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ショパンコンクールが終わって

タイミングとしては少々遅く、タイムリーをはずしミスった感はあるが、先月ファイナルが行われたピアノコンクールの最高峰『第18回 ショパン国際ピアノコンクール 2021』の感想を述べたいと思う。

このコンクールについては、たくさんの方々が専門的に分析、コンテスタントのインタビュー、有名どころの記事など、ググればググるほどたくさん出てくるので、消化不良にならない程度にお読みいただけたらと思う。

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まず今回、私自身が感じた最大のメリットは、リアルタイムで最初から最後まで全てのコンテスタントの演奏を視聴することができことだ。このことに関しては、現地入りしても叶わないのではないだろうか?と想像する。

チケットは一次、二次、三次予選、ファイナルと分かれていて、それぞれ日程に幅があるので、全てを視聴するとなるとチケット代だけでも相当な金額となってしまう。やはり、お目当てのコンテスタントの日を狙って買うのが一般的だろうと思う。

そんな中、ショパンコンクール のオフィシャルYouTubeチャンネルがリアルタイムで放送してくれるという、夢のような現実を味わった。私の住む地域では毎日午後12時から始まるというので、毎日リマインダーをセットして、連日リアルタイムで全コンテスタントの演奏を試聴させていただいた。

実はこれ、今まで普通のことではなかった。オリンピックのような大会であっても、自分の国の競技だけテレビで放送されたり、結果を知ったあとに上位5名くらいの競技だけを放送してくれたり、リアルタイムで全ての競技を予選から見ることができるのは、時差の関係もあって、結構、難しかったりする。

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今回は出場者が発表された時からアジア勢が牛耳っている感じがしたが、やはり、三位を除く、一位、二位、四位がアジア勢という結果となった。一位はカナダ国籍だが中国系のバックグラウンドを持つ、フランスはパリ生まれの24歳、ブルース・(シャオユー)・リウだ。モントリオール音楽大学でダン・タイ・ソンに師事している。

ファイナルでブルース氏の演奏は一番最後だったので、てっきり二位の反田恭平氏が一位を獲得したものと信じていた。しかし、まさかの事態、最終奏者が弾き終わった瞬間、そこにいた全ての人がブルース・リウの優勝を感じたに違いない。

この弾く順番というのは侮れない。とにかく長丁場のコンクールで、しかもファイナルのコンチェルトは皆が同じ曲を選択する。ショパンのコンチェルトは二曲しかなく、二番を選ぶと優勝できないというジンクスもあり、ほとんどの出場者が一番を選ぶ。コンテスタントは一回だけだが、オーケストラは人数分の回数を演奏しなければならず、しかも毎回本気の真剣勝負だ(リハーサルもあるしね)。

最後となれば、期待や、緊張、疲れや、達成感もマックスに高まる。そんな状況での完璧な演奏はスター誕生にふさわしく、トリノオリンピックで金メダルを決めた荒川静香選手を思い出させた。彼女は自分の番が来るまで、一切、他人の競技結果を聞かず、イヤホンでお気に入りの曲を聞いて本番に臨んだという。メンタル強くないと無理。

最終奏者ブルース氏の演奏のあとは、指揮者とコンサートマスターの表情が違っていた。指揮者は終わった瞬間に飛び上がって歓喜を表現していた。スタンディングオベーションだというのに、さっさと舞台を下がろうとするブルース君を(え!?こんなにすごいのに、もう下がるの?)といった表情をしながらも、(慣れてないんだねぇ)とでも言うように、初々しい彼をサポートする指揮者の暖かい眼差しが優しかった。

バックステージで、もう一度舞台で挨拶するよう促す指揮者を、彼は聞こえていない、見えていない素振りで交わしていた。まだ優勝が決まったわけではないから挨拶なんてできない、というのが本音であろう。そんなバックステージでの一コマが覗けるのも、公式Youtubeのお陰(ありがとう)。

同じ中国系でもラン・ランやユジャ・ワンとは違って、派手さはない。控えめな雰囲気を漂わせながらも凛と輝くブルース氏は、それが逆に好印象だ。

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さて、二位の反田氏ですが、演奏前に指揮者へ会釈をしたのは彼だけだったのを、私は見逃さなかった。彼は表現者として自分の写り方にもこだわりがあり、身体作りや(インタビューでは「筋肉→脂肪」と言い間違えていたところが可愛い)、髪型にもこだわったそうなので、ここでの会釈もパフォーマンスなのかもしれない。仮にそうであったにしても、気配りを忘れなかったのは余裕がある証拠だ。ご本人は「人生で一番緊張した」とおっしゃるが、この余裕に見せる振る舞いも、普段の練習で培われたものであろう。

反田氏の演奏は、今まで気付かなかった隠れていたメロディーを浮き上がらせてくれた。「知ってた?ここにこんなメロディーがあるってこと!」とでも言うように、特に左手、疎かにせず、細部にまで徹底的に拘った演奏が素晴らしかった。

