見出し画像

「通りゃんせ、のその先は」(童謡「通りゃんせ」の二次創作)

「通りゃんせ、のその先は」

「はー・・・」
 何回見ても模試の結果は変わらない。何回見てもE判定。先生も親も、もう少し志望校のランクを下げろとか、第二に受かればいいんじゃないとか慰めばかり。
「現実そうなんだもん、仕方ないっしょ」
 友達の春香にも言われてしまった。
「も〜春ちゃんまで〜」
 春ちゃんは更に追い討ちをかける。
「自分より頭良い彼氏と付き合うと大変だねー。脳の切れ目が縁の切れ目ってか」
「やめてくれ〜」
 そう、分不相応な進学校に行きたい理由は向上心ではなく、中2から付き合い始めた彼氏の為。
「まぁあたしが圭くんと一緒の高校に受かったら、夏海の代わりに付き合ってあげるから心配すな。全然タイプじゃないけど」
「春ちゃ〜ん〜!」
 くそう、非凡な脳を持つ奴等め。春ちゃんは、あ、と何か思いついた顔をしてあたしを見た。
「夏海ぃ、そう言えばあたしのお姉ちゃんの友達でさ、この時期のE判定から大逆転で志望校に受かった人いるわ。何か勉強の秘訣でも聞いてみる?」
 そんな経緯で紹介された春香のお姉ちゃんの友達は、ヘンな人だった。

「こ、こんにちはっ」
「・・・ン。ちは・・・」
 フワフワした茶髪にちょっとぼんやりとした目つき。私が茶髪に気を取られていると、
「地毛」
と独り言のように言った。見た目もちょっと、進学校では浮いてんだろうなぁって感じだけど、呼び出した場所も何なのよココ。友達の紹介じゃないと絶対に来なかった。商店街の路地裏の、更に奥。ひと一人通るのがやっとの細道。
「この場所、誰にも言ってない?」
「あ、はい。春香にも言ってません」
 その先輩は無言で背中を向けて歩き出した。振り返って手招きをする。ついて来いってことか。
「・・・これから連れて行く所だけど、そこの人には嘘言わないで。隠し事、しないでね。いい・・?」
「はい、あのう。塾とか家庭教師ですか?お金が絡むと親に相談しなきゃなんですけど」
 先輩はくるりと振り返った。
「違うよ」
 そしてまた歩き出した。路地裏の角を幾つ曲がったか分からない位、奥の奥。
「あそこ」
と先輩が小さなドアを指差す。看板も何も無い。
「あなたが来ることは言ってあるから」
「え、先輩は?」
 先輩はぼんやりした目つきで私を見た。
「・・・こういうのは、一人で行かなくちゃ・・・」
「ええ〜」
 先輩は、初めてピタリと目の焦点を合わせた。
「嘘は言わない。隠し事しない。分かった?」
 その視線に気圧されて、私は黙って頷いた。
 ゆっくりとドアを開ける。
 中は穴蔵みたいに真っ暗だった。

(・・・骨董屋さん?)
 埃っぽい棚に何かが並んでる。目を凝らすと壺やお皿や、古そうな鏡とか。私が中へ進むと奥のランプに明かりが灯った。暗闇に潜んでいたお婆さんが姿を現し、椅子に座るように手振りで促した。
「願い事があるんだって・・・?」
 枯れ葉を擦り合わせるような声。
「あ、あのっ。友達のお姉さんの友達の紹介で。希望する高校に通りたいんですけど、あの、ちょっと学力が足りなくて」
「希望する高校に通りたい・・」
 お婆さんは小筆に墨を吸わせると、細長い紙切れに書いた。
「これだけかい」
「えっ・・・」
 これだけって、他にも何か言わないといけないの?っていうか、今してることって何なの?占い?
(変な風に話が伝わっちゃったのかな。勉強の秘訣って、伝わってないのかな)
 そう考えると腑に落ちた。さっきの先輩も、受験で大逆転した人じゃなくって占いマニアな人を紹介されちゃったんだ。
「願いはこれだけかい」
 お婆さんが私の目を覗き込む。瞳の奥を家探しするみたいに。
「それだけ、です・・・」
 お婆さんは長いため息をついて、暗闇の中に身を引いた。
「いいかい。これから言うことをよくお聞き・・・」

