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「再会」(元にした作品:百人一首 紫式部 廻り逢ひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな)

 この街に来るといつも探してしまう。だから避けてきたが、出張では仕方がない。
「元カノがいる街なので行きたくありません」
 そんな言い訳を上司にしたら、鼻で笑われ同僚に揶揄われ社内中の噂になること請け合いだ。商談を手際よく済ませてさっさと帰ろう。そう思っていたのだが、気負ったのが逆効果となり
「説明が上手いし熱意もある。これからも担当は君に頼もう」
と先方に気に入られ、
「是非夕食を一緒に」
と誘われた。相手は自分よりも大きな会社の部長である。断れる筈もない。
 せめてもの救いは連れて行かれたのが人通りの多い繁華街ではなく、路地の奥にある小料理屋。部長は店の常連らしく、機嫌よく女将に紹介してくれた。
「おう、こいつは取引先の藤原ってんだけどね。いやー、まだ若いのにしっかりしてるんだ。ひとつ美味いもん見繕ってくれよ。君、好き嫌いあるかね。無い?いいねぇ、日本酒はイケる口かね。あまり強くない?はは、正直で宜しい。何、いい酒は少しで満足するもんだ。女将、俺のとっておきのアレ出してくれよ」
などとやけに上機嫌。まぁ、今後の付き合いを考えると良い事だとご相伴に預かった。
 ところが、部長が席を外した時に女将が
「うふふ。私、なんとなく分かっちゃった。部長さんにはお年頃のお嬢さんがいらっしゃるの。あなた、きっとお婿さん候補よ」
「え?とんでもない。お会いしたのは初めてですよ?」
「でも会社からあなたの評判位聞いてるでしょ。こう言っちゃなんだけど、部長さんはよっぽどのお気に入りじゃないとうちに連れて来ないのよ」
 着物の似合う粋な女将は、口元に含み笑いを浮かべて耳打ちしてくれた。
 確かに藤原は独身の三十代。営業成績も良い方だし、家柄も学歴も悪くない。
「でもこんな平凡な顔ですよ。女性には好かれませんよ」
「あら、とっても素敵よ。私だってタイプ♡」
 なんて言われていると
「おいおい女将、俺の居ぬ間に若いのを口説いてんじゃないよ」
と部長が戻ってくる。
「あらバレちゃった」
 うふふ、あはは・・
 ともあれ、商談は上手くいった上に好意的な接待まで受けて、藤原は満足してホテルに戻った。手早くメールで報告を済ませ、詳細は社に戻ってからということとなった。
 
 数日後。
 上司から会議室へ呼び出された藤原が聞いたのは、本当に取引先の部長のお嬢さんとの見合い話だった。
 話を聞けば相手は20代半ばで社会人二年目。結婚を急ぐ年齢ではないのだが父親である部長が心配性で、変な男に引っかかる前に真面目な相手を探してやりたいと思っていたそうだ。
「ま、会わずに断るのも失礼だろう。会うだけ会ってみたまえ」
 会ってみるとなかなかの美人で話も合う。トントン拍子に話は進み、結婚式の日を迎えた。
 そこで悪夢が待っているとも知らず・・・
 
 双方の社長まで列席した披露宴で、藤原の過去が暴露されたのである。
 途中、二人の馴れ初めから交際までをラブストーリー風に編集した動画が流される筈であった。しかし実際に流れたのは、藤原が昔の彼女を妊娠させた挙句、別れ話が拗れて最後には相手に暴力を振るい、女性は流産したという話・・・
 新婦は涙ながらに訴える。
「こ、これはつい最近、知り合いから聞いて調べてもらった事です。信じたくなかったけれど、うう・・・」
 動画には被害者の友人の証言や若い頃の藤原の写真も含まれていた。披露宴は中止、結婚は破談。烈火の如く怒り狂う新婦の両親に青ざめる藤原の両親。現場はパニックに陥った。
 藤原は破滅した。 
 
 その後・・・
 先方の部長夫妻とその娘の会話。
「これで気は済んだの?」
「うん。巻き込んでごめんね、お母さん。お父さんも」
「いや。辛い過去を思い出させてしまって、父さんこそ悪かった」
「ううん・・・お父さんは知らなかったんだもの。お母さんと再婚する前のことだし。整形して苗字も変わって、あいつも分からなかったのは無理もないけど。でも・・・声とか、何かの拍子で気がついて、謝ってくれるのを少しは期待してた・・・」
「お母さんだって、向こうの親御さんに怒鳴り込んだことあったんだけどね。呆れたわよ、もうこっちの顔なんか忘れてるんだから」
「周りに騒がれたくなかったから訴えなかったけど、後悔してた。何か罰を与えたいってずっと思ってた」
「あいつは馘になった。結婚の費用と慰謝料を払うのに実家を売ったとも聞く。逆恨みされると怖いから、お前はしばらく雲隠れした方がいい」
「好きなようにしていいのよ。海外に留学とかはどう?」
「うん・・・」
 一家の住まいはマンションの高層階。
 娘が窓の外を眺める。
「・・・・あいつに呼び出されて、殴られて、夜の公園に放置されて・・・あれからずっと、夜空が嫌いだった。腫れた瞼から見える歪んだ空が」
 母親が俯いて涙を流す。
 娘が振り向く。
「泣かないでお母さん。ほら。お月様が綺麗よ」
 必死に笑おうとする娘の肩を、父と母が暖かく抱き寄せた、望月の夜話。

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