歌の力を思い知らされた話
音楽番組でよく使われる「歌の力」とか「音楽の力」という言葉。
使い古された、ある意味大雑把な言葉だ。
この言葉を聞くと、「北の国から’92巣立ち」の菅原文太の口調で
「歌の力って、何かね?」と言いたくなるのだが、
一度だけ、強烈に「これが歌の力というものか」と思い知らされたことがある。
それは、今からちょうど20年前のことだった。
アラサーど真ん中だった私は大学時代の友人K美と車で福島県に向かっていた。
福島には、共通の友人Y子がいた。
3L D Kで一人暮らしをしているY子の家に泊まって
アラサー三人、秋の休日を楽しく過ごす計画だった。
阿武隈川の芋煮船に温泉、朝はY子お手製の焼き立てパンとコーヒー。
完璧なY子のアテンドで過ごした私たちは、
食べている時と眠っている時以外はひたすらしゃべっていた。
どこへ向かっていた時だったか、Y子が「ちょっとスーパーに寄りたい」と、
福島県のご当地スーパー・ヨークベニマルに車を停めた。
Y子が買い物をしている間、私とK美は、
お母さんの買い物についてきた子どものようにお菓子売り場をウロウロしていた。
休日の昼下がり、家族連れで賑わうスーパー。そのざわめきの中、唐突に、
バグパイプみたいな音のイントロが私の耳に飛び込んできた。
まるで、この曲だけ急に音量を上げたみたいにまっすぐこっちに向かってくる。
歌詞は聞き取れないけど、男の人が何人かで歌っている。
え、なにこれ。なんかわからないけど、いい。すごくいい。
そう思って顔を上げると、同じように耳を澄ませていたK美と目が合った。
次の瞬間、私たちは同時に叫んだ。
「この曲、いい!」
しかし、スーパーのざわめきはその曲の声を包み込んでしまい、
歌っているのが誰なのか、曲名のヒントになりそうな歌詞も聞き取れない。
「でも、いい!」
私たちはもう一度叫び、頷き合った。
福島から戻った後、私は近所のTSUTAYAに向かった。
当時は音楽を聴くにはCDを買うのが普通でそれ以外の方法はなかったのだ。
しかも、当時の私はインターネットを意識的に見ないようにしていて、
テレビも一部のドラマくらいしか見ていなかった。
圧倒的な情報不足の中、TSUTAYAの店員さんに必死に説明した。
「バグパイプみたいな音のイントロで、
男の人が何人かで歌ってて、ミディアムテンポで…」
これでわかるはずがない。わかったら天才だ。
結局「あの曲」が誰のなんという曲なのか、わからないままだった。
しかし、「あの曲」との再会は突然にやってきた。
年が明けて2003年の1月、あるドラマの初回を見ていたら、
エンディングに聞き覚えのある曲が流れてきたのだ。
「あの曲」だ!
そのドラマのタイトルは「僕の生きる道」。
「あの曲」の名前は「世界に一つだけの花」だった。
ほどなくして「あの曲」はドラマとともに瞬く間に大ヒットを記録し、
シングルとして発売され、誰もが口ずさめるような曲になった。
調べてみたら、「世界に一つだけの花」は2002年に
発売されたアルバムの一曲として収録されており、
私たちが聴いたのはそのバージョンだったようだ
「世界に一つだけの花」との出会いを思い出すたびに、
私は歌の力を思わずにいられない。
人混みの中で私を見つけ、こっちに向かってくる友だちみたいに、
スーパーのざわめきの中でもこの曲の音の一つひとつは強烈な吸引力を持ち、
私たちの耳、意識を引き寄せたのだ。
歌とは、それそのものが意志を持つ生き物のようなものなのかもしれない。
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