プログラミングもこだわっていた。ファイナル以外の予選では数曲弾くのだが、曲の終わりと、次の曲の始めとの繋ぎ目に違和感を感じさせないよう、属調、下属調、平行調、同主調という近親調を上手に使い、違和感のないよう「音楽しりとり」を楽しませてくれた。弾ける曲、得意な曲を単純に選ぶのではなく、聞き手側にフォーカスしてプログラムを組むあたり、既に演奏家として確立している。

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奇しくも四位入賞となった小林愛実さんは、二回目のチャレンジだったのだが、前回と比べると大人っぽい演奏へと変化していて、より細部にこだわった感を受けた。既に前回でファイナリストとして残ったことで完成していたかのようにも思えたが、更なる研鑽を積んだことが聞き手にもはっきりとわかるのがピアノの奥深いところで、それを我々に教えてくれたような気がする。

そういう意味では、一位のブルース君も一位の感想をインタビューされた時「これからが本当の戦いだと思っています。この素晴らしい賞を汚さないように、今まで以上に精進して走り続けることが求められますし、それをしなければならないのが私の使命です。」と答えている。気の引き締まる思いだ。

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今回はパンデミックで一年延期され、コンテスタントにも時間があったのかレベルの高い戦いとなった。一昔前はコンテスタントもロシア系、ヨーロッパ系が多かったので、当然、優勝者もその国の人達が多かったが、先程も述べたとおりコンテスタントにアジア勢が多かったことに、ピアノのグローバル化が急激に進んでいることを感じる。

全体的に遠目から見た場合、やはり王道、正統派が強いという印象を受ける。以前は大きなコンクールで優勝、各国の有名オーケストラとの共演を果たし、名前を売り、レコードデビュー、ピアニストとして活躍する、というのが本筋であった。

しかし昨今のインターネットの普及により、誰でも動画や音源を発信できることで、無名の新人であっても、派手な演出や露出回数を増やすことで人々の目に止まりやすくなる。ビジュアルにこだわり、派手な曲、人気のある曲を演奏することで、有名になる人も少なくない。

実際、YouTubeで既に名声を得ている方もおられたが、やはりあのような大舞台で世界各国から優秀なコンテスタントが集まると、演奏の荒削り感が目立ってしまう。小手先のテクニックで人気を獲得しても、世界最高峰のコンクールでは上位に食い込むことは難しくなってくるのかもしれない。

Youtuberとして人気を得るまでには大変な作業量をこなし、時間と労力を費やしているはずであり、その分をピアノに全集中させていれば結果は違うものになったのではないか?と残念に思う。

しかし、コンクールで優勝するだけが音楽家の道なのではない。それぞれのやり方で、それぞれが自分の音楽と向き合い、深めていくことで、多くの人にチャンスがあるメリットは見逃せない。それは、それとして今後も大いに活用されるべきと思う。まさにツールは使いようである。

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最後に反田氏、小林氏の二人のことを良く知る高校の恩師が語っている記事が面白いので紹介したい。

下田幸二さん
「反田くんって、小林さんもそうだったけど、クラスの中でも”とんでもないような感じの子”だったんですよ。その学年はとても上手な生徒が多くて、日本音楽コンクールの入賞者が20人中6人くらいいたのかな。その中でも反田くんは、『先生の言ってることそんな興味ないよ』って顔をしていて、授業中も全然話を聞いてないようなふりをしてるんですね。で、いざ演奏を指名されると『いや~、全然弾けませんよ』とか言いながらも体はピアノに向かい始めている…。弾きたくないふりして、弾く気満々という感じでしたね。それで『練習してないからな~』とか言うから、『楽譜いる?』って聞くと『もちろんです!ぜんぜん弾いてないんで』って言いながら楽譜広げて、いざ弾き出すと、ものの見事に弾いてみせる。そういうちょっと“めんどくさい男の子”でしたね。(笑) でもそれが彼の愛すべきキャラクターでした」


下田幸二さん
「小林さんも、授業で演奏を指名すると『まあ、弾いてあげてもいいわよ』みたいな感じで前に出てくるんです。それで演奏後に私が『ショパンの楽譜にはこうあるから、こう弾くべきじゃない?』と指摘すると、彼女はしばらく黙ってから私の方を見て、『え?そう弾かなかった?さっきそう弾いたよね?』って言うんですよね。(笑) ふつう学生は『はい』って話を聞くものなんで、ぎょっとするし、笑いが止まらないくらいでした。でもそれくらいじゃないと、ショパンコンクールのような大きな場でちゃんと弾くなんていうことはできないんでしょうね」

やはり

最高峰のコンクールで入賞するには、“とんでもないような感じの子” でないとダメということか!

入賞された皆さま、おめでとうございます。今後の更なるご活躍をお祈りしております。

最後に、審査員をされた海老彰子先生のインタビューで終わりたい。これから指針となる生き方のエッセンスをいただき、明日からの精進の糧にしたいと思うから。


〜 海老彰子先生のインタビュー 〜


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