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詩ことばの森(88)「鼠の浄土」


鼠の浄土

耳を澄ませていると
水の流れる音がきこえてきた

崖が平地にとどいた場所から
清水があふれているらしい

草におおわれて
水の姿はみえなかった
ここちよいリズムで
軽い打楽器に似た音だった

昔話に
地下に広がる世界があって
そこに住んでいる鼠たちが
おもしろい音楽を演奏するのを
地面に空いた小さな穴から
おじいさんがきいている
というのがあったのを思い出した

僕は   草に手をのばしてみた
茂みを分けた先に
澄んだ水の流れを想像した
しかし   草のあいだには
小さな暗い穴がのぞいただけだった

水の音は   穴の奥からきこえていた
ぼくは   昔話のおじいさんになった気がした
けれども    それ以上は踏み入ってはならない
物語の結末で   おじいさんが
無事だったかは   おぼえていないのだ

侵しがたい聖域   そんな気がした
僕は   草から手を離すと   崖から立ち去った
水の流れる音が   遠くなった

(森雪拾)



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