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フィリップ・K・ディックについての簡単なお話

 今回のお話のとっかかりとなるのが、P・K・ディックの「流れよわが涙、と警官は言った」という長篇SF小説です。ディックの長篇のなかでは割と好きな作品ではあるのですが、なかなか、いろんな意味でディックらしい作品だな、と思います。私が特に好きなのは、物語の導入の部分です。
 「流れよわが涙、と警官は言った」の主人公は、3000万人の視聴者を誇る超人気タレントのジェイスン・タヴァナー。しかし、安ホテルでタヴァナーが目を覚ますと、世界中の誰も自分のことを覚えておらず、身分証明書などの自身の実在を示すものはすべてなくなっていた......。と、冒頭はこんな感じです。
 朝起きたら自分のことをだれも覚えていない、という現実への不安感が、ディック作品の特徴ですね。ディック作品は、物語の途中で現実が音を立てて崩壊していくような展開になることが多く、それが読んでいて面白いところではあるのですが、同時に読みづらさにもなってしまいます。
 「流れよわが涙、と警官は言った」は、一番最初の場面が現実の崩壊する場面にあたるため、どこから現実が破れるのかという判断をつけやすく、ディックの長篇のなかでは比較的読みやすい部類に入るのでは、と思います。

 ディック初心者の方には、ディックらしい長篇では「火星のタイム・スリップ」をおすすめします。長篇だと「高い城の男」も読みやすくて面白いのですが、ディック作品にしてはちょっと異色というか、読む感覚が少し違うので。短篇集だったら『トータル・リコール』がおすすめです。
 「火星のタイム・スリップ」をすすめるのは、現実が崩壊する場面が明確なうえ、ディック作品に頻出する精神病や正気といった要素がメインに据えられた作品だからです。この作品で少し慣れていただいて、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を読むのがいいと思います。(諸説あり)もちろん「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」から読みはじめてもいいと思うのですが、SF研の会員でも結構挫折することが多いので......。

 逆に、最初に読んではいけないのは、「ヴァリス」「聖なる侵入」「ティモシー・アーチャーの転生」からなるヴァリス三部作と、「ヴァリス」の原型となった半自伝的作品の「アルベマス」です。これらの作品は、ディックの神秘体験や薬物による幻覚に基づくと思われる記述に満ちており、生半可な覚悟では到底読み通せないものになっています。はじめて読むディック作品としてはおすすめできないので、ぜひ他の作品から読み進めていただきたいな、と思います。

#読書 #Vtuber #SF  

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