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「浦島爺さん」(「浦島太郎」の二次創作)

 一人の青年がショッピングモールの一角で立ち尽くした。目の前にはカプセルトイがずらりと並んでいる。数人の子供が楽しそうにケースの中を覗き込み、傍ではその親が仕方ないな、と云った顔で様子を眺めている。
 見ているだけの子供たちを尻目に青年はじゃらじゃらと小銭を取り出し、数千円分の資金を投入した。取り出した商品はカプセルを破棄せずにそのままリュックに放り込む。背中に子供たちの羨望の眼差しを受けながら青年は立ち去って行った。
(今、これにハマってるんだよなぁ)
 青年は一人暮らしのアパートに戻ると、リュックからガラガラとカプセルを取り出した。
 室内は物が多い割には片付いている。しかし整理整頓が必要な理由があって、青年には気に入ったものを収集する癖があった。
 現在のジャンルは昭和レトロ。棚にはパーツを組み立てて作る『タバコ屋と店番のお婆さん』や『手のひらの上で豆腐を切り分けてくれる豆腐屋さん』や『川へ釣りに行って足を滑らせてコケて服を濡らして帰って母親に叱られる小学生の兄弟』など、懐かしい風景のミニチュア模型が並んでいる。
「さーて、今日の収穫はと」
 青年は次々とカプセルを開ける。
「黒電話か」
と呟き棚へ並べる。これで3個目だ。
「えーと『応接室によくあるクリスタルの灰皿と白いレースの敷物』、これは初。『タライに冷やされた西瓜とその水を飲む三毛猫』うーん・・もっと珍しいのないかなぁ」
 実に平和な趣味である。お、と青年が呟いた。手の中のカプセルは真っ黒で中身が見えないようになっている。
「これは、レアが来たか?」
 
 かぱっ

「やぁ」
「・・・・」
「よっこらしょ、と」
 身長7センチの爺さんがカプセルの縁を跨ぐ。目が点というのは、今の青年のことだ。
「え、ちょっと!ちょっと何!?」
 爺さんが尻に敷いていた紙を渡す。蛇腹折になった説明書を読むと
「浦島爺さん・・・・昭和レトロシリーズの超レアアイテム。懐かしの昔話が生の音声で楽しめます・・・」
「ふぃ〜、やれやれ。外の空気はええのう」
 爺さんはキョロキョロと周囲を見上げる。
「ふぉっふぉっふぉ、巨人の部屋のようじゃ。ああ青年、先に言うておくぞ。ほれここ」
 爺さんが小さな小さな指でカプセルに表示された数字を示す。500という数字が見ている間に499に変わった。
「わしの再生時間は500分。500円のカプセルじゃからのう。ちなみに、一時停止したい時にはカプセルに戻せば良い。その蛇腹折に書いてあるじゃろう」
「え、ちょっと色々分からないんだけどどうしよう。いや物凄い技術っていうか今のカプセルトイすげぇな。何処のメーカーだ」
「これこれ、わしゃ玩具じゃないわい」
と、爺さんは皺くちゃの目を丸くした。
「ほー、面白いもんがあるのう」
 爺さんが見ているのは青年のコレクションの一つ、『一向にくじの当たりが出ない駄菓子屋さん』のミニチュア。
「あ、これ?」
と青年が側に運んでやると喜んで
「ほっほー。あぁ、お菓子は作り物か。こりゃ残念」
「サイズ感絶妙だな・・」
 ミニチュアに身長7センチの爺さんが入るとちょうどいいのだ。
「赤提灯もあるのう」
 青年は『新入社員に奢る代わりに昔の武勇伝を聴かせる中年上司の行きつけの居酒屋』も出してやる。これもまた、カウンターの椅子に爺さんが座ると絶妙にハマる。
 青年は驚きが一周して楽しくなってきた。
「爺さんこういう店好きなの?」
「若い頃は通ったもんだ。青年、君は酒は飲まんのかね」
「大学で飲み会はあったけど、好きって程じゃないかな。周りでもあんまり酒が好きって奴いないよ」
「ほー、今の若いもんはそんなもんかのう。わしゃあ仕事から帰ると嫁さんが用意をしてくれて、焼酎のお湯割りをよく飲んだもんだ」
 爺さんは居酒屋のカウンターを覗き込む。当たり前だが並んでいるのはプラスチックのおつまみだけ。
 青年はつい
「爺さん。飲みたきゃ買って来ようか」と言ってしまった。爺さんの顔がパッと輝く。
「ええのか?」
「うん。待ってなよ、コンビニ行ってくるから」
「すまんのう。あぁ青年」
「分かってる。一時停止だろ?爺さんカプセルに入って」

