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「井茂田博士と100人の妻」(元にした作品:芥川龍之介『芋粥』)

「『芋粥』って話があるじゃないか」
「昔授業で習ったな。芥川龍之介だっけ」
「そうそう。昔、美味しい芋粥を腹一杯食べたいなァと願っていた男が金持ちに招かれて。それで、好き放題芋粥を食わせてもらえることになったんだけど、いざそうなると左程は食えない上に、ああ、夢に見ていた頃が幸せだったなぁなんて思う話」
「それがどうした」
井茂田いもだ博士が、それを実証する実験をするんだと」
「盛大な芋煮会でもするのか」
「いやいや。博士はな、どんなに理想的で憧れの美女であっても、100人居れば食傷してウンザリするのだろうかって」
「え?まさか。博士の専門は生物のクローン操作だが」
「そのまさかよ。極秘に政府から許可が降りたんだ」
「マジか。俺も一体欲しいな」
 
 助手のAとBがそんな会話を交わしていると、施設内に悲鳴が響いた。
 
「だ、誰かっ、助けてくれェーーーー!」
 
 隔離室のドアをバタンと開けて博士が飛び出す。
「た、助けてくれっ!!細胞を間違えた!!死んだ俺の古女房と!!」
 博士は七十代とは思えない瞬足で逃げ回る。追いかけるのは還暦過ぎとおぼしきビンテージなレディが100人。
 
「ちょっとアンターーーー!こりゃ一体どういうことだい!!??」
 
 博士は衣装の用意まで気が回らなかったのか、レディの群れは全裸である。
「うわ、見たくねぇな」
「博士、奥さんには尻に敷かれてたらしいからな。博士ー!逃げるなら施設の外の崖に向かってくださーい!」
「崖?ど、どうすりゃいいんだ」
 井茂田博士、煩い古女房から解放されてはや十年。美女の群れに囲まれるつもりで鼻の下を伸ばしていたのに(だから衣装が無かったのか?)、今はライオンに追われる子鹿のように逃げ回っている。
 助手Aが叫ぶ。
「ご愛用の杖を持って、崖を背にして立つんですー!奥さんの群れが襲っていきたら、杖で鼻先をトンと叩いて下さーい。奥さんはコロリと死んで崖の下に落ちて行きますからー!」
「聞いたような話だなァ。あ、漱石の『夢十夜』だ」 
と助手B。
 博士は言われるがまま、出口の杖をガッと掴んで施設を飛び出した。 
 残された研究員たちは唖然と見ている。
「なぁ、お前あんな事言ったが、冷静に考えりゃ大量虐殺を勧めたようなもんだぞ」
「まぁクローンに人権があるかは未だ法律で決まってないからな」
「大丈夫かなァ博士。しかしいつもは慎重な博士が細胞を間違えるなんて」
 助手Aがスッと目を逸らす。
「いやぁ・・・博士だけ美女を独り占めするのはズルいと思って」
「お前まさか」
「博士の仏壇にある遺髪とすり替えた。ま、博士が何とかするだろ」
 
 しかし何とかならなかったらしい。
 窓から外を見ていると、博士がフルヌードの古女房たちに追われながら引き返してくる。
「こりゃまずい。迎え撃つか」
 
 助手Aは培養器に何かをぶっ込み、大急ぎでクローンを作り始めた。
 研究員たちが見守る中、培養器から次々と生命体が誕生する。
「行けっ、井茂田博士たち!薙ぎ払えーー!」
 襲い来る100人のババア、迎え撃つジジイ。
「おま、なんで博士なんか培養したんだ」
「だって夫婦の問題だろ」
「この少子高齢化社会にジーさんバーさんを増やしてどうする。1人だけ服を着てるのがオリジナルの博士か。あらら、もみくちゃになって服を剥がれてる。どれが本体か分からなくなった」 
 
 その頃天上界では、仏様が人間界を見下ろしていらっしゃった。
「なんじゃあのカオスは・・・やれやれ、そろそろ地上を一掃して人間界を作り直すか」
 仏様はぶら下がっていた紐をグッとお引きになると、地上ではゴボゴボゴボッ、ジャーと水洗トイレのように水が噴き出し、全てが流れていく。
「ふははは、人がゴミのようだ」
と仏様が仰ったかどうか。
 地上では溺れるものは藁にでも縋る、とアップアップしながら掴むものを探していた。 
 そこへ細くて綺麗な糸がスルスルスル・・
 
「あッ糸だ!さては噂の『蜘蛛の糸』!」
 
 皆が皆カンダタと化し、押すな押すなの大盛況。それを見ていた仏様、
「何これ、デジャブ?人間とはそうそう変わらんのう」
 結局糸はプツンと切れ、博士も100人の妻も、助手AとBと研究員たちも、地上の人間は流れ去った。
 仏様の元へ従者が近づく。
「ああ、哀れな・・また命の種を蒔き、新たなる人類を育て導くと致しますか。悲劇は幾度となく繰り返されますなぁ」
 しかし当の仏様はいささか飽いておられた。
 また気が向けばやらんでもないが、今はその気分ではない。
 たった一言、こうのたもうた。 
 
「ほっとけ」
 
 井茂田博士が引き起こした、こんなお話。
 


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