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余寒の怪談手帖 リライト集

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怪談手帖が大好きすぎて〈未満〉も含め、色々な方のリライトをまとめてしまいました。 原作者・余寒様の制作された書籍、「禍話叢書・壱 余寒の怪談帖」「禍話叢書・弐 余寒の怪談帖 二」…
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#怪談手帳

【怪談手帖】ももんがあ【禍話】

禍話へと提供させていただいている僕の怪談においては、「人の形をしているだけの人でない何か」という要素がしばしば現れる。 恐らくそれは、採話者である僕の無意識な恐怖傾向なのだろう。 しかしながら仕事で知り合った歳下の知人、Aくんに体験談を聞かせてもらう席でその話をしていた時、彼が思い詰めたような顔で「そういうものの実在を是非信じたい」などと言い出した時には、流石に面食らってしまった。 僕の反応を見て釈明の如く彼の言う事には「興味本位でもそういうものが怖くないと言いたいわけでも

【怪談手帖】擂鉢【禍話】

「座敷牢だって言われてたけど、全然違ったと思うんだよね」 Aさんは半ば独り言のようになりながら話をしていた。 「そもそも座敷じゃないしさ。  だいたい、だいぶ昔に廃れたんでしょ、座敷牢とかそういうのって。そうだよね?」 そう言われても僕もそういうものに詳しいわけではない。法律で禁止されて以降も、私的な監禁や虐待などまで含めれば例外がないとは言えない。 そう彼女に答えるしかなかった。 「んー、いや、でもやっぱり違ったよあれは。形からしておかしいし。あれはそういうのじゃな

【怪談手帖】物怪録【禍話】

「有言実行っていうよりは、思い付いて喋りながらもう足が動いてる、みたいな人だったなあ」 Aさんは数年前に癌で亡くなったという、歳の離れた従兄弟のBさんをそのように称した。 「まどろっこしい事が嫌、ってのかなぁ…。まあその所為なのかなんなのか、病院も大っ嫌いでさあ。  若かった頃は『医者要らずとはこの事だ』なんて、それでも良かったけど、歳取ったらねえ…。  だめだよやっぱ。お医者さんの言う事聞かないとさ」 癌が見つかった時にもう手遅れとなっており、半年もしないうちに六十過

【怪談手帖】せんせい【禍話】

知り合いのAくんは僕と同じ全く霊感のない人で、そんな彼から聞いた話である。 つい先日、海岸方面から来るバスを待つ停留所で一人のお婆さんと出会った。 坂下からえっちらおっちらと上がってくると、バスの到着時間について聞いてきたのだという。 時刻表アプリを参照して説明したところ、お婆さんは話し相手に飢えていたらしく、そのまま一方的に喋りかけてきた。 「そういう時はスムーズに聞き役に回れるタイプなんですよ、俺」とAくん。 少し前に夫を亡くし娘も独立してしまったと聞いて、淋しいんだ

【怪談手帖】エコー【禍話】

「小劇場だったのかなあ。ちょっとした劇だとか音楽会だとかやれるくらいの、そこまで広くないホールのある建物なんだけど」 Aさんは平日昼の静かな喫茶店でコーヒーを待ちながら、そのように語りだした。 「建てられた当時の目的とか、詳しい事情知ってる人がもういなくてさ、私達が子供の頃にはほぼ廃墟と言ってよかったし」 「それでそこに!?」 「う、うん。『小人』が出てたんだよね」 小人の幽霊の話が聞けるという事で知人に紹介してもらったのが、証券会社で事務員をされているAさんであった。

【怪談手帖】桂男【禍話】

Bさんから聞いた、鳶職をされていたというお祖父さんの体験。 ある時お祖父さんは家の縁側に座り、近所の大きな屋敷の庭にある見事な一本松と、そこにぽつりとかかった月とを眺めながら酒を呑んでいた。 するとだんだん月の海の模様 —お祖父さんは痘痕と言っていたそうだ— それが人間の顔に見えてきたのだという。 とはいえ、月の海に顔や特定の図形を見出す習慣は世界共通のものである。 それに彼は、意味のない模様に顔や図形を見出してしまう『シミュラクラ現象』という用語は知らなかったが、頭ではち

【怪談手帖】太陽の幽霊【禍話】

「なんというかね、静かな集団パニックって言うのかなあ。  何がなんだかわからない、上手く説明出来ない話なんだけど、それでもいいのかな?」 そう断ってからAさんが話してくれたのは、小学生の頃の出来事だった。 当時小学校のすぐ近くにクラブと呼ばれる学童保育のような施設があり、彼女は放課後そこに通っていた。 ような、と言ったのはそれが正規の学童保育や児童クラブの施設ではなかったからで、庭のある民家を利用した預かり所と私設塾の中間のようなものであったらしい。 いくつかの校区から児

