「いい加減な男」(原作:太宰治『斜陽』)

 友達が付き合っていたら、あんな男はやめておけと言っただろう。
 私はそんな男に惚れた。

 だらしなくて頼りなくてずるい男。妙に甘え上手でいつの間にか懐に潜り込む男。潜り込まれるまでどんなに拒否しても、入ってこられれば抱くしかないような、しょうもない男。
「どんな男にだって、愛されないよりもマシだ」
 なんて誰が言った?
 あいつの胸に愛なんて無い。

「考え直しなさいよ、せいちゃんならもっといい人が見つかるよ」
「知り合いを紹介しようか?公務員で、真面目な男だよ」
「なんのかの言って付き合うなら、誠実な男に限るよ」
 ああ、ああ、五月蝿い。
 そんな言葉で振り切れるようなら、始めからあんな男に引っかかりやしない。
 ひょろひょろと頼りないくせに、時折ぐっと力を込めて私を抱き締める。
 酒臭い息だけど、優しいキスをする。
 あの男は嫌な位に、私の弱みを突いてくる。
 周りは私と男を引き離そうと躍起だった。
 
 ところが、思いもよらぬ味方が現れた。
 男と二人で飲んでいたら(勿論私の奢りだが)、長く疎遠だった弟と偶然再会した。
 弟は私たちの席にちゃっかり便乗し、私の男と随分話が盛り上がった。
「ええ?父さんも母さんも反対してるの?おかしいなあ、こんなに楽しい人なのに」
「姉ちゃんはどっか堅苦しいとこがあるからさ、こういう柔軟な相手がいいんだよ」
「収入が不安定っていっても、姉ちゃんは看護師だからさ。男が専業主夫になるっていうのもいいんじゃない?」
 弟は、それまで周囲にされた話と真逆のことを話した。
 少なくとも一人に肯定されて、私はホッとした。
 柔らかな酔いと共に、意地で凝り固まっていた頭がほぐれていく。
(専業主夫かぁ・・家事は全くしない人だけど、仕込めばなんとかなるかしら)
(お金にはだらしない人だから、家計は預けられないわね。毎月幾らか彼に渡して、足りない時は補充してあげて)
(子どもができたらどうしよう?この人子どもは嫌いと言っていたわ。私が働いている間、小さい子どもと二人きりに出来るかしら)
 私が少し不安をこぼすと弟が
「大丈夫、なんとかなるよ!」
と晴れやかな笑顔。
(なんとかなるよ、って根拠は何よ)
 私の酔いが少し覚める。
 いい加減な私の男と、いい加減な話をする私の弟。
 二人の話が何処か遠く聞こえた。

 程なく・・・

 なんのことはない。私は飽きた本を売るように男を捨てた。
 拗れるのを覚悟して別れを切り出したが、男はあっさりと頷いて、僅かな私物をまとめて出ていった。後から行きつけのバーの店主に聞いた話では、他にも金蔓になる女がいたそうで、どうせその二番手の所へ転がり込んだのだろうと言われた。
「せいちゃん、これで良かったんだよ。バーとしてはいいお客さんだけどさ、はたから見ててヒヤヒヤしてたよ」
 私は心が傷つくかと思いきや、忙しい仕事に就いている有り難さ、次第に男の記憶は薄らいでいった。

 片がついたのを見計らって弟は実家に報告する。

「な、俺の言った通りだろ。姉ちゃんは意地っ張りだから反対される程燃えるんだよ。逆に背中を押して応援してやったら尻込みするんだ」
『まああ、親でも説得出来なかったのに、あんたよくやったわねぇ』
「小さい頃から気が強い姉ちゃんのご機嫌をとってたからね。姉ちゃんには戦いを挑んじゃダメなんだよ。戦闘放棄。こっちが武器を捨てればあっちも冷静になるのさ。知ってる?弟タイプって一番、女性の扱いを心得てるんだって」
『それにしても本当にありがとうね。感謝しかないわ。半分冗談だったけど、約束通り車の頭金は出してあげる』
「いいよいいよ。俺だってあんな男が義理の兄になるのは嫌だから。結局さぁ、二人の仲もそれ位のものだったんだよ。本気だったら周りに何を言われても貫くでしょ。多分姉ちゃんも不安な所があったんだな」

 弟は母親の申し出を軽く断って電話を切った。
 何という孝行息子、姉思いの弟。
 けだし、本気だったら周りに何を言われても・・というくだりは真理であろう。

 ところでそこのあなた。あなたの愛は本物ですか。

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