Waiting with Godot

目の見えない老人がそこに座っている
君も座りたまえ
その老人はソクラテスのような外見をしていた
私も座って良いのでしょうか
ここには善も悪もない 君は存在もしていないし はじめから何もないではないか
私はそこに座りただ呼吸をはじめた
空が青かった
何も見えない老人は何も言わずに空を眺めていた
ああ綺麗だ
たしかに綺麗ですね
ところでここはどこなんです
老人は私の目をじっと見つめて また空を眺めた
ここには言葉さえも存在していない
ここにあるのはただ何もないという現実だけだ
現実とは何か それは句読点がつくりだす記号にすぎない
あらゆる区別が隙間によってつくりだされ音と音の隙間がきしみをあげていた
それは比喩ではなく たしかにこの空間がきしみをあげていた
ここは言葉の世界なのでしょうか
ここは現実だよ
老人は懐から葉っぱを取り出してその匂いをかぎはじめた
ただの雑草であれこんなに美味しい匂いがするもんだ
それはほんとにただの雑草なのでしょうか
すべての草は雑草なんだ
道端に生えている草はすべて不思議な匂いがするものだよ
そういって老人はおもむろに立ち上がり近くに生えていた草をむしりまた私のところに持ってきた
ほれただの草だ
私はその草を受け取りおそるおそる匂いをかいだ
そこにはもう存在していないはずの春の匂いがそこにはあった
春の匂いなんてもうしばらく忘れていました
春は私たちのすぐ近くでいまも蠢いていて現実のすきまで雑草のように生えている
もうこの世界には春はないんですね
なんででしょうか
それはあなたが現実の檻のなかで窒息しそうだからですよ
現実とはなんでしょうか
さきほど言ったではないか 現実とは現実の隙間が生み出した虚構にすぎない
私はあなたの言っていることが分かりません
老人は雑草の匂いを嗅ぐのに必死になっている
そんなことよりこの草はなぜこの世界に生えている
老人は私に向かってではなく独り言としてただつぶやいていた
何も見えない白い世界の隙間でアスファルトの隙間に草が芽吹くようにその雑草はたしかに呼吸をしていた
草とは呼吸のことだ
この世界はすべてアスファルトに覆われているのかもしれない
アスファルトとは檻の比喩であり現実に存在している無機質な現実そのものである
たとえあなたのアスファルトが全てを覆い尽くそうとしても必ず雑草はそこに生えているものだよ
ソクラテスはまた立ち上がり雑草を摘み取ってこんどは祈りを捧げていた
この世界はあなたのおかげでかろうじて呼吸ができています
私はその老人が涙を流していることに気づかなかった
なぜなら私も目が見えなくなっていたから
しかし不思議なことに目が見えないことで見える景色がある
私は呼吸ができていなかったがたしかに今は雑草の呼吸しているのがわかる
そこらかしこに雑草が生えていて白いと思っていた世界にも隙間があったことに気づく
ほらその息だ
そのとき空と地面が反転して私は世界の隙間に落ちそうになった
私は老人の手をつかみ、老人は天井に生えた雑草を握っていた
しかし雑草に2人を支える丈夫さはなく
2人はきっと奈落の底へと落ちていく
手がすべり離れた
神がアダムに命を与えたときと同じく命が生まれる瞬間であった