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100億の男たちの夢

なんて胡散臭いタイトルだろう。新手の投資セミナーの集客かと思うような、怪しげなバズワードが散らばっている。それでも参加してみる気になったのは、ヤマガタデザインの山中大介氏が、登壇するからだった。彼の地方都市での取り組みに、興味があった。

山中氏は、山形県庄内市の先端技術研究所に付随した、会社スパイダーに就職したものの、まだ事業部が立ち上がっておらず、隣の敷地で行っていた地元の街づくりの課題を手伝っていたことが、今の活動のスタート地点だ。そして、6年前の30歳の時に、10万円の資金で立ち上げた会社が、100億円を集めるまでになった。事業範囲も、スイデンテラスから始まり、就職、教育、農業など幅広い経済活動と社会活動を地方都市で行い、地域おこしの成功例としてメディアに取り上げられることも多い。

元々は、町おこしのために地方へ移住した訳ではなく、地域社会の問題を解決するために進めていたことが、結果として今につながっている。
地方での事業は、どれだけアイデアや支援があっても、やり抜く人間がいないことには成功しない。自分たちが当事者として移り住み、地元の企業から投資を受け、地域のリアルな未来に向けてタッグを組む。
最初にホテルを作ろうとした時、「マーケティングの結果を優先すると、成功するわけが無い」と判断された。だがそれは、成功例がなかっただけで、坂茂の建築によるブランディングや、「晴耕雨読の時を過ごす、田んぼに浮かぶホテル」という明確なコンセプトに共感してもらうことで、6万人の人が訪れる結果が示せた。この成功を軸に、地方都市が持つ課題解決に取り組み始めた。

観光、教育、農業、人材は、地方都市の共通の課題だ。交通の便が悪く、毎年、1%づつ人口が減る山形県でも、問題は深刻だ。
地方の産業の地盤沈下は、教育格差を生み、学力の低下は、経済格差を生む負のサイクルへとつながる。観光で儲かった利益で教育施設を作り、教育支援のマネタイズのために電力会社を作った。それを、地元企業が街の未来のためにと率先して使用し、他社にも紹介してくれることで、営業マンゼロながら、4億の利益を出している。

人材確保の解決のために、人材採用を総務部総務課が兼ねているような中小企業の支援サービスを始めた。仕事のやりがいと、生活環境の充実度を両立させたい地方移住の潜在層に向けて、魅力ある仕事を紹介するポータルメディアを作った。安く人材を囲い込もうとする企業を排除し、地元の未来志向の企業だけを、選別して掲載することで利用者を増やしている。このプラットフォームを、他の地方都市の企業へ貸し出すことで、庄内市の成功事例を、全国へ広め始めている。

日本の農業を持続可能にするために、有機農業と農業経営に力を入れている。一見綺麗に見える水田も、化学肥料が詰められたカプセルが撒かれている。そこで溶けずに残ったマイクロプラスチックが、水田から川、川から海へと流れ込む。秋田の海洋プラスチックの7割は、これが原因だと言われている。だが、それを理由に、化学肥料の使用は止まらない。米を安く買い叩かれている農家のためにも、有機農業が儲かり、テクノロジーの使い方で楽に耕作出来ることを証明する取り組みが進んでいる。有機農業は、値段次第で、拡大の余地が大きくあるマーケットだ。日本の農家と消費者の間で、フェアトレードは行われていない。SDG'sの名の元に、遠いアフリカや途上国へ向ける関心を、地域にも向けることが必要だ。
日本の農業の専従者は人口の1%、その内の70%が65歳以上という現実がある。このままでは、10〜15年後に、農家一人当たりが70haを管理する非常事態が予想される。個人経営の農家には限界がある。組織農業への転換のための技術と経営の指導をしているが、教育には時間が必要だ。世界の人口爆発による食糧危機は、日本も無関係ではいられない。


このイベントのもう一人の登壇者が、白坂成功氏だ。彼がボードメンバーを務めるシンスペクティブ社は、2018年2月に設立された。その創業からわずか1年5カ月で109億円の資金を調達した。これは宇宙系ベンチャーとして世界最速かつ国内最大規模のものだ。今、宇宙開発は、技術開発から利用者のための開発へとフェーズが移っている。GPS利用だけでなく、人工衛星からのデータを分析し、地盤変動や浸水被害などを観測し、現実的で有効な経済活動が始まっている。

だが、宇宙事業にも課題がある。夢を求めて参入する人は多いが、産業として成り立っていない。本人たちも自覚的だが、就職先が少ないのだ。10年や20年のスパンなら、多くの事業が確立されるだろうが、今はまだ、学んだことを生かせる受け皿がない。他分野へ、人材が流出している状態だ。

今回の両者の話を聞いて、印象的だったのは、共に資金調達が、慎重かつ理念がしっかりしていたことだ。
ヤマガタデザインは、ホテル以外はVC(ベンチャーキャピタル)の資金を受け入れていない。ホテルは売却益も見込めるため、ショートスパンで計算できるが、VCの資金を入れると、投資効率が重しとなり、7年で成果を出す必要に迫られる。ロングスパンの事業の資金調達には向かない。市場拡大が見込まれる有機農業の仕組みを、サイエンスとテクノロジーで解決しようとしているが、農業は1年に1回しかチャレンジ出来ない。成果を出すには、少なくとも、15年は必要になる。
逆に、シンスペクティブは、VCからの投資が70%を超えているが、これは国が主導した技術研究の開発成果の実用化という側面があり、宇宙事業へのラストワンマイルのための資金調達だったからだ。こちらは、早く成果を出すことで、その後に続く宇宙事業への進出の、起爆剤になる目的があった。
両社の事業の、夢までのタイムテーブルの位置が違うが、必要な手順はとっている。遠い価値を目指しながら、近い価値を積み上げている。

地方都市の再生と宇宙事業の開発という、共に、壮大な夢と使命を背負っており、その可能性に100億円が投資された。だが、本人たちはこの状況を目指してきた訳ではない。紆余曲折があり、知らない間に今の場所に辿り着いた。その原動力は、好きなことを夢中でやっていた結果だという。始まりは、自分たちと変わらないのだ。
山中氏は言う「好きなことが見つからないのではなく、決められないだけだ」。大切なのは、いくつかの候補の中から好きなことを選択したら、あとは「思い込んでやり続ける」のだと。そこに結果がついてくる。

大切なのは、自分が何に価値を見出し、感情が燃えあがるかだ。情熱の発火点は、ロジカルな分析では導き出せない。金儲けを目的にしてしまえば、その夢にはいつか終わりが来る。社会に価値を生み、持続させることを目的とすれば、課題解決の先には、新たな目標が見えてくる。
成功者は語る。今まで人生の計画と、若い頃からの崇高な目標を。だがそれは、聞かれた時、説明に意味を持たせるために、後付けされたものに過ぎない。がむしゃらに走りながら、勝利者インタビューを考えてはいない。ロジカルに説明できない、好きなことへの執着が、成功へとつながったのだ。
「クソ面白い」から、やっている。夢を語る経営者の、その言葉に嘘は無い。

#PS2021


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