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余命80年は長すぎる! 第2話

 今日こそは消えさせないでこいつを問い詰める。
 鼻先を突き合わせるように睨んで、俺は努めて冷静になろうとした。

「お前たちが本物の死神だっていうのはわかった。で、なんで俺の前にきた? なんで古川の前にでた? なんで古川を殺したんだよ」
「……」
「答えろよ!」

 イラつく。こいつがいつもこんな調子だから俺は困ってきた。

「……殺してなどいない」
「……は?」
「我々は、死を前にした人間にただ告げるだけだ。命を奪えるわけじゃない」
「ただ、告げるだけ……?」
「そうだ。その女は、我々が告げずともいずれ今日までの寿命だったのだ」
「我々が告げずとも? ってことは、死ぬ前には必ずお前たちが現れるってわけじゃないのか?」
「そうだ」

 聞きたいことが山ほどあるうえに情報の整理も追いつかなくて頭が混乱する。

「つまり死を前にした人間の前にたまに出てくるのがお前たちで、出たら死ぬのは確定ってこと?」
「そうだ」
「古川の前に出たのはなんで?」
「……わからない」
「どういう基準で選んでる?」
「……わからない」

 駄目だ。会話にはなってるけど質問と答えが堂々巡りになっていきそうだ。でも本当にわかってなさそうだから、あんまり責めるのも違う気がしてきた。

「そもそもなんで告知する? 正直怖いんだけどお前たち」

 非難を込めて言えば、死神は考えるようにして言った。

「我々の役割は人間に生をまっとうさせるためではないかと、考える」

 こいつはじめて自分の意見を言ったんじゃないか。俺はどこかでこいつを会話のできるbotみたいな存在に思っていたらしく、ちょっと面食らった。しかもなんかいいかんじのことを言っている。

「じゃあ全員に告知すればいいじゃん。なんでしないの?」
「……人手が足りない」

 思いがけず現実的な回答に俺はつい笑ってしまった。死神の世界でも人手不足とかあるの? 

「それってたぶん、余命80年のやつのとこに来たりしてるからじゃないですかね。人的リソースの使い方がマズいってやつだと思うよ」
「……?」

 死神は意味がわからないという顔をした。まぁ仕方ないか。話を聞いてると死神界はなかなか運営が悪そうだから俺がコンサルしてあげたいくらいだ。

「ちなみに生をまっとうさせたいなら、あなたがた怖すぎなのよ。そんな姿で来られたら生をまっとうするどころか恐怖で何もできなくなるぜ」
「……そう言われても」
「まず黒い恰好やめない?」
「……それはできない」

 相変わらずbotに戻りそうな会話だったけど、俺はすこし気が収まっていた。
 つまりこいつの言うことが本当なら、元々古川は死ぬ運命で、でも死神や、たぶん俺のおかげで藤堂に想いを残すことができた、ということになる。それならこいつらの存在はどっちかと言うと良いものということだ。俺のした行動も古川のためになったってことだ。

「さっきはごめん。怒鳴ってさ」

 素直さは俺の長所の一つである。死神は俺を見た。

「……我々を信じるのか?」
「信じるよ」

 こういう生活がいつまで続くのかわからないけど、俺の余生は80年もあるし、死神との異世界交流高校生活がすこしくらいあってもいいか。

「人間ってのは、自分に都合のいいものを信じる生き物なんだぜ」

***

 なんて言ったものの、たまたま通りかかった公園で例のゾロゾロした感覚が襲ってきたときには「またかよ」と思った。古川の件だって俺は何気に引きづってるんだけど、ペース早くない?

 感覚を頼りに公園をのぞけば、いるいる例の黒いやつ。これまた今までとは違う個体が、ブランコに座った若い男性の前に浮くようにして立っていた。まッこんな真昼間からそんな大胆に! という感想を抱きつつ見ていれば、俺よりやや年上くらいの男性はヒィィと怯えて見上げている。言わんこっちゃない。

「お前は、これから十日後に死ぬ……」

 例の宣告が告げられている。人の命の長さを知るこの瞬間はやっぱり気分のいいものではない。気が滅入りつつも、十日というパターンもあるのか、と思う程度には慣れてる自分がこわい。

 言うだけ言っていつも通りスッと消えた死神の後で、ブランコの男性はぎゃあと言って足早に逃げていった。走りさる姿を声を掛ける間もなく見送って、俺はどうしたものかとため息をついた。

「だから、怖すぎなんだって」

 俺の部屋の椅子に座って、俺は死神と対面していた。先日以降なんとなく俺たちの距離は縮まり、こいつが現れる雰囲気もだいぶ掴めるようになってきた。

「今日の男の人、すげー怯えてたし」
「……」
「見た目は仕方ないにしろ、ゾロゾロ~って空気出してくるのなんとかなんないの?」
「……ぞろぞろ?」
「えぇ無意識?! 悪寒すごいんだぜ、なんならいまも」