【怪談手帖】Mちゃんが来る【禍話】

市内の編集プロダクションに勤める三十代の女性、Aさんの話。 「昔うちには両親と祖父母の他に、父方の大伯母…、祖父の姉ですね、その人が同居していた事があって。その頃の思い出なんですけど」 大伯母さんという人はお祖父さんよりかなり歳上で、当時既に認知症が進んでいた。 色々あって祖父がその面倒を見る事になり家に来ていたようだと言う。 「暈けてしまっていたけど、足腰はしっかりしていたから晩ご飯の後なんか二階の空き部屋に上がって、ベランダから外をよく見てました。  でも年寄りだか

【怪談手帖】巳の年【禍話】

「私の祖母がねぇ…お化けだったんです」 定年を迎えるまで百貨店で仕事をされていたというAさんは、衝撃的な言葉で話の口火を切った。 「お祖母様が、ですか…?」 流石に驚いて問い返すと、彼女は整った眉の間に少し皺を寄せながら続けた。 「ええ、それも蛇というか…そうねぇ、何と言ったらいいか」 蛇。 どういう事であろうか。どうにもそこから話倦ねていたようだったので、僕は思いつくまま取っ掛かりを探ってみた。 例えば前世が蛇だったとか、蛇に憑かれていたとか、もしくは古式ゆかしい

【怪談手帖】毛羽毛現【禍話】

Aさんは地方の商工会議所に勤める二十代の女性である。 最初の自己紹介で喘息持ちだと言った彼女へ、僕もそうだと告げると暫くその話題になった。 「後天的な喘息って、原因がはっきりしない事も多いんですってね」 「ああ!僕なんかまさにそれです、二十歳過ぎてから咳が止まらなくなって、色々検査も受けたんですけど今ひとつわからなくって!」 本題前の雑談のつもりでそんな話をしていたのだが、彼女にとっては歴とした本題への導入だったらしい。 「私の場合は小学生の頃からなんですけど。原因はっ

【怪談手帖】青虫様【禍話】

知人の叔母にあたるAさんの少女時代の体験談。 ある夏の事。両親の仕事の都合で、彼女は親戚筋の家へと暫くの間預けられる事となった。 その家というのは盆地にあって、農家というわけではないが大きめの畑で自家用の野菜を沢山作っていた。 実際に行くのは初めてだったが、普段からAさんの両親とは懇意にしており、胡瓜やトマト、茄子などをお裾分けしてもらったり、お菓子などを贈ってくれたりしてくれたそうだ。 そんな家だから彼女も抵抗もなく、自分の家より大きくて広いうえに自然も多い所で過ごせる

【怪談手帖】淵子【禍話】

地方の文系大学で教鞭を取っている、Aさんという五十代の男性から伺った話。 Aさんの故郷には『◯◯投身の地』と伝わる深い淵がある。この手の身投げ伝説というのは、富山のお小夜塚を始め各地にあって、大抵因果話や悲恋話とセットになっているが、彼の故郷の淵は身投げした者のエピソードがぽっかりと抜けていた。 というとこの『◯◯』は子供の名前なのだが、その事以外のどこのどういう者なのか、なぜその淵に身を投げたのかという点が全く伝わっていなかったのだ。 Aさんは語る。 「本当に全然わから

【怪談手帖】咎紡ぎ【禍話】

「…親父が生きとった頃に聞かされた話なんだけども」 Aさんは細かく千切った干物を、総入れ歯でゆっくりと噛み締めながら語り出した。 彼のお父さんは貧窮した集落で、戦後の時代を過ごした苦労人であるが、あまり自分の故郷の事は話さない人だった。 そんな人が老境に入ってから、息子であるAさんに唯一話してくれた故郷でのエピソードがこの話なのだという。 「多分…、ずっと忘れようとしても出来なくて…歳食って腹ん中しまったまま死んでくのが嫌になったんじゃねえかな…。歳を取るっていうのはそん

【怪談手帖】網引福神【禍話】

大黒様、弁天様、恵比寿様——— 所謂『七福神』にまつわる曰くつきの話というのは、長く民間に親しまれた事もあってか枚挙に暇がないが、僕の知る話は、リサイクルショップを経営するAさんが故郷で見たという絵の話だ。 「全員はおらんねぇ。二人だけやね、描かれとったのは」 お酒を飲みながら、Aさんはその絵について、のったりとした調子で説明してくれた。 「松とかがこう…サラサラって描いてあるような、簡単な浜辺で、恵比寿様が裾を捲ってでっかい網引いててな。  その側でツルッとして肥えとる