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SF・相対論解説講座 パイロット版

はじめに

 東北大学SF研究会バーチャル会員の卜部理玲です。
 以前から少しずつ準備を進めていた、SFファンによる、SFファンのための相対論解説動画のパイロット版として、この記事を書きました。
 ほんとうは講義形式の動画という感じでYouTubeに投稿したかったのですが、諸事情によって収録の見込みが立たなくなってしまったので、ひとまずスライドの一部と文章とを使って、noteで公開いたします。
 前提としている知識は三平方の定理だけですが、難しかったり、わからないことがありましたら、Twitterや匿名で質問できるマシュマロで遠慮なくお聞きください。
 最終的には、みなさんからパイロット版に対するフィードバックをいただいて、よりわかりやすい形で動画としてお届けできれば、と考えています。

導入

 今回は、SF解説講座の特別篇、相対論の簡単な解説です。SFを読んでいると、どこかで相対論(相対性理論)に出会うことになるかと思います。ただ、相対論と言われても、「時間の遅れ」に、「タイムパラドックス」「ウラシマ効果」、そして「光速度不変の原理」「等価原理」「E=mc^2」「ローレンツ収縮」など、かっこいい言葉を知ってはいるけれど、相対論の中身についてはよくわからないな、という方が多いかとも思います。
 相対論をひとことで表現すると、相対論とは時空を対象とした物理学です。時空を対象にしていると聞くと、いかにもSFって感じがして、私たちの日常生活とはどこか隔絶された感じがしますよね。
 でも、相対論は、SFの世界だけに限られたものではなく、私たちの普段の生活を支えるのに必要不可欠なものなのです。
 今回は、そのよくわからないけど身近な相対論がたしかに存在するのだということを、私と一緒に、実際に手を動かして確かめてみませんか。
 用意するものは、紙とペン、そしてSFが好きな気持ちとちょっとのやる気です。さあ、不思議な相対論の世界へ、一歩踏み出してみましょう。

相対論とは?

 議論に入る前に、まず相対論とはなんなのか、ということについて、ざっくりと説明いたします。
 キーワードは、絶対の反対としての“相対”です。

 これは、絶対的な時間や空間を考えず、相対的なものとしてとらえる、ということです。
 より具体的には、「あなたからみた時間の進み」は、「私からみた時間の進み」とは違うよ、というような感じになるでしょうか。
 今回の動画では、時間の進み方の違いによって生じる“時間の遅れ”に注目して、例を挙げて実際に計算を行うことを通じて、本当に時間の進みが見る人によって変わるんだ、ということを確かめていきたいと思います。

 いきなりちょっと脱線しますが、じつは相対論には特殊相対論と一般相対論のふたつがあって、今回実際に手を動かして確かめてみるのは、特殊相対論になります。この特殊相対論は、相対論のなかでも、等速運動する物体間の観測で使う理論です(厳密な定義等は、最後に示した参考文献でご確認ください)。

解説

 それでは、“時間の遅れ”という現象を、等速運動している電車の中と外で時間を計測してみる、という例を通じて確かめていきましょう。
 まず、時間を測るので、この時間の測り方をきちんと決めておくことにしましょう。実験を行うときは、きちんと条件を揃えることがもっとも重要ですからね。この世にはいろんな時計がありますが、ここでは光を利用した正確な時計で時間を測ることにします。
 この光時計について、説明します。
 光は、実際の観測結果から、ある有限の速度で伝わるということが知られています。この光の速度をcと書いて、光の速度はだれがいつどこで計測してもみんな同じ一定の値cであるとします。この“光はいつも同じ速度で伝わる”という前提のことを、物理の言葉では「光速度不変の原理」といいます。
 このいつでも同じ速度の光を基準として、時間を測ることにします。光時計の仕組みはこの図のようなものになります。(図1)

SF・相対論解説

図1:光時計のしくみ

 時計内部の天井部分に発光源と光を感知するセンサーがついていて、床面には鏡が設置されています。光時計は、光が天井の発光源から出て、床の鏡に当たって反射され、センサーに当たるまでの時間を計測します。この光時計の高さをあらかじめ測っておけば、光の道のりを光の速度cで割ることで、いつでもどこでも正確に同じ時間を測ることができる、というわけです。

 さて、本題に入ります。今回の実験では、光時計の高さをL、電車の速度をV、電車の内側と外側から測る時間をそれぞれt(内)、t(外)とします。そして、電車の中に時計を設置しておきます。(図2)

SF・相対論解説 (1)