・・・店の裏口から出たら、道を右、左、右へと曲がり・・・その先をずんずん、真っ直ぐ・・・・小さな社がある・・・着いたら拝んで、願い事を書いたこの紙を箱に入れるんだ・・・それから、この歌を歌いながら社をぐるっと回る・・・・いいかい、歌を途中で止めたらいけないよ。何があっても、途中で止めたらいけないよ・・・

 話を聴き終えた私は、あの茶髪の先輩みたいなぼんやりした顔をしてたと思う。頭の中に霧がかかったよう。
(お婆さんの言った通りにしなきゃ・・・)
 考えなくても足が勝手に動く。お婆さんの言った通りに裏口から出て、道順を・・・あった。小さな社。箱にお札を入れて・・・

 通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの・・・
(うふふ。こぉこ、は高校・・・)
 細道じゃ・・・天神様の細道じゃ・・・
 ちょっと通して下しゃんせ・・・
(通して下さい。圭くんと一緒の高校へ)
 御用の無い者通しゃせぬ・・・この子の七つのお祝いに・・・
(揃って合格したら、二人っきりでお祝いしよう。きっと圭くんも喜んでくれる)
 お札を納めに参ります・・・行きはよいよい・・・

 頭の中も周りの景色も霧に包まれてるのに、足は勝手に動いて、ぐる、ぐる、ぐる、ぐる、ゆっくりと弧を描いて社を巡る。

 帰りは怖い・・・怖いながらも

《ピロン》

 スマホが鳴った。
(圭君!)
 嬉しい。圭くんの事を考えてる時に圭くんからのメッセージ。
「あっ」
 しまった。歌が途切れた。でも、何処まで歌ったか覚えてたから、すぐに続きを再開。
(結局最後まで歌ったんだから、いいよね)
 私はお婆さんの忠告を大幅に解釈して家路に着いた。
 家に着いてもまだ頭の中は霧がかかったままだった。出迎えたお母さんが心配して何か聞いたけど答えられず、そのままベッドに沈み込むように眠りに就いた。
 そして、受験した高校から通知が届く。

「春ちゃん、受かったぁ、あたし受かったよー!」
「えっウソ!」
「ウソじゃないよぉ、信じられないよぉー!!」
 全く嘘のような話だった。あの後急激に頭が良くなった実感もなく、その後の試験も本番の受験も敗北感しか無くて、高校が別になっても毎日連絡しようねって圭くんを繋ぎ止めるのに必死だったのに、結果は合格。
「圭くんと春ちゃんと一緒に進学出来るなんて夢みたい。幸せ〜!」
「う、嘘みたいってあたしが言うと失礼だけど、ほんと嘘みたい」
 春ちゃんも信じられない、といった顔をした。
 あの御呪いが効いたのかも知れない。
 私は幸せで胸を一杯にして県内でも有数の進学校に入学した。

 その一ヶ月後。
 私は虚しくスマホをチェックする。圭くんからは今日も連絡が無い。入学したはいいけれど優秀な圭くんと春香は特進クラス、私は普通クラス。特進が忙しいのは分かっているけれど、圭くんは何だか冷たくなった。
(入学してまだ一ヶ月じゃん。もう少し高校生活を楽しんでもいいんじゃない?)
 私が夢見ていた、帰りに校門で待ち合わせて寄り道するとかそういうのも全然無し。一度拗ねて怒ったら、僕は今から将来のこと真剣に考えてるんだと叱られた。うん、偉いね。偉いけど・・。悩んで春香に相談したらそれは仕方がないって。特進はそんな雰囲気じゃないからって。春香ともあまり遊べなくなった。
 それ以上に困ったのは、普通クラスといっても流石に進学校、授業が厳しいの何の。私がついて行けてないのは周囲からも歴然で、何であの子ここに受かったのって視線がグサグサ痛い。その後、今年は受験の後に何故か大量に入学辞退者が出て、本来受かる筈のない生徒が入って来たって噂が流れた。誰も面と向かって言わないけど雰囲気で、ああそれであの子が、って目で見られているのが分かる。こんな時こそ彼氏に慰めて欲しいのに。

