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  • かえる短編童話シリーズ

最近の記事

短篇 もしくは長篇のはじまり

子どもはどこに消えた? その少年といつから知り合ったのかよく覚えていない。ただ、ここ最近、その少年は街から忽然と姿を消した。いつも大通りを通って家に帰るその少年は、近所の人なら誰でも知っているような少年だった。いつからいなくなったのか。半年ほど前からいなくなり、最初は学校を休んでいるだけだと思っていたが、1ヶ月、2ヶ月と時がすぎるにつれて、休んでいるのではない、居なくなったのだと、街で噂になっていた。 少年のことが気になり、通学路を歩いていると、一日中街をぶらついている老人に

    • 皮膚

      感情は皮膚の下でこっそり
 触れられるのを待っている
 誰も撫でてはくれないから
 自分で自分を撫でましょう
 背中をなぞりお腹をさすり
 あばらのなかに手を入れて
 心臓のとなりに触れたとき
 知らない悲しみにじみでた

      • 悪夢/カウンセリング

        「先生、」 「今日はどうされましたか」 「最近、眠りが浅いのです。1時間程眠ると、ふと目が覚める。悪夢を見ます。それを3度繰り返して5時、朝が来るのが怖くなります。」 「いつから悪夢を見始めたんです..?」 「半年くらい前からかな……風邪をひいたときによく追いかけられる夢を見るのですが、半年くらい前から頻度が高くなってきて」 「追いかけられる夢を見るのは、半年より以前からあったんですね」 「はい。幼い頃からずっと。走ったり、飛んだり、泳いだりしながら逃げています」

        • どこなんだここは。また初めから始めなければいけない。意味もなく頭の中が乾燥して感想にも満たない雑感で満ち満ちてゆく。これはもうどうすることもできない。ただただ今を滑り続けて、ここに居座り続けることでしか、次に進めない。現実と伸びゆく人影に囲まれて、ぬるぬるとした魚の膜のような気持ち悪さが鼓膜を響かせる。どこなんだここは。また初めからやり直しだというのか。ここには何もない。どこから始めるのか。今はいったい何時なんだ。

        短篇 もしくは長篇のはじまり

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        • かえる短編童話シリーズ
          2本

        記事

          Waiting with Godot

          目の見えない老人がそこに座っている 君も座りたまえ その老人はソクラテスのような外見をしていた 私も座って良いのでしょうか ここには善も悪もない 君は存在もしていないし はじめから何もないではないか 私はそこに座りただ呼吸をはじめた 空が青かった 何も見えない老人は何も言わずに空を眺めていた ああ綺麗だ たしかに綺麗ですね ところでここはどこなんです 老人は私の目をじっと見つめて また空を眺めた ここには言葉さえも存在していない ここにあるのはただ何もないという現実だけだ 現

          Waiting with Godot

          いつかの小説

          くそ暑い。こんな夏の日は何もしたくなくなる。それでも仕事にいかないといけない。ぎりぎりまで寝て朝ごはんも食べずに電車に乗った。途中で唾が喉につまり、マスクもせずに咳き込むと周りの目が気になる。発射1分前に駅に到着して、なんとかこれで仕事に間に合う。 停車駅の電車はせわしない。ピリリリ、トゥルルル、スゥォーン 体のあちこちから近未来的な音を発しながら、ドアが閉まり、目的地へと向かっていく。 千葉の駅を遠く思い出した。あのとき、彼女は僕を見送ってくれた。誰もいないホームで、僕は車

          いつかの小説

          注文のできない料理店

          1 ある男は、行きつけの料理屋さんに行こうと週末に予約をしました。当日、とても楽しみにして料理屋さんに行くと、やっているはずのお店がしまっているではありませんか。彼は、楽しみにしていただけに、ひどくがっかりしました。予約をしたのにお店が閉まっているではないですかと電話することにしたものの電話もつながりません。男はどうしようもないので家に帰ることにしました。家に帰ったことろでお店から電話がかかってきました。「先程は申し訳ございませんでした。事情により、本日お店を開けることができ