図2:実験条件

 この条件のもとで、同じ光時計を使って同じ時間を、電車の内側と外側から測ります。同じ時計で同じ時間を測るのですから、もちろん測った結果は同じになるはずですよね。本当にそうなるのか、確かめてみましょう。

 それでは、電車の内側から測った時間を数式を用いて考えていきましょう。このときの様子は、下の図3のようになります。

SF・相対論解説 (2)

図3:実験1 電車の中における計測

 図のオレンジの矢印は、電車の中の観測者が観測した光の動きを表しています。
 電車は常に同じ速度Vで走っていて、観測している私たちも電車に乗って速度Vで運動しています。そして時刻0のとき光が出て、時刻t(内)のときセンサーに光が戻ってきます。
 距離と速度と時間の関係を考えると、求めたい時間は、(距離)÷(速度)で求められます。このときの“距離”は光時計の高さの2倍にあたるので、2Lです。一方、“速度”は光の速度cなので、求めたい時間t(内)は t(内) = 2L/c と求められました。ここまでは簡単ですね。

 次に、電車の外側から測った時間を、同じように数式を用いて考えていきましょう。このときの様子は、下の図4のようになります。

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図4:実験2 時刻t=0のときの電車の外における計測

 電車は常に同じ速度Vで走っていて、観測している私たちは電車の外側で静止しています。そして時刻0のとき光が出て、時刻Tのとき鏡に当たります。これを図で表すとこうなります。(図5)

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図5:時刻t=Tのときの電車の外における計測

 図3と同じく、図のオレンジ色の矢印は光時計内で光が動いた距離を表していて、もう片方の緑色の矢印は電車が移動した距離を表しています。
 光が出てから鏡に当たるまでのT秒間に、電車はVTだけ運動しています。このとき、光が斜めに動いているのが不思議に思われるかもしれません。ここで思い浮かべていただきたいのが、動いている車などの窓から見える雨粒の動き方です。風がないとき、雨粒はほとんど垂直に降りますが、動いている車などの窓から雨粒を見ると、雨粒が斜め後ろになびいて降っているように見えますよね。これは雨粒の垂直方向の動きと、車と私たちの水平方向の動きが足し合わされるからで、光が斜めに動いているように見えるのもこれと同じことなのです。
 さて、まだ光は鏡まで行ったきりで、センサーまで返ってきていません。T秒かかって鏡に着いたのですから、戻ってくるのはもうT秒後になります。これを図で表すと、下の図6のようになります。

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図6:時刻t=2Tのときの電車の外における計測

 こうして、時刻2Tのときセンサーに光が戻ってきます。ここで、求めたい時間t(外)はセンサーに光が戻ってきたときの時刻なので、2Tとなります。すなわち、t(外)を求めるには、Tを求めればよい、ということになりますね。
 このTを求めるために、図の中の三角形に注目します。VT、L、cTを三辺とする三角形は、cTを斜辺とする直角三角形になっています。Tを求めるために、この直角三角形に対して三平方の定理(ピタゴラスの定理)を考えることにしましょう。(図7)

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図7:三平方の定理

 これを、以下のように変形していきます。ゆっくりでいいので、ぜひ一緒に計算してくださいね。(図8.1-4)

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図8:三平方の定理を用いた“時間の遅れ”の導出

 この式は、電車の外側から測った時間が、内側から測った時間より長い、ということを意味します。
 つまり、電車の内側の時間の進みが、外側の時間の進みよりも遅いということがいえます。これが、相対論における“時間の遅れ”です。この時間の遅れは、速く動けば動くほど大きくなります。

 こうして、光速度不変の原理から、相対論による時間の遅れを導くことができました。ここまで私と一緒に計算してくださった方の目の前にある紙には、まぎれもなく相対論を表す式が実際に書かれているのです。紙とペン、そして多少の計算だけで、よくわからない存在だったはずの相対論が、目の前に現れたのです。

 でも、ちょっと疑問に思いませんか。動いている電車に乗っていれば、相対論的効果によって電車の内部の時間は遅れるはずのに、日常生活などではそれを自覚しないのだろうか、と。私たちが相対論の存在を認識できないのは、相対論的効果は非常に小さいものであるからです。
 先ほど、速く動けば動くほど時間の遅れは大きくなるといいましたが、たとえ新幹線を使って東京から博多まで常に最高速、ノンストップで動いたとしても、時間の遅れは1兆分の1秒にしかなりません。5000億回東京と博多を往復して、やっと周囲から1秒遅れるだけですね。そのような、もはやないに等しいような時間の遅れに私たちが気づくはずがありません。

