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新年早々ジンさんRMさんに感謝した話(Agust D『D-2』を聴くのを躊躇っている人へ)

年明けてついにBTSのSUGAこと天才ミンユンギさんのソロプロジェクトAgust Dのミックステープ『D-2』を聴きました。そもそもユンギさん好きを公言しているくせにまだ聴いていなかったのかよ、と思われたかもしれません。好きなものは後に取っておくタイプなんです。(2021年初TMI)

このミクテ、歌詞の過激さとか、ユンギさんが精神的に不安定だったであろう時期に作成された曲が収録されているという話を聞きかじっていましたし、ユンギさんの内面までが愛しくて堪らないフェーズに来てしまった今、これを独りで聴いたら、感情移入するあまり、どん底まで落ち込みそうな気がして手を出し辛かったというのもあります。
と言うわけで、お正月休みをぬくぬく過ごし、いくらか心に余裕の出てきたタイミングを見計らって聴いてみたんですけれども、今からお話ししたいのは、ラストの曲『Dear my friend』についてです。


この気持ちを曲にする、そんなユンギさんが大好きだ

有難いことに多くの方が歌詞を和訳してくださっており(ユンギさん愛されてますね💜)、韓国語を解さない私は本当に助けられました。
たくさん見させていただいた中で、ゆきんこさんのブログ(Genius Room)に掲載されていたものが私の思うユンギさん像に合っているようでとても好きでした。ユンギさんの少しぼそぼそした語り口で、淡々とした言葉(少しソフトな物言いも好き)が紡がれるところがすごく想像できる気がして。ビハインドを見ての曲の解釈に関する話も、分かる~!! って頷くことが多かったです。


『Dear my friend』この曲の背景については、去年の9月頃『First Love』を調べた時に少し目にしていました。しかも、まだまだミンユンギ初心者だったこともあり、ユンギさんの初恋ってどんな感じなのかな…ワクワク…みたいな、まるで軽い気持ちでググったため、想定外の号泣で翌朝のアイメイクに響くほどにしっかり打ちのめされましたし、ユンギさんの初恋は分からずじまいでした。
この時初めて、ユンギさんがいかに情に厚く、心の内に入れた人たちを大切にする人なのか、そしてそうした気持ちをどう歌詞へ落とし込む人なのかを知り、ますます愛しくなったし、沼の深さを痛感しました。

『Dear my friend』は、BTS名義で発表されている楽曲とはまた異なり、更にストレートにユンギさんの(恐らく)実体験が色濃く描写されています。初恋事件で学習した現在、ユンギさんがこのタイトルを付けていらっしゃるところからして、確実に激重感情の込められた曲なんだなって容易に想像つくのですが、それでも考えてた5倍は重かった。

以下和訳はゆきんこさんのブログから引用させていただきました。
快く許可していただきまして、ありがとうございます♥
Dear my friend 어떻게 지내니 넌
Dear my friend 元気か?お前は
나는 뭐 잘 지내 알다시피 뭐 응
俺は まぁ 元気だよ 知ってるだろうけど まぁ うん

Dear my friend 나 솔직히 말할게
Dear my friend 正直に言うよ
난 니가 존나게 미워 아직도
俺はお前が死ぬほど憎い 今でも

「俺はまぁ元気だよ 知ってるだろうけど」って、ユンギさんいかにも言いそうだし、「まぁ うん」って言葉を濁す感じも完璧にイメージできるし、実際に『BE』関連のコメントでARMYへ向けて似たようなこと言っていましたよね。
自身で作詞されているので当然と言えば当然なんだけれど、こうした端々から普段我々が見ている「生のユンギさんの雰囲気」を感じられるから、語られている思い出は歌詞として決して見栄え良く加工されているわけじゃないんだろうなと思えますし、よりいっそうこの楽曲の持つ生々しいストーリーに没入してしまいます。そこでの「死ぬほど憎い 今でも」なんですよ。
親愛なる友人だし、離れても元気にやっているか気になるほど大切な存在だけれども、でも憎い。

