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ケン・リュウと中華SFについての簡単なお話

 「三体」の刊行により、注目が集まる中国・中華SF。そのムーヴメントの中心人物であるケン・リュウについて、お話していこうかと思います。

 日本において一番有名なケン・リュウ作品となると、やはり「紙の動物園」になるかと思います。同作を表題作とする作品集が第6回Twitter文学賞を獲ったことや、帯にピース又吉さんの推薦文が載ったことで印象に残っている方もいるのではないでしょうか。
 しかしながら、「紙の動物園」が有名になったのは、ヒューゴー賞・ネビュラ賞・世界幻想文学賞とSF文学賞史上初の3冠を達成したという偉業によるものが大きかった......と記憶しております。悪いということではありません。とても素晴らしい快挙にほかなりません。
 ただ「ケン・リュウと言えば『紙の動物園』!」という感じだけになるとそれはそれで不健全というか、『紙の動物園』以外の魅力も知っていただきたいな、というのが率直なところです。(翻訳紹介されているケン・リュウ作品は面白いものばかりですからね!)
 ということで、ケン・リュウの話から始まって、今SF界隈で最も注目を集める中華圏のSFに関する簡単なお話をしていけたらいいなと考えています。

 ケン・リュウについてのお話、初手から変化球になります。最初に取り上げる作品は『ゲームSF傑作選 スタートボタンを押してください』(創元SF文庫)収録の「時計仕掛けの兵隊」という短篇です。これが素晴らしい出来なので、ぜひ広く読んでもらうべくご紹介いたします。
 同作品集は、名前の通りゲームSFを12作収録しており、映画「レディ・プレイヤー1」原作者アーネスト・クラインによる序文で幕を開け(短篇は寄稿予定だったものの落としたらしいです)、映画「オール・ユー・ニード・イズ・キル」原作者、桜坂洋を先鋒として大トリがケン・リュウと、大変豪華です。

 私はゲームも好きでSFも大好きという者だったので、どんどん楽しく読み進めておりました。(ゲームとSF、ご想像の通り相性はいいんです)そして私は最後のお楽しみ、ケン・リュウ「時計仕掛けの兵隊」を読み始めたのでした。

 読み始めてたったの2頁で、私は気付いてしまいました。明らかに文章の質が別格なんです。これまでの作品が悪いのではありません。この「時計仕掛けの兵隊」が明らかに格上だったのです。アンソロジーの最後の最後に、とんでもない作品が息を潜めていたのでした。
 その原因は、文章力の差ではありませんでした。ケン・リュウとその他の作家たちとでは「SFという枠組みにゲームという要素を入れる必要性の有無」に明確な違いがあったのです。

 ケン・リュウは、あるアドベンチャーゲームを小説に導入し、読者に選択肢を選ばせる形で擬似的にゲームを体験させることで「読者が自然にゲーム内真実に到達する仕掛け」を作っていたのです。小説の語りを妨げず、むしろ選択肢によって読者の思考の流れを限定し、読者を一定の方向に誘導したのでした。
 それによって、読者はケン・リュウお得意のラストシーンへと、ケン・リュウの意図そっくりそのままに運ばれてしまうのです。自らの小説の強みを生かすためにゲームを導入したケン・リュウ、ゲームを小説にしようとしたその他の作家たち。どちらがより完成度を高められるか。それはもう明白でした。
 小説を一回読み終えても、ケン・リュウによる呪縛は続きます。読者は、全てを知った上で、アドベンチャーゲームパートをどうしても「プレイ」してみたくなるのです......。このようにして、小説にゲームを導入することで、ケン・リュウは読者を「周回プレイ」へと誘導してしまうのでした。
 私がそそのかした現実会員のうちのひとりは、しばらくずっと「周回プレイ」をしていました。回るたびに、発見があるとか、回るだけで楽しいだとか......。ただの文字列だけで人をこんなにさせてしまうケン・リュウ恐るべし。


 これまで、ケン・リュウが作家としていかに優れているかということを、短篇「時計仕掛けの兵隊」の作品構造の解説を通じてご紹介いたしました。しかし、ケン・リュウが凄いのは、作家としてだけでなく、翻訳者・紹介者としても超一流の腕前を持っていることなのです。

 2015年、中国人作家劉慈欣の長篇「三体」が、英訳作品として史上初のヒューゴー賞長篇部門受賞という快挙を達成しました。この中英翻訳を担当したのが、ケン・リュウでした。同じく、2016年ヒューゴー賞中長篇部門を受賞した郝景芳の「折りたたみ北京」の翻訳もケン・リュウが担当しました。
 この「三体」のヒューゴー賞受賞をもって、直接的には「折りたたみ北京」のSFマガジン2017年6月号掲載をもって、日本における中華SF人気が爆発的に広まったものと認識しております。そして、日本における中華SFブームを決定的にした作品、それがケン・リュウ編訳の現代中国SFアンソロジー、『Invisible Planet』の邦訳版『折りたたみ北京』でした。ここに収録された中国SFの面白さは、これまで読んできた海外SF、すなわち欧米SFとは全く違う面白さでした。私の好きな劉慈欣「円」も、この本に収録されています。

 ということで、中華SFブームのきっかけとなったのは、ほぼ全てケン・リュウの仕事なのでした。一応、現代SF二巨頭のひとり、テッド・チャンも中国系アメリカ人二世なので、既に中華SFが人気だったと言えばそうなのですが。

 ケン・リュウの創作や翻訳について、より詳しく紹介・解説した動画をYouTubeに投稿していますので、興味のある方はぜひご覧ください。


 ちなみに、東北大SF研には、中華SFへの愛が高じて中日翻訳を初めてしまった現実会員がふたり在籍しています。ふたりがふたりとも、ケン・リュウのような存在になっていけば、ますますSFが沢山の人に楽しまれるようになっていくのではないでしょうか。(なれないから難しいのですが)
 ケン・リュウから話題が逸れますが、ふたりの翻訳した中華SF「偃師伝説」は東北大SF研機関誌『九龍 第2号』に掲載されておりますので、興味のある方は東北大SF研(@tohoku_sf)にお問い合わせください。注文方法は下記ツイートをご確認ください。


#Vtuber #SF #読書

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