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「雪の日は君の手を」(宮澤賢治「永訣の朝」の二次創作)

「たっくーん。雪合戦しよう」
 美依ちゃんが誘いに来る。
 でも僕は分かっていた。雪合戦がしたい訳でも僕と遊びたいからでもない。
 美依ちゃんの目当ては別にあった。

「まあまあ、寒かったでしょう」
 お母さんが台所から出てくると、美依ちゃんの顔がぱっと明るくなる。
 お母さんは玄関にある自分のマフラーをサッと取り
「おばちゃんのマフラーで良かったらして行きなさい。手袋もね。ちょっと大きいかな?」
 美依ちゃんはエヘヘと恥ずかしそうに笑いながら突っ立って、僕のお母さんにマフラーを巻いてもらう。
「拓也。あんた、あんまり強い雪玉放ったらいかんよ。野球部なんだから」
「分かってるー。胸から上は狙わんもん。先生も言っとった」
 お母さんは僕たちを見送りながら
「程々で帰っといでー。帰ったらココア入れたげるからねー」と手を振った。
 美依ちゃんは何度も何度も僕のお母さんを振り返った。

 雪合戦を終えると美依ちゃんは夕方までうちに居て、ココアとクッキーをお腹に入れて帰って行った。その後仕事から帰ってきたお父さんがクンと鼻を鳴らし
「おい、またあの女の子来たのか」とお母さんに聞く。
 あなた、とお母さんが小声でお父さんを叱った。

 夜遅く、居間でお父さんとお母さんが話しているのが聞こえる。
「なあ。親切にするのはいいが、あまり居つかれても困るんじゃないか」
「だってかわいそうよ。寒いのにあんな薄着で来て。おやつを出すとね、こっちの顔を見て遠慮しながら食べるのよ。たくさんあるからねって言うと嬉しそうにして」
「来ると分かるんだよな。あの子、家で風呂に入れてもらってないんじゃないか?」
「拓也の前で言わないで」
「気をつけるよ。確か父親が一人だったな。全く、何の挨拶にも来ないで・・・」
 僕はそっと、足音がしないよう気をつけて自分の部屋へ戻った。

 僕たちが幼稚園の頃には美依ちゃんにもお母さんが居て、僕のお母さんと仲が良かった。けれど少しして美依ちゃんのお母さんは居なくなってしまった。小学校の入学式で、美依ちゃんがおばあちゃんと一緒に来てたのを覚えている。
 次第に美依ちゃんは、髪の毛がボサボサになったりいつも同じ服を着るようになっていった。たまに見るお父さんは怖そうな人で、おばあちゃんもあまり優しそうな人じゃなかった。
 美依ちゃんはクラスで孤立していった。
 僕は学校では男子とばかり遊んでいたし、気にはなったけど、あまり構うとみんなに揶揄われるので避けていた。でも美依ちゃんが家に遊びに来るのは嫌じゃなかった。家の中でゲームもしたし外でも遊んだ。

 美依ちゃんの目当てが別にあるのに気づいたのはいつだっただろう。
 家で遊んでいる時に、お母さんが顔を出すと嬉しそうにする。おやつもスーパーで売っているのよりお母さんの手作りを喜ぶ。多分お母さんも懐かれているのが分かっていて、美依ちゃんに優しくしていた。
(なんだ。僕と仲良くしたい訳じゃなかったんだ)
 そう思うと少し悔しかったけど、ライバルがお母さんじゃしょうがない。

 ある時お母さんがマフラーを編んでいた。
「お母さん。まさかそれ僕のじゃないよね?」
 毛糸がピンクだ。
「違うわよ。美依ちゃんにね。市販のものだと遠慮するかも知れないし、あの子」
「ふーん」
「難しいわ。編み物なんて久しぶりだもの」
 お母さんは編み物の雑誌を見ながら四苦八苦している。
 でもマフラーは無駄になった。美依ちゃんが死んでしまったから。
 
 僕は信じられなかった。
 え、昨日は生きてたのに?
 どうして死んだの。交通事故?
 え、お父さんが殴ったの?
 どうして殴ったの。どうして、死んじゃう位殴ったの。娘なのに。
 美依ちゃんはいい子だったのに。
 ワガママなんて言わなかったのに。
 どうして・・
 
 僕のお母さんはずっと泣いていた。
 何か出来る事があったんじゃないかと、自分を責めていた。
 僕たちはお葬式に行けなかった。
 美依ちゃんの親戚だけで、こっそり小さなお葬式をしたみたいだった。
 僕はさよならを言えないまま、大人になっていった。
 
「ねえ。また空を見てるの?」
「ああ」
「本当にあなた、雪が好きねぇ」
 隣で妻が笑う。
(好きって訳じゃないが)
 言葉を飲み込む。
 
 冬になると・・・

 雪が降りそうな空になると切なくなる。
 子どもだった自分。何も出来なかった自分を思い出して辛くなる。

 たっくん、雪合戦しよう
 
 遊びに誘うふりをして、助けを求めてた君。その手を僕は・・・
 
「ねぇ窓を閉めて。体が冷えちゃうわ」
 妻に言われて慌てて窓を閉めた。
「ごめんな。何してるの?」
「ミトン編んでるの。見て、可愛いでしょ」
 生まれて来る子の為に妻は編み物をしている。その手を僕はじっと見た。かつての僕の母のように、誰かを温めようとしている優しい手。
 僕は妻の手を握った。
「どうしたの?」
「うん・・・」
 冬空を見て様子がおかしくなる僕を、妻はどう思っているのだろう。
 妻が僕を見た。
 僕の手の中にくるまっていた手がそっと抜け出し、僕の手を柔らかく包んだ。

                                (了)


 

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