          注文のできない料理店

          水面

          彼女との電話のあと、Nは倒れこむようにして椅子の下のカーペットに身を預けた。死んだように身じろぎ一つせずに、ただ呼吸をしていた。泥の上で魚が半身だけ鰓をヒクヒクさせている様を思わせた。浅い呼吸が重力に負けてさらに浅くなっていく。部屋の薄明かりさえ眩しくてもっと泥まみれになろうとNは暗い場所を探す。押し入れが目に映る。気付けば私は暗闇の中にいた。押し入れの隙間からわずかな光が線として明るんでいるが、それはもはやどうでも良かった。Nはこんどは押し入れの布団に潜り込んで、静かに鰓を

          心の穴を隕石の大きなクレーターの、そのなかを降りていくように ざらざらとした荒漠の穴のなかを降りていく

          .

          電子データの海に瓶入りの手紙を流すように、こうやってノートを書くわけだ。誰にも届かなくていいし、大海に沈んでしまえばそれでいいと思っている。

          練習

          登場人物がいなければ物語は始まらないけれど あいにく僕は人間が苦手なのでありまして ですから物語とはいえ、そこに人を登場させるのは つらいのであります ここに2人の登場人物を紹介しましょう シヲアムヒトとオドラナイネの二人です さきほどいったように人間は登場させたくありませんから 遠くのウツムラセル星に住んでいるという設定にしましょう 別の惑星に住んでいるといっても 宇宙人というイメージとは程遠い、ほとんど人間の容姿をしています ただ違うのは、彼らが人間ではないということ

          デスクトップダンシング

          デスクトップダンシング お昼過ぎの社内 みんな踊りを踊っている 手を小刻みに動かして キーボードの上でタップダンス 手を見ずに目線をかえずに キーボードダンシング 画面上では文字が生まれては消える 泡沫の川の流れのように文字がスライドバック デスクトップダンシング 死にゆく生物みな踊る 踊ることこそ仏なり お昼すぎの社内 みな踊り、みな仏になる

          デスクトップダンシング

          踊り念仏

          体が軋む音が聞こえる 骨と骨が関節をすり減らす度に軋轢を生み出す 刻一刻と老いていく体 もうすでに現世はあきらめている 好きでもないことを我慢してまでするように 僕は生まれなかったし、育ってこなかった こんな宿世で腐っていくならば 最後に踊るのも悪くない

          犯人は誰だ

          1時間だけ小説家になる。まずは手首の運動から。ふぃりりっくうねえねえくいいけれ。ワードなんていらなくてメモ帳で十分なのだ。ああ、流れるままに文字を打っていくだけ。流れるままに書いていくだけ。呼吸をしていることに気が付く。文字を書くという呼吸だ。意識が流れるままに文字をかいていく。速記。単なる速記。今ここから10万光年離れた宇宙のウツムラセル星人の話だって書くことができるし、昨日飲んだ珈琲が不味かったことを書く事もできる。すべては行為なのだよ。小説家になるとかどうでもよくも、生

          犯人は誰だ

          砂のお城

          目の前にはお城があるのに 僕は砂のお城を抱き抱えようとする 砂のお城が崩れて 呆然としている私 目の前にはお城があったのです お城に入るのが怖くて 砂のお城を作っていたのです

          砂のお城

          虫なり

          閉じ込められた言葉の監獄 考えれば考えるほど 同じところをぐるぐる 自分なりの言葉だと思っても 最初から言葉の檻の中 抜け出られない ありもしない現実 夜2時 こっそり家を出る 話す相手もなく 田んぼに向かって歩く 聞こえてくる 虫たちのサイファー 羽音を擦り合わせ 韻を踏んでいる 裸足で田んぼの中へ 星空の下で言葉を鳴らす 虫になり、動物になる 夏の終わりに私は消えていった