 真昼間から不思議な爺さんと小さな酒盛りが始まった。
「ロクヨンにしてくれんか」
と爺さんが言うので意味を聞くと
「わしの好みは焼酎とお湯の割合が6対4なんじゃ」
「へー」
 青年はまず湯呑みで焼酎のお湯割りを作り、スポイトで吸ってミニチュアのコップに注いでやる。スポイト2滴で満杯になる。ついでに買ってきたスルメを細かく刻んで小皿に入れる。元々細かい作業が好きなのだ。
 爺さんはえらく喜んだ。
「おお、気の利く青年じゃのう。ほれ乾杯じゃ、乾杯!」
と青年も付き合いで飲まされた。酒の入った爺さんはよく喋る。 
「わしも色々商売をしてのう。魚粉を仕入れて肥料を作ったり、燃料屋もやった。昔はそういう店が町に二軒しかなくてなぁ。連日車が行列を成したもんじゃ」
「今で云うガソリンスタンドってやつかな」
「そうそう。青年、君はまだ学生かね」
「今年卒業して、就職も決まってんだ。春から社会人」
「目出度いじゃないか。どれ、もう一度乾杯!」
 爺さんが飲み干す度にスポイトでお代わりを注いでやる。あっという間に2時間は経ってしまった。
 青年は先ほどから気がかりな事をなかなか聞けない。
(500分過ぎたら爺さんはどうなるんだ?)
 ミニチュアの爺さんはどう見ても生きている。小さい人間だ。再生時間が終了したら死んでしまうのだろうか。
「爺さん、俺もう眠いわ。今日はこの辺にしよう」
「おお、そうか。またお前さんの好きな時に再生するとええ」
 爺さんは自分でカプセルに入り、ちょこんと座った。
「おやすみ」
と青年が蓋を閉める。

 翌日、青年はカプセルを前に考えた。
(どうしたものか・・・)
 このまま再生時間を目一杯使って爺さんが死ぬのは忍びない。その前にメーカーに持参か返送して時間をリセットしてもらうのはどうだろう。そう考えたのだが、蛇腹折の説明書には問い合わせ先が載っていなかった。ネットで検索してもヒットしない。
(蓋を開けると昭和の昔話をしてくれる爺さんか。生きたタイムマシンだな)
 時間を小刻みに再生してもいつかは終わりがくる。知らない話が聞けて俺は楽しいけど、爺さんにとってはどうだろう?
(昨日2時間半は使ったから、残り5時間か)
 小さな爺さんの限りある人生。
(爺さんめっちゃ喋ってたな。喋るのが好きなんだよな)
 考えた末、青年はあることを思い付いた。それを爺さんに相談すると快く了承してくれた。

「ばあちゃん、来たよ」
「・・ええと・・・」
「孫の拓也だよ」
「はぁ・・・」
 返事は鈍い。
 青年は伯母と同居している祖母を訪ねた。祖母には娘が3人いて、青年の母親は末娘にあたる。伯母は夫を亡くした後の一軒家に母親を引き取り、残りの二人の娘も代わるがわる面倒を見ている。祖母は80近い年齢で足腰が悪く、記憶も朧げだ。
「春から就職で忙しくなるから、その前にばあちゃんに挨拶に行く」
 母には尤もらしい理由をつけ、伯母には
「俺が見ておくから、その間に用があったら済ませたら?」と提案。伯母は美容院に行きたいと言い、
「近所だから、何かあったら連絡してね」と出かけた。

 久しぶりに会う祖母は体が小さくなっていた。
「ばあちゃん。今日はすごく珍しい玩具を持ってきたんだ。びっくりしないでね」
 青年はカプセルを開ける。
「・・・まぁ」
 祖母が一言。爺さんは照れ臭そうに頭を下げる。
 青年は
「よく出来てるでしょ。これね、最新のAI機能で会話が出来るんだよ。昭和時代の昔話がインプットされてるから、ばあちゃんと話が合うと思って」 
 祖母は始めは黙っていたが、やがて爺さんと話が弾み始めた。今の暮らしや家族のこと、若かった頃の話・・
(連れてきて良かったな)
 普通サイズのばあちゃんとミニチュアの爺さん。変な景色だが二人とも楽しそうだ。
 青年は祖母に爺さんは他の人に見せないこと。使用時間が決まっていることを説明した。
「ばあちゃんが気が済むまで話して、それでも時間が余ったら俺が引き取りに来るから」
「・・ありがとうね・・」
 祖母はおっとりと笑う。
 それが最後の会話になった。

「ちょっと前から、何だか元気が無いわって思ってたんだけど、まさか・・・」
 悔いる伯母を姉妹が慰める。
 青年は就職用に準備したスーツを着て祖母の葬儀に出た。本人の遺志で家族葬だ。家に業者が来て納棺し、火葬場に運ぶ。段取りは淡々と進み、その簡潔さに母たちは逆に救われているようだった。スカスカに焼かれた骨を前に三人の娘たちは号泣し、孫たちも涙を流した。

