「さよならはリボンをつけて」(竹久夢二「三味線草」50頁の二次創作)
かけてよいのは衣桁に小袖
かけてたもるな うす情
「おっ、気が利くねぇ。有難うウメちゃん」
「いえ別に・・・」
暖かい日だった。出先から戻った営業部の小林が「あぁ暑い」と無造作に脱ぎ捨てた上着を、事務員の若い女性がハンガーに掛ける。すると他の女性社員が
「だってー、小林さんカッコイイもんねぇ、ウメちゃん」
と揶揄った。
「そんなんじゃ・・」
若い女性は俯いてしまう。
女性はこの春入社した新入社員だ。営業部の事務として配属された日に
「花園夢子です」
と挨拶をすると
「うわー、名前負けしてんなぁ。夢子よりウメコって感じ!」
とあだ名を付けたのが小林だった。
周囲がどっと笑うのを、夢子は曖昧な愛想笑いで受け止めるしかなかった。
(ま、初めてじゃないしね)
夢子は平均値より2割引位の地味な風貌をしている。性格も大人しい。名乗ると揶揄われるのは学生の頃から慣れている。結果、少し男性が苦手なまま大人になってしまった。
小林の背広をハンガーに掛けてやったのは、元々几帳面な性格の上に家でそのように躾けられたからであって他意はない。
それなのに『地味な女性社員が憧れの先輩に媚を売った』ような扱いをされてしまった。
自分が人気者なのを重々承知な小林は調子に乗り、
「いやいや、こういう女子力って大事じゃん。男だってさ、そりゃ可愛い子や美人が好きだけど、結局は家庭的な子ってのが幸せ掴むんだから。まー俺は贅沢だから?顔も性格も全てを兼ね備えた子がいいけどねー」
と放言する。小林は高校時代にモデル事務所からスカウトされたのが自慢の、確かに目を引く容姿をしている。
口も達者なので営業成績も良く、社内の女性社員から圧倒的人気を得ている。
小林にというより、他の女性社員に揶揄われるのが嫌な夢子はそそくさとその場を離れた。
「あ、ごめんねー?気を悪くしないでねーウメちゃあん」
小林が冗談めかして言い、また周りがどっと笑った。
「コラ小林、新人を揶揄ってんじゃない。みんなも仕事に戻れ!」
上司が顔を出して場を引き締める。
「花園さん、気にしないでね。今日の歓迎会は来られる?」
夢子にも気遣ってくれる。
「はい。有難うございます」
それが上司の役目でも、気遣ってくれる人が一人でも居ると嬉しい。
だがその夜の歓迎会で、小林はまたも調子に乗った。
営業部の新人歓迎会には20人程が参加し、夢子含め3人の新人が歓迎される側だったのだが、幹事の小林が
「ウメちゃん、入り口で皆んなのコート預かって。ハンガー掛け得意でしょ」
と夢子を受付に立たせた。夢子は大人しく従い暫くコート係をさせられたが、後から来た例の上司が小林を注意してやめさせてくれた。
「小林君、今日は新人の歓迎会なんだから」
「いやあ、皆んなに新人の顔を覚えてもらおうと思ったんですよー」
小林は悪びれない。小林ファンの女性社員もクスクスと笑っている。
夢子が気にせずに振る舞ったので、歓迎会は変な雰囲気にならずに済んだ。
人気者、取り巻き、地味な人間は揶揄われる。
(学生と同じね)
と夢子は思った。
一年後。
その構図は大きく変わっていた。
真面目な夢子は仕事をしっかりと覚え、二年目三年目の社員と同等の実力をつけた。自分磨きも怠らず休日には自宅でオンラインのセミナーを受けたり、メイクやファッションも勉強して地味だった風貌はどんどん垢抜けていった。スポーツジムにも通い、ボディラインも引き締まった。
そうなると男性社員からの扱いも変わってくる。
あの小林さえも陰で
「花園、最近いい感じになったよなぁ。あれなら付き合えるわ」
と言う位だ。
これで小林が夢子に告白して、夢子が小林を
「新人の頃はよくも馬鹿にしたわね!」
とこっぴどく振ってやればスカッとする話になるのだが・・まぁそうもいかない。
小林は調子に乗る所はあるが、判断力もプライドもある。
今自分が夢子に声を掛けても振られることが分かっている。
若さと賢さと美貌を身につけた夢子をモノに出来れば鼻は高かろう。だが振られれば、昔馬鹿にしていた地味子を口説いて撃沈した男という不名誉なレッテルを貼られてしまう。そんなリスキーな真似は出来ない。そもそも小林は、適当な女の子と適当に遊んでいられたらそれで満足な男なのだ。
そして夢子はというと、初めから小林は眼中に無かった。
遡れば、ああいう男は小学校の頃から居た。周りにチヤホヤされて調子に乗り、自分より底辺に近い人間を問題にならない程度にいじめて優越感に浸る人間。そんな男を顔面だけでカッコイイと思う筈が無い。
仮に小林に口説かれたとしても、情の欠片も無くバッサリと切って捨てられる確信がある。
小さなプライドを守りたい人間と、未来を見据えて前に進もうとする人間は交わらない。
やがて夢子は転職を決めた。送別会が行われたが小林と夢子は口も利かなかった。
夢子が退職した次の日、出社した小林のデスクに紙袋が置かれていた。『お世話になりました』とメッセージカードが添えられている。
中身を見て小林は苦笑する。
「あの女、やっぱり根に持っていやがった」
袋にはリボンの掛けられたハンガーが一本入っていた。
(了)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?