思い出って時が過ぎるほどに美化されてしまう、そして悪い思い出ほど薄れ易いものだと思うんですが、ユンギさんはこれほどまでに人生に大きな爪痕を残した友人のことを、一緒に夢を語った日々も、面会に通った道のりも、裏切られた怒りも、あの時止められなかった後悔も、今も変わらず恋しく思う気持ちも、どんなことであってもずっとずっと忘れたくないんだなと思いました。痛みまでもしっかりと残そうとするところが、すごくユンギさんらしいなという気がします。
ユンギさんにとって、当時の気持ちを色褪せないまま残す方法は唯一作曲なんだなぁと改めて思うし、一ファンがこんなことを願うのはおこがましいけれど、苦しかった気持ちでさえもこんなに美しい曲へと昇華させることができる素晴らしいアーティストになったんだよってことを、その友達がどこかで見ていてくれたら良いなと思います。


センチメンタルな気持ちを笑いに変える『優しさ』

ところで、このnoteのタイトルは「ジンさんRMさんに感謝した話」なんですが、これからその話をしますね。
『D-2』を曲順に聴いて行って、ラストの『Dear my friend』が流れ始めた時、初めて聴くはずなのに、ものすごく聞き覚えがあったんです。しかも、なんかサビの一部だけを妙に繰り返し歌っているイメージが脳裏に浮かぶ……何でだろう? と記憶を探ってみると、 原因はこのVLiveでした。

ジンさんナムさんが和気あいあいと、この場にいない可愛い次男について語り合いつつスクラッチアートをするという、ユンギペン必聴のVLiveです。私がこれを見たのは、ナムさんのお誕生日のあった去年の9月半ばなんですが(ミニモニダルゴナコーヒー回と共におすすめされていたので)、ちょうど『D-2』が発表された直後である5月24日の動画なので、ヒョンとリーダーの鏡である二人はしっかりとlive中にユンギさんのミクテの話題を出し、お気に入りの『Dear my friend』を何度も歌ってくれていたわけなんですね。しかも、微妙にハモリ切れてないハモリや、何ともコメントしづらい替え歌を交えながらの熱唱。

♪今もまだ変わらず 僕はシカを塗ってる~ とか、♪今もまだ変わらず 僕は友達がいない~ とか愉快に替え歌されまくってるこの曲が、まさかあの友達とのことを歌った曲だとは思いもしなかったので、当時は大変微笑ましく見ていたんですが、歌詞を読み曲の背景まで知ったつもりの今となっては正直「おいマジか」って気持ちですよね。

もちろん、ふたりとも全く事情を知らずに弄ってたわけではないと思うんです。(VLiveでジンさんは「아직도 여전히」から先の歌詞は分かんないと言ってはいましたが……)
宿舎でずっと一緒に暮らしてきたんですから、当時ユンギさんに何か大変なことがあったのには気づいただろうし、起こった出来事についても話を聞いていたかもしれない。少なくともミクテの曲作りのためにユンギさんがどれだけ身を削ってきたのかを近くで見てきたはずです。
それなのに二人が、こうしてARMYの前でセンチメンタルな気持ちを笑いに変えてくれたことに、私はとてもとても感謝しました。

このVLiveの楽しいイメージが無かったら、きっとこの美しい曲を正気で聴けていなかった。いくらユンギさん本人が悲しい曲じゃないと言おうと、強がり言わないでよ……などと勝手に解釈して、勝手に悲しくなっていたと思います。

ふたりは敢えて『Dear my friend』を楽しく歌ってくれてたのかもしれない。(もちろんただユンギさんを揶揄いたかった線も捨てきれませんが、それはそれとして)「おいマジか」の気持ちから、すぐにこのような考えに至ったのは、『Break the Silence』のコメンタリーでジミンさんの「サッカー場がどこまでも自由に見える」発言に笑い転げていたバンタンの皆さんを思い出したからです。
このシーンって、しんみりした気持ちで見ていたARMYがほとんどでしたよね。ジミンさんの感じたであろう苦しさや寂しさを思うあまり涙した方もいるんじゃないかなというほどにブレサイでも屈指の印象的な場面です。なのに、バンタンは笑っちゃう。
いつも一緒にいるメンバーのことだから、聞いてる方も照れくさいのかなとは思いますけど、それにしたってジミンさんの小指ほどの遠慮もないじゃん……!ってこの時も驚くと同時に、つられて笑顔になりました。