 ですが、そんな特殊相対論による“時間の遅れ”をきちんと考慮して運用されている、非常に身近な技術が存在します。それがGPSです。
 GPSでは、地球の周りを高速で動いている人工衛星の中にある時計と、地球上のスマホなどのデバイスの中の時計を利用して座標を特定しています。このとき、特殊相対論にしたがって、高速で動く人工衛星の時計の時間の進みは、地球上のデバイスの時計の時間の進みより遅れてしまいます。これも先ほどの新幹線の例のようにごく小さな時間の遅れではあるのですが、これによって生じるGPSの地球上における位置情報の誤差を計算してみると、5~10mくらいの誤差が生じるという結果になります。私たちがGPSで正確な位置情報を取得できるのは、相対論による時間の遅れをあらかじめ補正しているからなんです。
 このように、私たちの現代社会は、じつは相対論によって支えられているものなのです。
(じつは、GPSの場合だと、特殊相対論的効果よりも、重力が大きいほど時間が遅れるという一般相対論的効果の方が1桁大きいです。誤差に関しても、特殊相対論の寄与よりも一般相対論の寄与の方が遥かに大きく、先ほどの私の言葉には若干の語弊があります。しかしながら、一般相対論を簡単に説明することは不可能なので、一般相対論的効果の議論に関してはその一切を省略させていただきました。)

 解説の最後に、物理の言葉を使ってまとめておきます。
 今回の解説では、特殊相対論における“時間の遅れ”を、特殊相対論の原理のひとつ、光速度不変の原理から導出しました。特殊相対論は、この光速度不変の原理と、今回は言及を避けてしまった相対性原理(すべての自然法則はあらゆる慣性系に対して不変である)から成る特殊相対性原理から導出されます。時間の遅れと表裏一体の関係にあるローレンツ収縮や、この特殊相対論を一般化した一般相対論には触れませんでしたが、もし興味があって、教えて欲しいというような声があれば、これらについての解説も行おうかと考えています。

SFにおける相対論

 特殊相対論における時間の遅れを実際に導いてみて、相対論の登場するSFを読んでみたい、という気持ちが高まってきているのではないかと思いますので、ご紹介いたします。ここでは、特殊相対論を扱った作品だけでなく、これまでの解説では触れてこなかった一般相対論を扱った作品もご紹介します。

特殊相対論

チャールズ・L・ハーネス『パラドックス・メン』(竹書房文庫)
 はじめにご紹介するのが、1953年に発表されたハーネスの伝説的な長篇、『パラドックス・メン』です。22世紀のアメリカ帝国を舞台に、レイピアの決闘、目からビーム、歪む時空となんでもありなワイドスクリーン・バロックであり、とにかく凄まじい作品です。
 作中では、あるガジェットの説明を特殊相対論で理論づけているのですが、これがまた豪快に式変形を間違えています。ですが、そんな些細なことはこの作品にとってはどうでもいいことなのです。この作品は、相対論がどうこうとかではなく、すべてが豪快なところが魅力であり、相対論とかそうでないとかは抜きに楽しめます。
 ハードSF的な面白さを期待してはいけませんが、それ以上に時空を無視して飛び回る物語に目を回すことになると思います。すごい作品ですよ、ほんとうに。70年近く前の作品とは思えないほどです。

伴名練「ひかりより速く、ゆるやかに」(早川書房『なめらかな世界と、その敵』収録)
 直近の作品では、伴名練さんのこの話題作が一番特殊相対論的ですね。修学旅行中に“低速化災害”に巻き込まれてしまった幼なじみを助けるために奮闘する、という感じの内容なのですが、以前詳細に紹介・解説を行っていますので、詳しくは私の過去記事をご覧ください。
 この作品では、“同じ時間を違う場所で共有する”遠距離恋愛を、“違う時間を同じ場所で共有する”という形で表現しています。
 ただ、物理学的に考えると、相対論的にも光学的にも作中のような描写はありえないのですが、そこはSFですので、面白ければそれでいいのです。(SFなんですから、厳密な科学で面白くない物語より、ぶっとんだ科学で面白い物語の方が、いいですよね)

