見出し画像

「私の日記、買いませんか」(原作:藤原道綱母『蜻蛉日記』)

「何じゃこりゃ」
 週末にフリマサイトを覗くのは千鶴の習慣になっている。
 正規の商品が公式よりも安く手に入ることがあるからだ。例えば、普段飲んでいる美容サプリメント。誰かがお得に入手したのだろうか、通常よりも数百円安く出品されていたので先週ポチった。届いてみると本当に新品未開封だったし、綺麗なラッピングでオマケも付いていたので千鶴はご機嫌だった。
 それにしても、今日目に留まったのは思いがけない品物。
 誰かが、自分が書いた日記を出品していたのだ。
 アカウント名はありきたりだし、本人の画像なんて貼っている訳もない。
 手がかりに今までに出品された商品を見ると、性別は女性のようだ。販売済みのコスメのブランドから推察すると年代は30代から40代。20代の千鶴より少し上だ。
 改めて説明を読む。
「『私の過去を買いませんか?個人名や連絡先は消してあります』、か」
 添付されている画像には日記帳の表紙、背文字、裏表紙、本文の一部。書かれている文字は綺麗だ。値段は数百円で、送料の負担を考えると販売利益は殆ど無い。
(何の為に売るんだろう?)
 思わず千鶴はポチった。
(こんな奇妙なものは二度と出品されないかも知れない)
という好奇心に負けた。
 
 数日後、ポストに薄い箱が届く。匿名配送で相手は分からない。
(騙されたとしても笑い話にすればいいや)
 ジョーク商品で、画像はフェイクで実際は白紙のノートかも知れない。
 それでも、半分は期待しながら箱を開けた。
 日記はB5サイズ、厚さ1センチ。シンプルな布貼りの装丁。
 パラっと捲ると中身は書かれていた。
 日付けや曜日は印刷されておらず、自分で書き込むタイプだ。
「これじゃ何年前のかも分からないな」
 新しく買った小説を読むような気持ちで1ページ目を開く。
 
 一月。
 ・・神社へ初詣(神社の名前は消されていた)。草履の鼻緒が痛かった。
 ○日、仕事始め。
「社員にお屠蘇を飲ませる慣習はやめて欲しい・・あはは、お酒嫌いなのかな」
 几帳面な性格らしい。たった数文字の日もあるが、毎日欠かさず書かれている。
「二月、バレンタイン。会社で配る義理チョコに5000円掛かるのは納得いかない。え〜、今時会社で配るの?よっぽど田舎の会社なのかな。何々、三月ホワイトデー・・告白されて○○さんと付き合うことに・・ヘェ〜」
 面白くなってきた。
 会社の先輩と付き合うことになったが、相手が浮気性で苦労したらしい。大喧嘩をした後夜中に彼氏がアパートへやって来て、玄関先で哀れに泣き落とし。それを突っぱねる日記の持ち主。
「えー、ちょ、浮気性はやばいでしょー。でも仕事は出来てお金もあって・・・う〜んそりゃ悩むかなぁ」
 読み進めると、紆余曲折ありながらも持ち主は浮気性の彼と結婚したらしい。
 しかし、結婚したら即義両親と同居。姑は口煩く、優しそうに見えていた舅はセクハラ親父。夫の妹が離婚して帰って来て同居することになり、働きもせず持ち主に当たり散らす。夫は面倒事を妻に押し付けて浮気三昧。
「うわ、全方向で詰んでる」
 独身時代の貯金を使い込まれそうになり、日記の持ち主は身の周りの物を持って真夜中に逃走、揉めた挙句の離婚劇。
 ここまで怒涛の展開で十二月の年の瀬を迎えている。
「うわぁ・・」
 感心なことに、こんな混乱の中でも日記は毎日書かれている。
「この先どうすんの・・って、えええ?!」
『体調が思わしくなく、病院へ行く。妊娠が発覚・・・』
「ちょっとぉ、どうするの?」
『あの酷い人の子ども。産むかどうか迷う・・・』
 誰にも頼れない中、日記の主はある占い師に縋る。
『私の背負った業から解放される術を教わった。それは』
「・・・・え・・・」
 千鶴の手が止まる。

『占い師は言った。この1年の不幸を全て書き出して他の誰かに託しなさい。読んだ人が貴女の業を代わりに背負ってくれます。私が日記を書いていると言うと丁度いいと言われた。それを・・』
「ちょ、っと待って・・冗談よね?」
 いやいやいや、そんな馬鹿な。千鶴は読み進める。
『十二月三十一日。私はとうとう日記を書き終えた。これを読んでいるあなた。迷惑をかけてごめんなさい。でも、生まれてくる罪の無い子どもの為に、私は自分の業を捨てなければなりません。私の代わりに背負ってくれて有り難う』
「冗談じゃないわよ!てか冗談よね!?」
 千鶴はパニックになる。冗談にしても笑えない。この人が辿った同じ道を歩めと?碌でもない男に引っかかって真夜中に逃げ出さなきゃならないの?
『でも、もしもあなたが、その業を背負いたくないのであれば。私と同じ方法を取ってください』 
 逃げる方法。それは、毎日日記を書いて誰かに読ませること。脚色や嘘を書くと無効になる。事実や自分の気持ちをありのままに。
 
 日記を読み耽って既に夜は明けていた。
 朝の出勤時間。千鶴は会社に電話をして休みを取った。
 寝不足のままパソコンに向かう。
 ブログのサイトに登録。アカウントを作成。
 日記には、紙の日記に限るとは書いていなかった。
(申し訳ないけど、私だってこの人と同じ人生は歩みたくないわ。書いて誰かに読んで貰えれば・・)
 
 さて皆さん。千鶴が私の知人かどうかはさておき。
 近頃多いと思いませんか。モラハラ夫に悩む妻の漫画、動画配信、その他諸々の不幸ネタ。
 それを見て
(あぁ、私はこれよりはマシな人生だわ)
などと安心してや居ませんか。
 そりゃそうです。
 他人の不幸は蜜の味。
 しかし、甘い蜜を吸うのにタダってこた無いでしょう。
 何か代償を払わなきゃ・・・
 あなた自身がそのネタになるってことで、如何です?
 おや、嫌ですか。
 大丈夫ですよ。回避する方法もちゃんとあります。
 この世には二種類の人間しか居やしないんです。
 読む側と、読まれる側とね。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?