メンバー同士、辛い気持ちや悲しい気持ちを受け止めて寄り添ってあげる場面は、きっと私たちから見えないところで数え切れないほどあるとおもいます。でも、それを気取らせず、ARMYの前ではセンチな感情を笑い飛ばしてくれる。
悲しみも切なさも苦しさも怒りも、目を逸らせたり無かったことにするのではなく、それを認めて、笑ってしまうことで感情に囚われ続けることなく、前に進める。そんな気遣いや優しさは、常々「悲しい感情はARMYに見せたくない」と言っているジンさんらしいですし、昔からずっと変わらない「ジンイズム」がグループに深く浸透しているんだな、だからみんなで笑っちゃうんだろうなぁと自分の中ですごく納得できました。
いつもポジティブなジンさんと長く同室で過ごしたことで、昔に比べて前向きになったとユンギさん自身が語っているように、ネガティブ感情に対するこうした姿勢って、ARMYはもとより、メンバーも凄く救われてきたんだろうなと思います。

『Dear my friend』をユンギさんは決して悲しそうにも辛そうにも歌っていません。(まぁ正直、切ない部分、照れくさいだろう部分は主にKim Jong Wanさんに任せてるな……?とは思いましたが)きっと、ユンギさんの中で一区切りついた思い出なのでしょう。それに、こうしたド級にプライベートな思い出を曲にし、世界へ向けて公開したことは、(『D-2』全体を通しての印象にも繋がりますが)これをステップにしてアーティストとしてより高みへ登ってやろう、もっともっと成功してやろうという貪欲な意志の表れのようにも感じます。
確かに読めば読むほどに切ない歌詞ではあるんだけれども、だからと言って悲しい気持ちで聴く曲ではないんじゃないか? むしろこの曲をクールに歌うミンユンギの得も言われぬ格好良さに酔いしれるべきじゃないか? そんな風に気づけたので、『D-2』ヘビロテしています。


それでも、辛さを分かち合いたい時もある

ただ、ARMYのために全ての怒りや悲しみを覆い隠す必要はないんだよ、少しは見せてほしい、知らせてほしい、分かち合わせてほしいと思うような時もあるんだよ、というわがままなARMY心も分かっていて欲しいのです。

1月3日Weverseにジミンさんが「#ジョンインちゃん、ごめん」と書き込みました。詳しい経緯は、Kstyleさんの記事に書かれていますが、「#정인아 미안해(ジョンインちゃん、ごめん)」は養父母による虐待により亡くなったジョンインちゃんを追悼するために本事件の報道番組で企画されたタグです。

追悼のタグとは言うものの、真黒な背景にただ一言、これのみが書かれた投稿を見た時、私が強烈に感じたのは怒りでした。それも、言葉にできないほどのとてつもない怒り。
ジミンさんは普段のコメントやメッセージを見る限り、とても丁寧に素直に言葉を綴るし、自分の気持ちを表現するのが上手な方だと思っているんですが、そのジミンさんがこのような投稿をされたこと、たとえ韓国語が分からなくてもこれはただ事じゃないなって、Weverseを見るようなファンならなおさら、気が付きますよね。
企画タグなので、インパクトを狙ってより注目を集めようとの目的もあったかもしれません。でもそれ以上に、適切な言葉が出てこないほどに腹立たしくてたまらなかった、だから余計な言葉を一切加えなかった(加えられなかった)のかなと感じました。凄惨な事件の概要を知れば余計に。

自分の立場や影響力をしっかりと自覚し、こうして世の中をより良くするためにここぞという時に使ってくれるジミンさん(そしてバンタン)のことをいちARMYとしてとても誇りに思います。
そして、(あくまで私の受け取り方だけれども)怒りの感情を見せてくれたことがとても嬉しかった。この行動の意味を分かって欲しい、そして自らの心に従って行動してほしいと厳かに訴えかけるような無言のメッセージから、ARMYを心から信じてくれているのだと感じられたことが何よりも嬉しかったです。


ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
さぞやお疲れかと思います。ぜひこの後はジンさんナムさんのVLiveで癒され、『D-2』を聴いてみてください。

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