見出し画像

【怪談手帖】Mちゃんが来る【禍話】

市内の編集プロダクションに勤める三十代の女性、Aさんの話。

「昔うちには両親と祖父母の他に、父方の大伯母…、祖父の姉ですね、その人が同居していた事があって。その頃の思い出なんですけど」

大伯母さんという人はお祖父さんよりかなり歳上で、当時既に認知症が進んでいた。
色々あって祖父がその面倒を見る事になり家に来ていたようだと言う。

「暈けてしまっていたけど、足腰はしっかりしていたから晩ご飯の後なんか二階の空き部屋に上がって、ベランダから外をよく見てました。
 でも年寄りだから風邪をひくかもしれないし、転落防止の仕組みはあってもやっぱり危ないから、みんなあんまりいい顔はしてませんでしたね。
 まあ止めても行っちゃうんですけど」

Aさん自身も、その部屋で何をするでもなく時間を潰すのが好きだったので、正直なところを言うと大伯母さんを煩わしく感じていた。

「それに…大伯母さんいつもよくわかんない事言ってたんですよね」

Aさん宅は高台にあり、二階のベランダから彼女が通う小学校の裏側と、その向こう側にある古い小さな神社の境内が見下ろせた。
大伯母さんはそちらの方角を見ながら、毎日のようにこう言っていた。
「ああ、Mちゃんが今日も座ってるねえ」

「Mちゃんってのは、まあ今聞いて分かったと思うけど、そうです、休みの夕方に今もやってる________

Aさんは小学生の女の子を主役とした国民的アニメの番組名を挙げた。
彼女達一家も休みの夕飯時にはいつもその番組を見ており、大伯母さんは特にMちゃん、Mちゃんと気に入って呼んでいたという。
その名前をベランダから連呼していたのだ。

「よくわかんないから、みんな最初聞くわけですよ。何、誰がどこにいるのって」

すると大伯母さんは神社の境内、それも木陰に半分見えている本殿の縁側を示した。
そこにMちゃんが腰掛けていると言うのである。
当然ながらAさんにはそんなものは見えない。どれだけ目を凝らしても、普段は人のいない寂れた社という事もあり人影すらない。

「まあ、大伯母さんが暈けてしまってるって事はもちろんわかってたんで、あんまり本気にはしなかったんですけど」

問題は偶にAさんも誰かいるような感じを微かに覚えていた事だという。

「いや見えないんですよ。それはずっとそうなんですけど。なんだか、ふっとそういう感じがするというか。
 まあ大伯母さんがそればっかり言うから暗示みたいになってるのかなって、そんな風に解釈したんですけど…」

ところがである。
秋の終わりのある日、Aさんはおかしな夢を見た。
それは非常にはっきりとした現実的な家の中の夢で、晩ご飯を食べた後にいつものように彼女は二階に上がって行った。
部屋に入るとやはり大伯母さんがいて———
しかしいつもと違う事にはベランダから、Aさんを呼んでいた。
普段はAさんの名前どころか、存在すら覚束ないのにはっきりと、Aちゃんほら見て!と面白そうに手招きしている。

「別に大伯母さんの事そんな好きじゃないんですけど、名前を呼んでもらった事が嬉しかったのかな。
 私そのまま隣へ行って、言われるまま…ベランダから見下ろしたんですけど…」

そこで彼女は夢の中であっ!と大きな叫び声を上げた。

神社に女の子がいた。
本殿の縁側に横向きに腰掛けている。
その頭が、異様に大きい。

「だから、あの…本当にあの番組に出てくるキャラクターみたいなバランスなんです。…おかっぱ頭に、スカートの、変な…巨大な頭の下に、ちっちゃい体がついてる…、女の子みたいなものが…」