 二ヶ月後。
「拓也。忙しいだろうけど、今度の休みに来てくれない?」
 就職した青年は母や伯母に呼ばれた。祖母の遺志で四十九日も省略されており法要ではないが、一応スーツを着て来いと言われた。
「あんたに言ってなかった話があるのよ」
 伯母の家には母親を含む三姉妹とそれぞれの子どもたちが集まっていた。
 一通りの挨拶が終わった後、長女である伯母が口を開いた。
「今日はお母さんの生前には出来なかった、お父さんの供養に集まってもらったの。あんた達にはお祖父さんよね。三十年前に亡くなったから、あんた達はまだ誰も生まれてなかったけれど」
 次女の伯母と母が俯く。
「三十年前にこの町で水害があったのは知ってる?」
「ええ。小学校の避難訓練で毎年話があったから」と従姉妹。
「みんな屋上に避難するのよね」と、これも従姉妹。拓也以外は全員女性だ。
「あんた達のお祖父ちゃんはその水害で行方不明になったの。お祖父ちゃんはばあちゃんと私たちを避難させた後、町の人を助けに戻った。消防団だったからね。そのまま・・」
 伯母達や母が代わるがわる話す。
「おばあちゃんは半狂乱になってね。周りが宥めたり慰めたりするんだけど、絶対生きてる。絶対帰ってくるって・・・ばあちゃんがおかしくなるから、その話はしなくなったの。あんた達も小さい頃、ばあちゃんにお祖父ちゃんのことを聞いちゃダメだよって言われて育っただろ?」
「私達三姉妹でそうしようって決めてたんだよ」
 伯母が祖母の遺影を見る。
「周りが黙っていれば、おばあちゃんも絶対口にしなかった。喋ると悲しい現実を認めることになりそうで辛かったんだと思う。だからばあちゃんは、昔話するのも嫌いだった」
 青年はハッとした。昔話が嫌い・・・
(そんな。年寄りは昔話が好きなものとばかり思っていた・・・)
 でも、爺さんとは話が弾んでいたのに。
(そう云えばカプセルの爺さんはどうなったんだ?)
 母がため息をつく。
「私たちも良く我慢したわ。でも、ばあちゃんも亡くなって落ち着いたから、今日はみんなで揃ってお祖父ちゃんの供養をしようと思ってね」
「やだ、私こんな格好で来ちゃったよ」
 従姉妹たちはカジュアルな服装だ。
 スーツで来るように言われたのは青年だけだ。
「拓也、あんたにはちょっとお願いしたいことがあって」
 伯母達がいそいそと支度を始める。
「え、何?」
「あのねぇ、じいちゃんには夢があったんだよ。娘しかいなかっただろ?いつか孫に男の子が出来たら、一緒に酒が飲みたいなぁって」
「お父さん口癖だったよねぇ」
「別に娘だっていいのにね」
 母と伯母。若い頃に父親を亡くした姉妹たちは、その父を偲ぶことも許されなかった。
 伯母が祖母の遺影の横に写真を飾る。働き盛りの男性は祖父の若い姿なのだろう。
「私たち、陰でこっそり話してたよねぇ。浦島太郎みたいにさぁ、何処かからひょっこり帰って来てくれないかなぁって」
「とんでもない水だったからねぇ。海まで、流されたんだろうねぇ・・・・」
「だからお母さんたちはね、ううん、私ら世代の人間は海水浴って行かなかった。若い人は仕方ないけどね」

 仏間にテーブルが運ばれ、まるで宴会のように酒やつまみが並べられる。
「拓也。あんた、私たちの代わりに付き合ってあげてよ」
 伯母が目の前のコップにビールを注いだ。
 青年はそれをじっと見る。母親が
「一口だけでもいいから。ね?」と促す。
「あの、伯母さん。焼酎ってないですか」
 伯母は驚いて
「あるわよ?若い人はビールがいいと思ったけど」
「お湯割にして下さい。ロクヨンで」
 三姉妹が目を丸くした。
「あんた、なんで知ってんの?」
「ばあちゃんから聞いた?お祖父ちゃんがいつも飲んでいたの」 
 青年は笑って誤魔化す。
(なんだ。そういうことか)
 仏壇の祖父の写真に皺をつけて小さくする。カプセルの爺さんだ。
 棺の中の祖母の顔は安らかだった。微笑んでさえ見えた。
 それはきっと、待ちかねた夫が戻って来たのが分かったからだ。どんな姿になっても夫婦には分かった。きっと祖父は祖母を迎えに来たのだ。
「せっかくだから皆んなで飲もうよ。母さんたちも」
 娘と孫たちと仏壇にコップが並ぶ。

「じゃあ、じいちゃんとばあちゃんに、乾杯!」

                             (了)
 
 

 
 
 
 
 
 
 

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