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コトバアソビ集「電線伝線伝染」

*マガジン「コトバアソビ集」収録


 真夜中に歩いていた酔っ払いが、路上に蹲る黒い影を見つけた。
「何やってんだオメェ」
 蹲っていたのは電気工事の男である。
「何って、修理ですよ」
 工事人は振り向きもしない。手元では電線が蛇のように畝っている。見上げれば夜空に聳える電柱から千切れた電線が垂れている。
「オイ、危ねーじゃねぇか」
「だから今修理してんでしょ。伝線しちゃってねぇ」
「はぁ?」
 女のストッキングじゃあるまいし。大体地面に胡座をかいたまま修理というのがおかしい。酔っ払いは工事人の手元を覗いた。電線に走った亀裂を糸のようなもので縫っている。
「恨んで死んだ女の髪ですよ。これほど丈夫な糸はない」
 電線の亀裂の中で何かが動いている。金色の小さな縮緬雑魚のようなものがピチピチピチピチピチピチピチピチ・・・酔っ払いは目を丸くした。その目を懸命に手で擦った。
「あんたねえ、電気なんて目にも見えないもんが線の中走ってると思ってた?実際はこんなもんさ。健気なもんだねぇ。人間様の文化的な暮らしの為にさ」
 工事人は愛おしそうに金色のピチピチを見つめる。時折亀裂から飛び出しそうになるのを器用に摘んでは中に戻す。
 酔っ払いは唖然としていたが、興味深そうに亀裂に顔を近づけた。
「あんた怖くないの」
 工事人がふと見上げる。
「あ、あぁ。びっくりはしたけど怖かない。面白いもんだ・・・」
 工事人はニヤリと笑った。
「そうかい・・・いやぁ、今夜はついてるねぇ。俺もいい加減引退したかったんだ。何しろこの仕事は重労働で」
 工事人は縫い終わった亀裂から糸を切り離すと、酔っ払いの腕をぐっと掴んだ。
「おい何すんだ!?」
「仕事の引き継ぎさ」
 ニヤニヤと笑ったままの工事人の目がぽうっと金色に光ると、眼球と瞼の隙間が盛り上がり、金色のピチピチが無数に這い出て来た。
「うわあああああああ!」
 ピチピチは工事人の顔から腕を伝って酔っ払いの眼球へと潜り込む。
 
 数時間後、酒の抜けた男は道具の入った作業箱を下げて修理会社に戻った。
 顔を見た管理人が
「ああ、交替したのか。まぁ容れ物が変わっても問題ない」
と確認する。

 翌朝路上で乾涸びた男の死体が発見された。
 まるで重責から解放されたような穏やかな死に顔をしていたという。

                            (了)

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