その時Aさんの隣で大伯母さんが「Mちゃあん、Mちゃあん!」と大きな声を上げた。

「うわあだめだと思って…、いや、なんかその…理由はないんですけど、直感みたいな感じで…、だめだだめだって…」

慌てて大伯母さんを止めようとしたが、時すでに遅く神社のそいつは、ぐぬりと頭を動かしてこちらを見上げていた。
正面から見たその顔は墨を滲ませて描いたように、目も鼻も口もぼやけていた。
そしてそいつは縁側から立ち上がって神社の外に向かって歩き出した。

「こっち来ちゃう!ってパニック状態になって…、それなのに…」

Aさんの隣で大伯母さんはMちゃんMちゃんと大声で繰り返していた。
その声を目指すかのように異様に大きな頭を揺らしながらそいつは、駆けてきた。鳥居を抜け、こちら側へ。

やめてと彼女が必死に止めても大伯母さんは無視して全く効果はなかった。
どうしようもないのでAさんは来るな来るな!来ないで!と一心に念じ始めた。

「夢だからかもしれないけど、その時はその方がいいって、思ったんです」

すると本当に効果があった。
大伯母さんの「MちゃんMちゃん!」の連呼と、Aさんの、来るな来るな!が綱引きのようになり、境内を出て真っ直ぐこちら側に向かっていたそいつの軌道が、ふらふらと学校側に逸れていくように見える。
Aさんはそれを見るなり半狂乱になって、さらに強く念じ始めた。

(来るな来るな来るな来るな!)
グラグラと駆けてくる軌道が揺らいでいく。

(来るな来るな来るな来るな来るな!)
一方近付いてくるにつれて曖昧だった、そいつの目鼻が鮮明になっていくように感じられた。

(来るな来るな来るな来るな!来るなッ!)

恐怖の頂点で爆発するように念じた瞬間。
ドガンッ!という凄い音がして、ガラガラガラと何かが崩れる響きが続いた。

(軌道の外れたあいつが、学校の塀に激突したんだ…!)
そこで唐突に夢が終わった。
汗びっしょりになって目を覚まし、結局Aさんはまんじりともせずに夜明けまで過ごしたという。

翌朝、通学路は騒ぎになっていた。
学校裏のブロック塀が崩れているというのだ。

車か何かが突っ込んだらしい。
夜中だろ、逃げたのだろうか。
しかし流石に気付くだろう、云々。

駆けつけた先生達や、町内会の人々ら大人達が侃々諤々の議論を交わしている。
それでいて昨晩近隣住民は何の音も聞いていないというのだから、ちょっとしたミステリーだった。

Aさんは登校途中にその場所を見に行ったのだが。

「ちょうど…、夢であの変な子供がぶつかったと思った辺りでした。
 でもこんな事言えるわけないし…。説明出来る気もしなかったから、黙ってました」

ただ奇妙な事に、現場の崩れた塀の側で女の子向けのデザインの花柄のついた靴が、片方だけ見つかったそうだ。
近隣の人間にも全く見覚えがないその靴は、古びて汚れていたうえに、大人が無理矢理履き続けていたようにひどく歪んだ形だったという。

大伯母さんはその日を境に何故か急に症状が悪化して、それからすぐに施設に入れられてしまった。
そしてAさんも二度と二階のその部屋には行かなかったという。


出典

この記事は、猟奇ユニットFEAR飯による青空怪談ツイキャス『禍話』内の (元祖!禍話 第四夜(お前ら、攻めてんなぁ回)) 余寒の怪談手帖『Mちゃんが来る』(1:11:29~)を再構成し、文章化したものです。

禍話 Twitter
禍話 ツイキャス
禍話 簡易まとめWiki
余寒 様 Twitter (原作者様)

原作者・余寒様の制作された書籍、「禍話叢書・壱 余寒の怪談帖」「禍話叢書・弐 余寒の怪談帖 二」がboothにて販売中です。
(この記事のお話は、「禍話叢書・弐 余寒の怪談帖 二」に収録されています)

ヘッダー画像はイメージです。
みんなのフォトギャラリーよりお借りいたしました。

誤字脱字等その他問題がございましたらご連絡ください

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?