 そう思っていたら圭くんから連絡があった。日曜日に会いたいって言うからおめかしして行ったのに、何故だか春香もそこに居て信じられない事を言われた。
「ごめん。僕、もう夏海とは付き合えない。後から分かるだろうから言うけれど、春香ちゃんと付き合うことにしたんだ」
「ごめん夏海。あたし、本当そんなつもりじゃなかったの。夏海と圭くんの間を取り持つつもりで色々話してたら、なんかこうなっちゃって」
 言葉も出ない。
「君に誠実に打ち明けるには、二人で揃って話そうと思ったんだ」
 誠実?残酷でしょ?
 私はその時何を口走ったか覚えていない。多分お洒落なカフェに相応しくない言葉で泣き喚いてドアを跳ね開けて飛び出した。出入り口の傍の店員さんが哀れむような目で見ていた。

(嘘。嘘。嘘・・・)
 分かってたけど。私には勿体無い位出来過ぎの彼氏だって分かってたけど、こんな振り方ってないじゃない。相手が知らない誰かなら良かったのに、何で春香なの。小学校から仲良しだった春香なの。
 精一杯のおめかしに、ぐしゃぐしゃの泣き顔で商店街を彷徨う私。あ、チラッと見たの同じクラスの子だ。あぁ、噂されちゃうんだろうな最悪。最悪・・・
 私はいつの間にか、商店街の奥の奥の骨董店に来ていた。八つ当たりにも程があるが、お店のお婆さんに泣きながら事情をぶちまけた。
 お婆さんは随分長いため息をついて言った。
「願いは叶えたじゃないか」
「で、でもっ、入りたかったのは、圭くんと一緒に居たかったからで。圭くんと春香と仲良く、ひっく、一緒の高校に通いたかったのに、こんなの、ひどい、ひっく」
 お婆さんは呆れたように言う。
「あんた、そう言ったかい?訊いたじゃないか。願いはそれだけかいって」
「それは・・」
「あぁ、あぁ、全く人間て奴は。こっちは忙しいんだ、願い事の詳細まで忖度するような暇は無いんだよ、はっきり言わないでおいて後から文句を言う。助言されなかったかい?ここを教えられた人間にさ」
 茶髪の先輩は確かに言ったけど。隠し事するなって。
「大体うちはねぇ、本来安産祈願が専門なのさ。通りゃんせ通りゃんせ。通る細道は産道のことさ。するりと産道を通りますように、ってね。それがまぁ拡大解釈されちゃって。人間ってのはあれだねぇ、何でも自分の都合が良いように良いように。おまけにこっちの忠告を聞きゃあしない。歌は最後まで歌い切れって言ったじゃないか」
 え、お婆さん何処かで見てたんだろうか。
「帰んな。あんたにしてやれることはもう無いよ」
「ま、待ってお願い!もう一度、もう一度やらせてください!」
「神頼みってのはねぇ、そうしょっちゅうは出来ないものさ・・・」
 お婆さんはそう言い残し、店の奥の暗闇へと消えてしまった。

 私?

 赤点と追試を繰り返しながら、何とかその高校に通い続けてる。春香とは絶縁状態。一つだけ不幸中の幸いだったのは、私が泣きながら歩いていた姿が同情を誘ったようで、クラスメイトが優しくなって友達が出来た。学校行事も次々と始まり、悲しみを紛らわせながら忙しい高校生活を送っている。
 一度、昔の同級生の繋がりで中学三年生の子から勉強の秘訣を聞かれた。あ、私が茶髪先輩の役割をする順番が来たと思ったけど、それは丁重にお断り。自分に合った高校を選んだ方がいいよって伝えた。
 三年生になり、私には一つ心配なことがある。
 私は歌を最後まで歌い切れなかった。それってどんな意味があるんだろう。
 確かめたかったけれど、あの後いくら探してもあの骨董店も、小さな社も見つからなかった。
 
 とある高校には不思議な生徒の噂がある。
 何年も何十年も在籍し続け、時には生徒の保護者に間違えられつつ高校に通い続ける女生徒がいるという。
 毎年毎年、彼女は卒業式で自分の名前が呼ばれるのを待つ。
 毎年毎年、期待は裏切られる。

 行きは良い良い、帰りは怖い・・・

 まぁ、自分の運命なんか気軽に神様に頼むなってこと。

 神様が親切だなんて、誰が決めたんだい?

                         (了)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?