは目が悪いが、鼻は異常によい。
毛利さんは、犬と競争したことはないが、負けないくらい嗅ぎ分けることはできると言っていた。

僕は毛利さんのとなりに座っていて、タバコに火を点けてあげたのがきっかけで、ここで何度か短い言葉を交わして、お互いに好感を持っていた。

毛利さんが

「よかったら、いつか私の家に来ませんか?お互いに静かな環境が馴染むようなので、」

「僕も静かに語り合えるところは大好きです。」

「私の家は、新鋭の建築家に頼んで建てたので斬新ですよ。面食らうかもしれないけど、冬は暖かく、夏は涼しい快適な地下構造の家ですよ。」

ある日、指定された場所に行くと広いグランドがあり、核シェルターを彷彿させる地下邸宅への入り口があった。
土のように見せかけたコンクリートのトンネルはかなり奥に続いているようだった。毛利さんは私をゴルフ場の電動カートのような乗り物に乗せた。なだらかな下りのトンネルを5分以上下ると、正面に豪華な玄関があり、ホテルのドアボーイのような人が待っていた。

毛利さんは

「さあ、さあ、どうぞ中にお入りください。」
「素晴らしい邸宅ですね」

遠くでトンネルの中の換気のための大型換気装置の音がするだけで、静寂が保たれていた。
図書室のような応接室で、毛利さんと僕は、お互いの趣味の話や家族の話をした。

「私たちはとても大食いなんです。毎日、体重の半分くらいの量の食べものを食べて、12時間以上食べものが胃の中にないと、餓死してしまいます。だからお客様が来ていても、いつも目の前に何か食べものを置いて食べます」

僕は毛利さんに勧められるままにパクパクモグモグ食べた。
お互いに理解し合えるのに十分な時間をかけて、色々な話をして、お暇することにした。

「毛利さん、今日は有意義な話など伺って、また美味しい食事もいただきましてありがとうございました」
「また、MUONでお会いしましょう」

再び、カートに乗ってまだ日差しが強い表の世界に出た。外は暑く騒音が大音量で聞こえ、僕はしばらく、外の環境に慣れるのに時間がかかった。

さあ、頑張って働いて、また土曜日にはMUONに行って毛利さんに会おう。

振り返ると、核シェルター様の入り口はどこにあるのかわからなくていた。
グランドのあちこちに、大きなモグラ塚がにょきにょきと盛り上がっていた。

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