 だいぶ慣れたけどこいつがいるときは常に背筋がゾワゾワしている。見た目と身の内から湧き上がる悪寒の相乗効果で恐怖が格上げされてしまう。

 話を聞けば聞くほど死神のシステムはボロボロだった。せっかく生をまっとうさせるっていう良い目的があるのに手段が全然合ってない。これじゃあ成果に繋がるわけがない。

 なんかやっぱり俺が一肌脱ぐしかないかぁ。と思ってしまう俺はお人好しなんだろうか。だってすべての余命宣告に立ち会えるわけはないから、たまたま見かけてしまった人とは縁があったと思うべきだと思うんだ。縁があった人なら、無為に死んでほしくない。

 改善点ありすぎで、先が思いやられるけど。

 とはいえたまたま見かけたブランコの彼のことを俺はなにも知らないしなと思っていた矢先、例の公園の近くでその姿を見かけた。

 こうも立て続けに会えるなんてほんとに縁あるんだろうなぁと感心しながら見ていると、彼はふらふら歩いてどこかへ向かうようだった。あとをつけてみる。

 まだ生きてるのに死んでるかのような足取りで彼が辿り着いた場所は、でかいビルの一角だった。ウィンと自動ドアに入っていく。様子を見てあとを追って入ってみると、とたんに騒々しい音が耳に飛び込んだ。

 パチンコ店??

 そこには様々な装飾のパチンコ台がずらりと並んでいて、ある種壮観とも言える光景がひろがっていた。仰々しい音と光りを放つなかに、何人かの人間たちが生気を差し出すようにしてじっと座っている。

 音に頭を叩かれながら列を見ていくと、何列目かの中盤にブランコの彼を見つけた。パチンコを打っている。普通に。

 もうすぐ死ぬのにパチンコする!?

 驚愕の思いで見ていたら、ふいに肩を叩かれた。振りむくと黒服の店員が営業スマイルを貼り付けて睨んでいる。

 あ、やば。

 高校生は出てけ阿保が、ということをマイルドに言われた俺は、あっという間に店の外に締め出された。

 店の前にあったカフェでコーヒーを頼んで見張っていたら、いよいよこっちの店員にも追い出されそうになったころようやく彼は出てきた。もうすっかり暗くなっている。
 彼はふらふらに拍車がかかったような足取りでコンビニに入り、ビニール袋を手に出てきてもと来た道を戻っていく。
 あの公園まできたところで彼は公園に入っていった。ブランコに座り、ビニール袋からチューハイらしき缶を取り出して飲みだした。

 俺は呆れた。余命を宣告された人間の一日とは思えない。

「公園は酒飲む場所じゃないけど」

 突然話し掛けた俺を、彼はようやく焦点を合わせたような目で見上げてきた。

「あんた、もうすぐ死ぬんじゃないの?」

 あんまり気を遣うのも必要ない気がして言った。彼はビクッとしたけどすぐに目を逸らした。

「……あぁ、そうかも」
「そうかもって、あのさ、信じてないのかもだけど、あんたマジで死ぬんだよ?」
「……かもな」
「だったら、こんなとこで酒なんか飲んでていいの? やり残したこととかやんなくていいの?」

 彼はチューハイをもう一口飲んでうーんと首を傾げた。

「……君って、高校生?」
「そうだけど」
「へーじゃあ俺の十個下とかかぁ。わけー」
「え、あんた十個上?」

 全然見えない。せいぜい二、三歳年上くらいかと思っていた。

「見えないだろ。知ってるか? やることもやんないで責任もなくてダラッと生きてると人間って老けないんだよ。そうゆう奴が年齢不詳で何してるかわかんないような中年になる。俺みたいにな」

 なんか君はいろいろ知ってそうだけど、と前置きしながら彼は続けた。

「こないだここで死神に会ってさ、はじめ怖かったけど、あ~俺もうすぐ死ぬんだなぁってわかったらほっとしたんだよ。このさき生きてても俺なんかの役に立つとか成し遂げるとかないと思うからさ。有り金全部使っても、仕事しなきゃとか思わなくても、もういいんだって思ったら、ほっとした」
「そんな……」

 俺は言葉が続かない。彼は地面を見たままでギッギッとぶらんこを揺らした。しかし「あぁでも」とわずかに顔をあげて俺を見あげた。

「でも俺、どう死ぬのかな?」

 そう言った顔が十歳上なんて到底思えないほど幼く見えて、俺は苦しくなった。

「……ごめん、それは知らないんだ」

 そっか、と言ってお兄さんはふっと笑い、また缶を一口飲んで息を吐いた。

「心配してくれてありがとな。でも案外安らかだから大丈夫」

 この人は古川とは全然違う。古川は恐怖のなかでも最後まで未来を信じていたのに、この人はもう諦めている。この人はいつから諦めていたんだろう。死神に会ってからか。そのずっと前からなのか。

 彼は、それから数日公園で酒を煽る姿を見せていたが、やがてその場所から消えた。
 「安らかだから」という言葉が嘘じゃなかったならいいな、と俺は心から思った。

第3話:https://note.com/ura_niwa/n/n96942a644d21

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