円城塔「エデン逆行」(ハヤカワ文庫SF『バナナ剝きには最適の日々』収録)
 比較的最近の作品で、科学的に正しくて、作中の描写から特殊相対論的であることが明確にわかる作品といえば、この作品になります。
 街の中心にある時計に向かって歩くと自分の体が進行方向と平行な方向に関して縮む、という描写はローレンツ収縮を示しており、そういう意味ではものすごくわかりやすい作品です。
 一方で、この作品は相対論的量子力学にまで言及していて、それがどういう意味なのかを的確にお伝えできるように説明するのがとても難しい作品でもあります。とりあえず、この作品はディラック方程式をモチーフとした時間逆行する“反物語”である、とだけ言及してこれ以上の説明はやめておきます。


一般相対論

筒井康隆「到着」(角川文庫『くさり ホラー短篇集』収録)
 さて、今回の解説では触れなかった、一般相対論における「等価原理」を利用した、筒井作品では非常に珍しいハードSFが、この「到着」になります。今回のこの解説は、すべてこの作品をご紹介するためにあったと言っても過言ではないくらいに大好きな作品です。
 まず、「等価原理」とは、物理の言葉でいうと、「重力加速度と運動による加速度は等価である(=非慣性系は重力のある慣性系に相当する)」という主張になります。これをごく噛み砕いて表現すれば、「自由落下しているエレベーターの中にいる観測者は、自分が自由落下しているのか、それとも真の無重力状態にあるのか判別できない(あるいは、地球上にいるのか、宇宙空間で重力加速度と同じ加速度で運動しているのか判別できない)」という感じになるでしょうか。
 そんな等価原理の本質を、文庫1頁ほどのごく短いなかに凝縮したショート・ショートの傑作かつハードSFの傑作が、この「到着」なのです。筒井ショート・ショートらしい毒味もあって、そのうえで科学に由来した普遍性をもつ、サイエンス・フィクションとして素晴らしい作品だと思います。

 以上、相対論に関連したSFを4作紹介しましたが、動画ではさらにたくさんの作品をご紹介する予定です。動画本編をお楽しみに。

おわりに

 さて、今回は簡単な例を用いて特殊相対論における時間の遅れを導出しました。せっかく物理の話をするので、簡単な数式も使って説明を行いましたが、いかがでしたか。今回の経験は、ほとんどの方にとって、相対論的な運動について、数式をもって考えてみるはじめての経験になったのではないかと思います。物理で数式を使うのは、このような不思議で私たちの直感に反するような現象を、きちんと論理的に考えるためなのです。こうして体験してみたことが楽しかったならば、またSFや物理に興味をもっていただけたのなら、私も大変うれしいです。
 それでは、ありがとうございました。

 外出のできない状況のなか、私のご提供したことが、なにかのきっかけになったら。

参考文献

[1] アルベルト・アインシュタイン、『相対性理論』、岩波書店、岩波文庫
 1905年刊行の、アインシュタインによる歴史的な原著論文です。この論文では、最初に電磁気学の電磁誘導の相対性の話題からはじめて、絶対的な静止系が存在しないことを確認したうえで運動学に入っていく流れが大変エレガントな一方、学部で最初に学ぶ古典力学・電磁気学の知識があれば、まったくつまずくことなく読み進められると思います。(これを理解するために、学部前半の課程がある、ということなのかもしれません)
 今回の解説で興味をもった方は、まずこの原著論文にあたることをおすすめします。

[2] 風間洋一、『相対性理論入門講義』、培風館、現代物理学入門シリーズ1
 この本は、特に特殊相対論が生まれるまでの理論の変遷について詳しい本です。光速度不変の原理を要求したのはなぜか、そもそも特殊相対性原理にどのような物理学的な意味があるのかについて興味のある方には、[1]と合わせてこの本を読むことをおすすめします。

[3] バーナード・シュッツ、『シュッツ 相対論入門』第2版、丸善
 特殊相対論・一般相対論の学部生向けの標準的なテキストになっています。かなり丁寧な本で、今回は色々と細かいところまでこの本に助けられました。

[4] 二間瀬敏史・綿村哲、『解析力学と相対論』、朝倉書店、現代物理学基礎シリーズ2
 この本で特殊相対論を勉強したので、個人的に親しみのある本です。

[5] ランダウ=リフシッツ『場の古典論』原書第6版、東京図書
 エレガントな強い本です。最終チェックはこの本で行いました。一通り相対論を学んだうえで読むべき本で、初学者向けではありません。

[7] 石原藤夫、『SF相対論入門』、講談社、講談社ブルーバックス
 SF作家・物理学者の石原藤夫さんによる、SFの話題を軸にした一般向けの相対論解説書です。1971年の刊行ということもあり、現在新刊では流通しておらず、またところどころに古さが目立ちます。私がこれに代わる新しい切り口を作ることができればと思って、今回の解説を行いました。


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